地中海湾岸中東3カ国紀行


第一話  コーランと剣の国・中東を旅して

 イスラム諸国はコーランと剣の国だとよく表現される。コーランはイスラム教の教典であり、唯一神の書であるから、これは理解できるが、なぜ剣の国なのだろうか?剣は、外敵からイスラム諸国を守る力を象徴し、攻撃的な意味はないというが。アッラー以外に神なしという「コーラン」の下に、聖地を守る剣を置き(紋章)、ムスリムの主張が過激になるとき、「剣」は自衛の範囲を逸脱しがちである。ハマスはイスラエルでの一般市民、子供を巻き込んだ自爆テロを「殉教」だとする。イスラエルによる強硬姿勢や、進まない自治の現状への同情があるが、無差別テロが容認される余地は全くない。1997年11月17日エジプト・ルクソールでのイスラム過激派による悲しき観光客襲撃事件がおこった。何故、何が彼らをそこまでを追い込むのか?イスラム諸国では政府による情報管理は徹底的におこなわれ、国民大衆はことの善悪の判断基準が全く与えられていない。ある意味で偏った情報のみの中での、われわれにとっても、イスラムの国々は神秘に満ちた、黒いヴェールにすっぽりと覆われた不思議の、未知の、謎の国なのだ。ほんの数日間の観光旅行では、何も見えない、見えないまでも、なにかを見てきたい。

 西アジアに位置するヨルダン、シリア、レバノンの3カ国はヨーロッパ、アジア、アフリカ大陸の十字路で、古くから交通の要所に存在し、いろんな東西南北の支配者、独裁者たちの野望の標的となり、世界史上まれに見る激動を体験しながらくぐり抜けてきた。交通の要所、中継点なるが故の繁栄と略奪・侵略の二律背反に甘んじてきた。この地に生きることは、すなわち戦うことであり、血を流すことであった。どんな時代においても土地を守り、家族を守るために戦わなければならなかったし、あるいは服従の支配に耐えてこなければならなかった。

 オスマン・トルコによる支配の後、列強諸国の利害によって人為的に国境線が引かれたりして、これが現在の、これら三国の運命を決定づける要素となっていったが、イスラエル・パレスチナ問題も現代世界のもっとも重要な課題であり、冷戦後においても大国のエゴによって定められた現状の枠組を、けっしてそのまま容認しない組織もあり、次に起こるべき世界大異変の導火線にならねばよいのだが。

無数に入ってくる外電のなかから、われわれ一般市民に寄せられてくる情報はどうしても西側に有利なようになりがちで、こうした状況はいたしかたないとしても、湾岸アラブほど石油による豊かさもなく、単なるテロリストの国とだけ誤解され、たいへん物騒なイメージのみ先ばしっているが、実際はこれらの国の人々は大変ひとなつっこく、ありあまる愛嬌をふりまいている。まだ少年かと思われる若造が立派な髭をたくわえ、われわれ外国人をみれば、ポケットよりマールボーロの箱をとりだし、一本を進める。一見近寄りがたいが、なかなか愛嬌があり、人なつっこい。反面、幹線道路には、あちこち検問所がもうけられ、必ず立派な道路には、その前後に2カ所の凹凸をこしらえ、徐行しなければならないようにしている。こうしたことは臨戦状態の国としてはしょうがないことであり、兵隊さんも詰めているが、彼らも大変愛嬌をふりまく。「今日は」と声をかければ、挙手の礼とともに、必ず挨拶が返ってくる。警備の兵隊さん、警ら中のポリさん、車の中なのに必ず挙手の挨拶を返す。これが何事にも排他的なムスリムとは到底考えにくい。なぜこんなに人なつっこく愛想が良いのだろうか?こんな善良な市民を、目の当たりに見、交わってみるとき、どうして彼らが好戦的で、血がたぎっていると云えようか。ここは人も土地も、すばらしく魅力に満ち溢れている。

 民族問題は、現在世界各地にうごめく亡霊のようなものだ。湾岸戦争後の中東秩序の建設にとって、民族問題はその根底を揺るがしかねない問題をはらんでいる。人類が社会生活を営み、人々が集団を形成し、集団を内と外にわけ、外の集団に口汚くののしり合う習性・現象は、洋の東西を問わずに広く存在してきた。1947年の国連によるパレスチナ分割決議、ユダヤの受託とアラブ側の拒否、つづく数次にわたる中東戦争、インティファーダもやがて陰りを見せ、こんごの動向は国際社会がこの問題にいかに対処するかにかかっている。もともとパレスチナはシリア南部を包含していたのに、第一次世界大戦後の戦後処理でシリアはフランスの委任統治下におかれ、パレスチナはイギリスの管理下に置かれた。両国は一応独立したとは云え、エジプトにおけるコプトの問題、クルド少数民族の問題、ヴェトウイン同化政策等、内に矛盾をかかえながらアラブの大儀のため、複雑に入り込み、迷路にはまってしまった糸はどのように解れていくのだろうか。アラブ地域での民族問題はパレスチナ問題のようなアラブ民族全体に関わる問題とともに、それぞれの国家が国内の抱える民族的、宗教的マイノリティーや外国人居留者の問題がある。これらの両者はそれぞれ別々の問題でなく相互に連動した側面を有している。ヨルダンのような立憲君主国家や社会主義的独裁のシリア、共和制大統領のもつレバノンも国内には、数十万人規模のパレスチナ難民(ヨルダンは100万人以上)を抱えるなど、まだまだ不安定要素が充満している。宗教戦争の感さえあるレバノンもパレスチナ抵抗戦線をうちに有し、かつ寄り合い宗教のモザイクの上での安定に過ぎず、いつまたドンパチ始まるかも知れなし、アラブの諺「犬は空腹である限り主人に従う」という強権による押さえ込みがいつまで続くかわからない。


第二話  イスラム教
 アッラーは唯一絶対の神であり、唯一無比の創造主で、礼拝の対象はこの神以外にあり得ない。コーランによるとアッラーは「天と地と、その間にある全ての物を創造するにあたり、真実をもって創り給うた」のであり、宇宙の人間はじめ、全ての森羅万象を創造したのはアッラーであり、しかもあらかじめ定められた法則に則って万物は創造され、この世に無用の長物など何一つ存在しない。
 「これ、汝ら信徒の者よ酒と矢と偶像神は厭うべきこと、サタンの業、心して避けよ。アッラーはご自分が他の偶像と一緒に並べられたら絶対にお許しにならないし、これを破るような者はまことに恐るべき罪を犯したことになる」という。
 一神教であるイスラムでは、礼拝の対象は絶対でかつ唯一無比の創造主アッラー以外存在しない。神の前では全ての人間は平等であり、マホメットといえども例外でなく、これがイスラムの基本的理念なのだ。コーランでは偶像崇拝なんて以ての外なのである。
 神とよべるものは、ただアッラーのみであり、アッラーは人格はあるものの姿形をもたない不可視な存在であり、しかも一切の人間的な表現を拒む、いわば宇宙の根本原理に近い。ゆえに、人間は観念的かつ抽象的にアッラーと対面し、心底から礼拝出来ると言うことになる。
 ユダヤ教は唯一絶対の神としてエホバを信仰し、偶像礼拝を堅く禁じており、マホメットはユダヤ教の律法より有形無形の影響を受け、多くの制度や規範をイスラムの中に取り入れている。またイスラムでは、キリスト教の神の御子イエスも、洗礼者ヨハネも、マホメット同様実在の予言者であるという。
 人間は元来、弱い存在で悪魔サタンによって、そそのかされ、過ちを犯しやすい。背徳に走りやすい人間、社会をつねに正義の道に引きもどさなければならないし、人間の弱さに対して、外から指針を与えるのがイスラム法(シャリーア)で、これは生活の全てに関わるもので、毎日の生活の中で何に基づいて、どのように行ったらよいかを説いている。何に従って、どの道を歩んでいったらサタンの誘惑を打ち破り、無事に天国の門にたどり着くのか、それを教えるのが「砂漠の中のオアシスに至る道」を意味するシャリーアである。きびしい砂漠の生活環境のもと、これは文字どおり「救いに至る道」であり「命に至る道」であった。法の中での禁止事項(ハラーム)で豚肉を食べてはいけないことになっているが、もともと豚肉が原因とされる疫病の流行のため、このような法の定めるところとなったのであるが、旅に出て豚肉しか食べ物がないときは、それを食することは許される(ムバーフ)。どんな場合でも、命が最も大切にされなければならないという、人間に優しい律法である。
 イスラムやユダヤやキリストの三宗教は、その聖地は共通してエルサレムに見られ、宗教母体も同じで、それぞれ親戚関係にあるともいえる。セム族の昔より時代や信仰対象が異なるが、神による啓示も、聖典の根本原理もほぼ似通っており、唯一絶対の神によって、世界が創造され、終末思想、最後の審判、永遠の来世というサイクルのプログラムもほぼ一致している。唯一絶対の神を信奉するイスラムでは、キリストは予言者であって、決して神の子などではないし、そうでありえないという。キリスト教側ではマホメットは「世紀の詐欺師、サタンの使徒」とののしっている。ユダヤ教のイスラエルは、1980年のエルサレム基本法で「統一エルサレム全域がイスラエルの永遠の首都」と宣言、東エルサレムをパレスチナの独立国家の首都と想定するパレスチナ人と対立している。

第三話  ムスリム(ムスリマ)気質
 アラブの人達によれは、日本はすばらしい国だという。勿論旅行者に対するお世辞もあるだろうが。しかし、一様に日本人がなぜ眼(眼瞼)が小さいのか不思議に思っている。日本人はなぜ眼が小さいのか、そんなこと問われても、答えようがない。いままでそんなこと考えたこともなく、そんなこと解るはずもないのだから。それほどアラブ人はお目々がぱっちりとしているのだろう。
 砂漠の民ヴェトウインも殆どムスリムだ。ムスリムはすべての生活規範として、「神が喜ばれる行為」を仁義としている。すべてここから生活のリズムが生じ、全ての行為の源泉なのだ。神と自分との関係が第一義的なもので、それ以外は従属的なものだ。アッラーは唯一全能の神であり、コーランの教え通り、命ぜられるままにすることが、「神がお喜びになる行為」なのだ。他人に親切にするのも、お返しを求めてのことでなく、ただただ神の思し召しなのだ。
 宇宙のすべての仕組みが神の啓示によって定められた規則に基づいて行われているので、すべての現象は神のお心ということになる。羊を生け贄として捧げるのも、ジハードでは爆弾をかかえつっこみ、自分自身を捧げるのも、ただただ神の思し召しなのだから。
 イスラムの世界では血縁関係を重要視する。「遠き親戚より近くの他人」と言うようなことはあり得ない。もともと遊牧民族の此の地では、地縁より血縁が重要視されるのは当然であり、「家」すなわち「部族」の国家の形態をなしている。なにかことがあればすぐ連絡し合うし、行き来する。血のつながりのある者は、かならず交際し、複雑な権利や義務の関係をもっている。
 スーク等でわれわれ外国人は随分高い買い物を強いられる。しかし彼らには外国人をカモにしようとか、ボッてやろうとした意識があるわけでなく、自分たちの仲間、親戚兄弟と同じ価格ではあってはならないのだ。ムスリム商人にとっては、自分の身内や友人、知人たちに売るのと同じ値段で、見ず知らずの異国人に品物を売り渡すことは、身内や友人などへの裏切り行為になってしまう。こういう発想から外国人にたかく売らざるを得ない。こういうところを心得ていなければ、被害者意識のみ先行し誤解を招きやすい。我々は同じ物の値段は誰に対しても同じでなければならない。こういう売り方をする商人を正直なモラルの商人ととらえている。ところが、イスラムの世界では、モラルの概念が全く逆で、血縁の有無や、親しさの程度で値段に差を付けない商人は恥知らずな商人ということになる。血はなににも増して濃いのである。これがイスラム的掟であり常識である。

第四話  カフィーヤとイフラーム
 宗教上の意味から女子は人前では、他人に肌を見せない。女子の使用するチャドル(ヒジャール)といわれるベール、黒(民族によっては白)い、一辺1.5米位の絹(化繊)の布を、上手に羽織り、眼だけを覗かせている。このようにマスクをされてしまうと誰が美人で、誰がそうでないか全く区別できない。一般にアラブの人達はまつげが黒くて長く、瞳は大きく、顔の彫りが深く、いわゆる美型が多いのに、眼だけしか他人に見せないなんて、なんだか人生つまらないような気分もする。眼だけ見ていると、老いも若きもみんな美人に見える。一方、カフィーヤはPLOのアラファタさん達がTVに登場なさるとき、いつも被っておられる男子専用の帽子(覆面?)のようなもの。このカフィーヤ、通常木綿より出来ているが、国によって用いる色が異なるようだ。ヨルダンでは赤と白のチェック模様のものを用い、シリアでは黒と白の鹿子模様のものを使用している。またサウジアラビアでは白色の単色のものに限られ、PLOはレバノン同様黒と白のチェック模様のものを使用している。しかし、カフィーヤにのせて固定するワッパである2重のリング(イカール)はどこの国も黒いろであった。
 このカフィーヤ、防砂頭巾となって砂嵐から、また夏は砂漠の酷暑から身を守り、冬には防寒用具として大変貴重なものだ。民族のアイデンティティを表すと共に、生活の知恵が生み出したもので、大変理にかなっている。
 イフラームといわれる2メートルの2枚の縫い目のない白い布がある。これは巡礼の時に覆うもので、老若男女、金持ちも貧乏人も、王も乞食も、全ての人がこれをじかに身につけ、普通それ以外下着も付けない。メッカから数十キロ手前まできた時点でこのイフラームに着替える。イフラーム姿になってから、イフラームを脱ぐまで髪や爪を切ること、香水をつけること、結婚、性交、狩猟など禁じられる。死んだときはこの布にくるまれて土に埋められる。うまく来世にたどり着くには、つつましい生活用具である白い布イフラームと、良きムスリムとしてのオコナイと、知識(イルム)と良き家族の四つのみが必要とされる。

第五話  結婚事情
 イスラムの宗派によって異なる部分もあるが、契約結婚であることには違いない。世界のどの国とも同様婚約、結婚となるわけだが、イスラムの世界では婚約、結婚との間に契約なる項目がひとつつけ加えられる。日本でも結納とか、西洋でも記念のプレゼントの交換とか色々儀式がとりおこなわれ、神の前で永遠の愛を誓い、あるいは世間に向かって夫婦関係の成立を宣言し、社会の最小単位としての家庭の建設に努力することを表明する。イスラムの此の契約はすこし違った意味を持っている。すなわち契約の儀式では宗教的指導者の立ち会いのもと、もし離婚に至るとき、いくら慰謝料を支払うか、財産分与は如何にするか、前もって話し合い、合意事項を文書にまとめ取り交わすのである。宗教的指導者の前で契約すると言うことは日本ではさしずめ公証役場で公正証書を作成するにひとしく、結婚する前に離婚後の段取りを決めておくということである。合理的と言えば合理的であるが、どこかの国のように離婚後の調停の難航など泥臭い争いごとを見ていると、此の方がすっきりしているといえばすっきりしていて、神も恥じ入る争いが一つ減ることになる。男尊女卑のアラブでは女性蔑視や女性不信の「敵には気をつけろ。だが、味方には、それいじょう気をつけろ」「馬にはその日のうちに良否がわかるが、妻は1年経っても判断つかない」「女が感謝を言うときは上べだけ。憎悪を言うときは本心から」「女と刀はあてにならない」などの諺があり、人間不信という民族性がなしえたことかもしれない。はんたいに世の中のすべての出来事は神のご意志の現れであるから、そういう「宿命」には人間は逆らえない、未来のことを知っているのは神だけであり、神の分野に人間が立ち入ることは許されるべきはずもなく「もし神が許し給うならば」とつけ加え契約することになる。「永遠に愛を誓う」といったような神の啓示の分野にまで入り込むことは、人間としてあるまじきことであり、大変な思い上がりということで、神のご意志で、いつ別れるようになるかも知れず、その時のことを相談しておいてなんの不思議はない。イザヤ・ペンダザンの言う「日本教」の信者には理解し難いことである。(イスラムと離婚

第六話  男と女の世界

 こんなにハッキリと「男の世界」と「女の世界」が分離されているのも珍しい。表面的には男性優位には違いないが、実権はしっかりと「女の世界」側がにぎっている。この結婚に纏わる契約の実際も女同士の社会的つながりの中でおこなわれる。結婚の契約事項、特にマハル(結納金)の額については花嫁、花婿の母など、女性の親族同士でかんかんがくがく話し合いがもたれる。すべてめでたく話がととのうと、最後の打ち上げが結婚披露パーティとなる。勿論男女同席と言うわけにもいかないので、別々にとりおこなわれるが、女パーティが豪華、盛大にもたれるのに比べて、男パーティは貧弱で、質素である。女達は会場までヒジャールを羽織り、黒カラス集団であるが、女会場に到着するやいなや、これを脱ぎ捨て、下に着用しているど派手な、原色のあでやか集団に変身する。花嫁が中央にすわり、でんとひかえており、花婿も出席し会場の品定めの対象にさらされる。男パーティには花嫁は勿論、花婿も出席しないそうだ。男女隔離がなされているが故に、女性の実力が発揮され、社会進出が促されると言う面もある。女の世界では、美人であるとか、美人でないと言ったことは問題にされない。女性は女性社会でリーダーシップが育てられ、実質的な力で各々がはんだんされる。

第七話  イスラムの一夫多妻制
 ムスリムは4人まで妻帯を許されると聞いていたが、同行の3人は皆奥さんは一人だとのことであった。普通妻は4人まで持てるが、異教徒ならば正妻には出来ないが妾とするのは人数に制限ないということである。なにしろイスラムで言う唯一絶対の神アッラーのお墨付きだから、妻は4人まで、妾なら何人でもOKということである。しかしこれには責任と義務を生ずるもので「もし汝ら、孤児に公正にしてやれそうだと思ったら、誰か気に入った女を娶ると良い、二人なり、三人なり、四人なり。だがもし公平にできないようならば一人だけにしておくか、さもなくばお前たちの右手が所有しているものだけで我慢しておけ。そのほうが片手落ちになる心配がすくなくてすむ」という。ここでいう孤児とは「ウフドの戦い」で、イスラムの大儀のため殉じていった戦士の残した未亡人や孤児を意味しており、右手の所有物とは女奴隷を意味する。マホメット(ムハンマド)は敗戦処理のため特例処置として、こういう状態を容認したのであって、決して一夫一妻制を否認したものではなかった。マホメット自身は一二人の妻を有しており、一夫一妻制を信条とするキリスト者からみれば、理由の如何を問わず不道徳で聖者にあるまじき節操のない輩である。マホメット側は人助けであり慈悲であるというが。しかし公平なところ、マホメットはきわめて人間臭い聖者ではなかっただろうか?現代、現実にこのイスラム法の恩恵(?)にあずかっているのはほんの数%に過ぎないようだ。

第八話  ラマダン(断食月)
 昨年'97は12月31日頃よりラマダンに入ったようだ。イスラム歴の新月から入るので何日何時からラマダンに突入するのかさっぱり検討つかない。イスラムにもいろいろと宗派があるようで、同行のガイド、通訳、運転手は今回のラマダンには関係ないようだった。我々の利用した外国人向けレストランでは食事やその種類も普通に給されていたが、ただこの種のレストランでも日中のアルコール類の販売はされていなかった。この酒類の提供のないのが、飲酒の習慣がないので販売されてないのか、あるいはラマダンによるものかは良く解らない(ワインは売っているのにビールは売っていないとか)。ムスリムには「六真五行」という表現し実践しなければならない掟のようなものがある。。六信はムスリムが信ずべき六つの項目で、アッラー(創造者)、天使(神と人間の間で働く役割、ガブリエル)、啓典(コーラン)、予言者(モーセ、イエス、ヨハネ、マホメット)、来世(天国と地獄)、予定(神のご意志、啓示・インシャアッラー)であり、信仰のシャハータ(告白)、サラート(礼拝)、ザカート(喜捨)、サウム(断食)、ハッジ(巡礼)の五つが、信者に要求される五行で、ムスリムはこれを実行すべき義務がある。断食はその中でも最も重要ようなもので、食欲という煩悩に打ち勝つための苦行で、イスラム歴のラマダンの一ヶ月間、日の出から日没まで、文字どおり一切の飲食を絶たねばならない。敬虔なムスリムは日の出から日没まで一切の食べ物、飲み物を取らないのである。コーランはまた「神を畏れる」ことを断食の目的とする。神への畏れは、神への感謝につながる。断食することによって、富める者も貧しい者も、同じひもじい思いをして、食事もできないような貧しい人達の気持ちを理解し、両者の間に連帯感ができ、喜捨の精神の発揚も要求される。お金持ちも貧しい人々の苦しみを知り、慈悲の心を呼び覚ますのである。此の時間帯は食べ物は勿論、お茶やタバコもだめ、セックスや淫らな行為も一切厳禁なのだ。日中五〇度近くにも達するという砂漠の酷暑、水分の補給もできず、ほんとに辛い思いをする。お祈りの時間になれば、玄関マットのような絨毯をとりだし、一斉に祈り出す。これが一ヶ月間つづく。肉体労働では低血糖の発作でも起こしかねないし、何分にも脱力感からくる疲労で仕事の能率も上がらないのではと心配される。しかしアッラーの神はお慈悲もある。そこで日没後から夜明けまでの夜間のみ断食の戒めは解かれ、飲みかつ食えとコーランは寛容である。日没を境にくっきりと苦と楽がわかれるラマダンは「畏れと感謝」に符合している。ラマダンの期間中、人々は午後になると空腹を抱えながら、せっせと夕餐の準備に余念がない。次々と出来上がってくるご馳走を横目で睨み、生唾を吐き出しながら、日没の知らせを待っている。夜間の食事回数は、この期間夕食、夜中の夜食、夜明け前の早朝の三回が標準で、日中の断食分を一挙に取り戻すべく、たいへんなご馳走がならべられる。昼の断食に比べて、夜の夕食はほんとに豪華で、まるで毎日がお祭りのような賑わいだが、ほんとにアッラーがこんな状況をお望みなのだろうか。疑問が湧いてこないでもない。スークとかモスクの近辺では金持ちが、貧しい者のために「神の食卓」といって断食あけの食事を提供する場所ができる。貧者のなかには、日頃口にできない肉を食するのは、施された此の期間だけというものもでてくる。コーランは言う「断食の夜、汝ら妻と交われ、アッラーは汝らが無理しているのをよく知っておられ、思い返し許したもうた。彼女たちと交わるがよい。そしてアッラーがお定めになったように、欲望を満たすが良い」とイスラムの神は鷹揚で、苦あれば楽ありと、ちゃんと帳尻をお合わせになり物分かりがよすぎる。ラマダン月の食料品の消費量が、普段の月の三倍にも上る統計報告を見るとき、厳粛な宗教的義務と今日的儀式とに割り切れない隔絶がみられる。

第九話  SageSalbei
 生薬(漢方薬)にサージなるものがある。もともと胃腸の働きを助けるらしい。センキュウも同じような働きをする。成分は知らないが決して制酸作用のあるものではない。なぜ、どういう作用機序で効果を発揮するのか解らないが、アラブでは香辛料として良く利用されている。アラブの人達の好むチャイ、男が数人集まれば必ずチャイを飲む。チャイをすすりながら水タバコを吹かす。アラブの一番ありふれた光景である。このチャイを作るとき必ず少量のサージをお茶を炊き出したあと、これに加える。チャイに独特な香りがするが、これはお茶の香りでなくサージの香りなのだ。料理にも加えられる。サージはアラブ人の香りだった。サージは薬草ではない。木の葉なのだ。スイスのエーデルワイスに似た厚みの感ぜられる、微毛のおおわれた木の葉なのだ。
 アラブの人達はもともと匂いが好きなのだ。スークなんかで50種類以上もある香水の瓶を並べ調合しながら販売している。ここの調合師は如何なる臭覚の持ち主だろうか?お客の持ち込む調合された香水、二の腕にひっかけ、匂いをかぎわけながら、即座にその成分を判定し、全く同じ成分の香水を作ってくれる。アラブ人は平均はだの匂いが強い。だから男たちも香水を良く利用するらしい。
 アラブには匂いがある。体臭ではない。スークは勿論、人々に、街に、モスクに匂いがある。香水の香りでもない。その香りはサージの香りだった。

第十話  waren beets
 アラブ人はウオーレン・ビーツといわれる、ロングの数珠のような物をよくぶらさげている。このビーツ(石)はエジプトから輸入されてくるらしく33個よりなっている。石は燃えるような赤から、白まで種々あるが一般的にはBurnShtine(辞書で調べたが意味が解らない)といわれる赤系統が多く見られる。またこの数珠に3枚のコインを短い鎖でぶらさげており、これらは銀製のトルココイン(オットマン・コイン)で出来ており、1枚は父なる神、1枚は聖霊、残りの1まいは子なるキリストを表すという。ここまでくるとまったくキリスト教の神具とも思われるが、宗教には全く関係ないという。良く理解できないが、元来数字には魔力が宿しており、親指と人差し指で1個ずつ繰り、数珠送りをしながら、三回繰り返し数えると99個数えたことになり、これは最高神の持っているすべての力を授かることになる。私に理解できないのは、ムスリムは絶対なる唯一の神アッラーのみ信じ、偶像礼拝を排し、他の宗教にきびしい態度を示すのに、かつ非常に敬けんな信者ばかりなのに、どうして平気で三位一体ともおもわれるコインをぶらさげ、一個一個数珠送りしているのだろうか?このビーズを絹で擦れば静電気(GermenElectrocity?)を生じ、健康にも良い影響があるというが詳細はわからない。

『追記』日本イスラム協会の親切な方(ISLAMのホームページ<http://www2s.biglobe.ne.jp/~racket/>)より助言を賜り、教えていただいた。ウオーレン・ビーツなるもの「タスベーハ」と言うらしい。TASBIHはアラビア語のSABBAHAからきており「賛美する」と言う意味を示している。33の意味は特にないようだ。イスラムという宗教は、迷信めいたこじ付けを嫌う宗教で、預言者言行録をハディースと言うが、預言者ムハンマドは礼拝の後に、SUBHANA-LLAHを33回、AL-HAMDU LI-LLAHを33回、ALLAHU AKUBARを33回唱えたというハディースが残っているので、後に続くムスリムたちがそれに従っていると言う。ズィクルとはアラビア語で「唱える」ということで、「SUBHANA-LLAH」「AL-HAMDU LI-LLAH」「ALLAHU AKBAR」という言葉を33回ずつ唱えることである。集団礼拝の場合イマームに従い、礼拝が終われば、コーランの一節を唱え、ズィクルに入るが、その前置きの言葉を唱えながら、タスベーハを手に取り、房がついた部分を指につまんでいる時に、前置きの言葉を唱える。イマームに従っている礼拝者たちは、やはりタスベーハを手に取り房のついた部分を指に摘まんで、イマームの前置きを聞いていて、「ILA:HI YA RABBI,SUBHA:NA-LLAH」とイマームが音頭を取ると、全員で「SUBHA:NA-LLAH,SUBHA:NA-LLAH,・・・・」とタスベーハを指で一個ずつ勘定しながら、唱える。中玉にくれば、イマームがつなぎの文句を述べ、2番目の「AL-HAMDU LI-LLAH、AL-HAMDULI-LLAH,・・・」を唱えるという具合である。ムスリムにとって実用的な原始式電卓というところらしい。これで数珠送りと数字の謎は解けたが、三枚のコインについてはいまだ意味不明。

『追記2』書籍「私は逃げない」(2003年ノーベル賞受賞者 シリン・エパディ署 講談社刊)を読んでいたら偶然出てきた(第五章 都市を襲う戦火 137P)。イスラム教の祈祷用数珠をタスベと言うらしい。

第十一話  国境事情
 今回の旅行で日本・ヨルダン(AMMAN)の空路による入国はじめ、ヨルダン・シリア、シリア・レバノン、レバノン・シリア、シリア・ヨルダンの四回にわたる陸路国境越えを経験した。外務省から旅行注意に指定されているにも関わらずレバノンのベッカー・ゴラン高原もそう大した緊迫感も感ぜられなかった。国境越えも自由自在、しかもすべての場所でビザも必要なかった。no visaも日本人だけが対象なのか,いずれの外国人に対しても同様なのか分からないが 門戸開放結構ではないか(シリアからヨルダン入国のみ、ビデオの持ち込みチェックがきびしかった)。このビザ不要となったのはごく最近のことで(’97の秋頃から)エジプトの過激派による観光客襲撃事件以来らしい。過激派による観光客乱射ジハード以来激減しているエジプト観光客の、受け入れを積極的に押し進めるためにvisaが不要になったということである。ムスリム過激派の倫理、何事も神のおぼしめしなのだからと、アッラーのご意志なのだからと、一緒に天国まで同道されてはかなわない。

『追記』確かにイスラムとイスラム諸国と混同していた。少なくとも文章中には、混同してそのように書いた。第一話ではイスラム、イスラム諸国でなく、アラブ諸国とすべきかも知れない。でも中東三カ国はアラブの国であるが、九〇%前後(レバノンは少し低い)がムスリムであり、事実これらの国ではイスラムの国家に対する影響力が強い。これは一般的に認知されているものと思う。一部手直ししてイスラム諸国とした。ご指摘いただいた賢兄に謝意を表する。

参考文献: イスラム文化(コーラン)

       都市と都市文明
旅行記:  レバノンシリアヨルダン 死海 エル・カズネ(ぺトラ)


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