薮医と名医の間隙


【名医】
 世の中、名医と呼ばれるもの浜の真砂のごとく多く見られる。週刊誌は言うに及ばず、単稿本にいたるも全国の名医100人とか、肝臓外科の名医100人とかの特集記事、とにかく名医名医で溢れんばかりだ。ほんとに誰もが納得いく名医も含まれているが、ことのほかの人選も見られる。君も名医か、俺も名医だといわんばかりの人達もいる。人選の根拠と基準を示すべきだ。広告と真の名医は別物なのだ。

【薮医】
 俺は薮の代表選手、自他共に自負している。大学卒業10年間は一銭の金にもならないのに研究研究の連続で、今から思えば、よくもまあニコヨン生活も続けられたものだ。特に大した目的もなしに、ただ他人より、より早く何かにたどり着きたい。ただこれだけが楽しみだった。世界中の論文の抄録(勿論インターネットなんて便利のものはなかった)に目を通し、なにがなんでも負けるものかと頑張った。臨床は後回し、研究だけが生き甲斐だった。こんなの主客転倒しているのでないかなあ。

【名医と薮医の間隙】
 名医と薮医について少し考察を加えた。

 彼は日本のいや世界の名医である。日本○○学会の会長を勤め、功遂げ名を成した人物である。日本○○学会の会長なんて旧帝国大学の主任教授しか就任できない。そんなおおそれた大役を無事こなしてきたのだ、大物に違いない。勿論週刊誌や日本の名医100選のトップを飾っている。ほんとにそうだろうか?私は彼の手術に麻酔医として立ち会ったことがある。難解な困難な手術で、早朝より始められたこの手術はもう既に10時間以上経過している。彼は顔面蒼白、でも額は脂汗に溢れている。不潔の看護婦(直接手術に関与しないが、手術台の回りで、色々雑用をこなす看護婦さん)が彼の額の汗を真っ白な清潔なガーゼで拭き取る。ここから(麻酔医の席)手術野は視界に入らないので詳細はよくわからないが、出血量のおびただしい増加が看護婦によって報告されてくる。輸血量を増やさねばダメだ。このままではティッシュトード(手術中に死亡)だ。一瞬こちらまで、全身に冷や汗が走る。やがて手術は終わりに近づいたようだ。彼は手術台を離れ、部屋の隅で疲労困憊座り込んでいる。 後は教え子たちの第1〜第4助手が手分けして後始末するだけである。麻酔の深さもぼちぼち調整しなければならない。総出血量を計算した補液の調整をはからなければならない。かれは無言のまま、肩を落とし部屋から出ていった。
 こんな経験ははじめてだ。丁度今縫合が終わったばかりの創部の縫合糸は、意図も簡単に切り放され、再び開腹、内部の出血を止めにかかっているではないか。誰もが無言である。術者が、無事手術をおわり、部屋を出ていくと同時に、ふたたび開腹、手術は再開されたのであった。老教授によって行われた手術は90%成功裏に終わったのに、視力の衰えた術者の、不手際を庇うかのように、またそれが当然かのように、徹底的に、術後の管理でひどい目にあった助手達によって、再手術が行われたのである。これが初めてではなかった。
 日本でもトップクラスの大病院の院長である彼は、患者さんに訴えられるにいたり、またそのときコメントし、発言している内容が揮っている。自分の手術は、そこらあたりの大学教授よりは、だいぶ上で、世界的レベルのものだ。自分のOP(手術のこと)は日本では最高水準だと、記者会見して語る姿はもの哀しい。ここまで来れば全くピエロで、裸の王様である。多くの教授でさえもう名医を卒業しているのをまったくご存知ないのである。
 人間誰でも、いつまでもトップの座にしがみついていてはならない。トップから降りる勇気が必要だ。弟子達も、たとえそれが憎まれ役であっても、引退の助言をするのが務めであり、役目である。勇気を持ってことに当たりたい。
 外科系統の名医とは、年齢制限があるのだ。定年制があるのだ。60才を超えるような名医なんてあり得るわけがない。どんな名医であっても生理的限界にはかてっこない。人間歳をとれば老化が始まる。自然の摂理である。このケースは元名医というべきだろう。
  


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