前出師表


 出師の表なる諸葛孔明の一文がある(成都の武候祠)。前後二編にわかれているが、後編の後出師表は後世の贋作という説もあるようだ。中国では屈指の名文で、華麗な岳飛の書と共に書道の手本にされてきた。中国人がこの文を読めば、自然に涙が出てきて止まるところ知らないという。いわゆる泣かせる名文なのだ。しかし、私はなかなか味のある名文とは思うがそれ以上何の感情も湧かない。孔明あたりの諸種の書籍をひもといても、それ以上の感情はわかない。日本人と中国人では、ワビとサビの精神とかいった、微妙な感覚のづれがあるようにおもわれますが?読者の諸君は自然と涙が溢れて止まないでしょうか?いかがですか?


 先帝、創業いまだ半ばならざるに、中道にして崩そす。今、天下三分し、益州疲弊す。これ誠に危急存亡の秋なり。然れども侍衛の臣、内に懈らず、忠志の士、外に身を忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追いて、これを陛下に報いんと欲すればなり。誠によろしく聖聴を開帳し、もって先帝の遺徳を光かし、志士の気を恢弘にすべし。よろしく妄りにみずから菲薄して、喩を引き義を失い、もって忠諌の路を塞ぐべからず。宮中府中、倶に一体となり、藏否を陟罰して、よろしく異同すべからず。もし姦を作し科を犯し、及び忠善をなす者あらば、よろしく有司に付し、その刑賞を論じて、もって陛下平明の治を昭らかにすべし。よろしく偏私して、内外をして法を異にせしむべからず。

 侍中、侍郎郭攸之・費い・董允等、これみな良実にして、志慮忠純なり。ここをもって先帝簡抜してもって陛下に遺せり。愚おもえらく、宮中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮し、然るに後施行せば、必ずよく闕漏をひ補し、広益するところ在らん。将軍向寵は、性行淑均、軍事に曉暢して、昔日に試用せらる。先帝これを称して能と曰う。ここをもって衆議寵を挙げて督となす。営中の事は、事大小となく、ことごとくもってこれに諮せば、必ずよく行陳をして和睦し、優劣ところを得せしめん。賢臣を親しみ、小人を遠ざくるは、これ前漢の興隆するゆえんなり。小人を親しみ、賢臣を遠ざくるは、これ後漢の傾頽するゆえんなり。先帝在せし時、毎に臣とこの事を論じ、いまだかって恒・霊に嘆息痛恨せざるんばあらざりき。侍中・尚書・参軍、これことごとく貞亮死節の臣なり。願わくは陛下これを親しみこれを信ぜば、すなわち漢室の隆、日を計りて待つべし。

 臣はもと布衣、躬ら南陽に耕す。いやしくも性命を乱世に全うして、聞達を諸候に求めず。先帝、臣が卑鄙なるをもってせず、猥りにみずから枉屈して、三たび臣を草盧の中に顧みて、臣に諮るに当世の事をもってす。これに由って感激して、遂に先帝に許すに駆馳をもってす。後、傾覆に値い、任を敗軍の際に受け、命を危難の間に奉ず。爾来二十有一年なり。先帝、臣が謹慎を知れり。故に崩ずるに臨みて臣に寄するに大事をもってせり。命を受けて以来、夙夜憂歎し、付託の効あらずして、もって先帝の明を傷らんことを恐る。故に五月瀘を渡り、深く不毛に入る。今、南方すでに定まり、甲兵すでに足る。まさに三軍を奨率して、北、中原を定むべし。庶わくは駑鈍を竭くし、姦凶を攘除し、漢室を興復して、旧都に還さんことを。これ臣の先帝に報じて陛下に忠なるゆえんの職分なり。損益を斟酌し、進んで忠言を尽くすに至っては、すなわち攸之、い、允の任なり。願わくば陛下、臣に託するに討賊興復の効をもってせよ。効あらざれば、すなわち臣の罪を治め、もって先帝の霊に告げよ。もし徳を興すの言なくんば、すなわち攸之、い、允等の慢を責めて、もってその咎を彰わせ。陛下もまたよろしくずから謀りて、もって善道を諮諏し、雅言を察納して、深く先帝の遺詔を追うべし。臣、恩を受けて感激に勝えず。今まさに遠く離るべし。表に臨んで涕零して、言うところを知らず。

僕の持っている岳飛の書(拓本)は縦書きとなっている(2曲の額に表装した)。武侯祠(成都)の碑は横書きとなっているが、縦書きの碑は何処(三狭の白帝城?)にあるのだろうか。ご存知の方はお教え下さい。

9/15/01 成都を再訪した。出師表にも再会してきた。懐かしかった。上記の文説明、舌足らずで誤解があった。武侯祠(成都)の碑は横書きではなく、縦書きであるが日本の巻物のごとく、ずうっと長く、石に彫刻されていた。次郎の額装にしたものは、日本の軸装に見られるような形態で岳飛(武侯祠)の碑文とは、ハッキリと異なる。しかし、ちゃんと岳飛の署名も見られる。

6/13/04 堤一秀さんという方より下記のメイルを頂いたので掲載する。添付されていた、岳飛の碑文はまさしく、次郎の見てきたもの、そのもので、左右に分かれて(中門の内側)前後両表があった。

はじめまして。小生、この春、所用にて成都に行って参りました。貴方のホームページの前出師の表の文末に拓本の記載が有りましたので、メールしてみました。さて、私も武侯祠(候ではなく侯)にて出師表前後の石碑文を見ました。横書きの碑文は見ておりません。添付写真をご覧ください。また、縦書きの二曲の額なる物がいかようなものか想像できないのですが小生買い求めし拓本は、前後全計70ページ、全幅10mあり、前後を二冊5mと成っています。
(堤 一秀さん tsutsumibank@ybb.ne.jp)

わざわざ、ご教示いただき恐縮です。ありがとうございました。
次郎の屏風(拓本を現地で購入し、帰国後表装した)は写真を撮る技術がなく、かつ転送も出来ないですが、何時の日にか、HPに掲載、転送させていただきたく思います。

出師表(j次郎さんの持っている)の拓本写真



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