台風と飛行機の発着


 飛行機の発着に天候が強く関係していることは周知の事実である。国内線でも、どこそこの空港に着陸予定であるが、当地の天候不良のため他の空港に変更されるかも知れないと出発前にアナウンスされることがよく経験されることである。

 いったい風速何メートルまで、飛行機の発着が可能なのだろうか?関西国際空港の決まりでは25m/s以上になれば空港は閉鎖されるらしい。陸との横断橋も風速25m以上で封鎖(鉄道)される決まりになっている。台風7号接近で、視界不良で、しかも風も大変強く、恐らく20m/s以上だと思われるのに、沢山の飛行機が発着していた。

 去る9月22日、所用でソールに行くため関西空港にいた。KE-724(12.40)乗機予定のため、8.30自宅をでて10.30関空到着、道中雨もなく、台風7号が近づいいるのはちっとも知らなかった。TVで午後大雨になるとは聞いてはいたが、道中の天気具合といい、そんな警報はとっくに忘れていた。

 11.00頃チェックイン、免税店をひやかし、僕の友人は化粧品を沢山購入していた。なんだか知らないが、そのクリームをつけると痩せるとかで、家でレクエストがあったらしい。数年前の1/4位に値段も下がっていたようで、喜んで大量購入していたようである。jcb(14GATE)のロビーで時間をつぶし、出発ゲイト10の待合室に12.00頃いった。滑走路は 強い雨で視界は全く不良、台風が近づいているらしい。こんな状態で飛行機は来るのだろうかと、さっそくテレビを見ると、台風は午前11.00現在、室戸岬南方40kmに位置し、北北東に進んでいるらしい。ちょうど紀伊半島からやってくるらしいが、まさか紀伊水道北上してはこないだろうと思っていた。

 NHKTVは12.00を過ぎているのに、いぜん台風の位置は室戸岬のままだが、外の様子はいぜん強い雨と風も吹き出してきたようだ。12.10頃になると激しい雨風とともに視界ゼロ、こんなんでは、なんだか心ぼそくなってきた。つよい暴風雨の中、12.15KE723便到着、続いて12.35頃ANAが飛び立っていった。KEの到着は約30分遅れているらしい。すぐ清掃して搭乗さすとアナウンス、乗客が続々と降りてこられた。機内整備のため、搭乗開始予定は12.40(30分遅れ)だという。

 TVでは、12.45台風の位置は依然室戸岬のまま北北東に進んでいるらしい。そとは視界ゼロの暴風雨、この巨大なビルが少し揺れているような感じがする、こんなんで飛行機はほんとに飛び立つことができるのだろうか。今しばらくのお待ちをとの何回かのアナウンスの後、12.50関空が閉鎖されたとのアナウンスあり、出発予定時間判らないと言う。台風は依然紀伊水道から紀伊半島に上陸するらしい。国内線は今日一日中全便欠航である。

 13.00TVのニュースで台風は12.00頃和歌山の御坊付近に上陸したとのこと、どうせ北東に進むだろうから、まもなく出発出来るだろうと思っていた。事実、14.00頃には風も収まり、降雨もほとんどなくなり視界も開けてきた。航空橋から数十台の車が走り出した。しかしいまだ、搭乗の案内はない。後から考えるまでもなく、ちょうどこのころ、台風は関空に一番近い位置にあったようだ。14.30頃には再び雨風が激しくなりだした。風の方向も変わっている。確かにこの巨大ビルも揺れている。JR、南海とも全面運休している。もちろん空港橋は閉鎖されたままでだという。

 15.00のTVニュースで台風は京都南部にあるという。それでは台風は紀伊半島を縦断したことになる。関空の閉鎖は開港以来初めてだと言うが当然のことだった。16.35搭乗案内あり16.50出航した。上空は気圧の変化もなく快晴、全く平穏な旅だった。約4時間の遅れ、これぐらいの遅れは何回も経験しているはずなのに、なんだか凄く疲れた。あとからわかることになるのだが、私の住んでいる街は大変な被害がでた。ガラスの損傷による2名の死亡、近鉄の架線、鉄塔の切断等今までに経験したことのない被害がでた。同行者の家の屋根が吹き飛んだようだったが、幸いにも、私の家は特別な損傷は受けなかった。(平成10年9月24日記)

 

追記: 関西国際空港の決まりでは25m/s以上になれば閉鎖されるらしいと書いたが、友人(航空局飛行場部)に確かめると空港閉鎖の規則はないという。ただ風速25m/s以上になれば、管制官の勤務は解除(管制塔よりの避難命令)され、業務を行うことが出来ないと言う。だから自動的に空港閉鎖となるとのことである。


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