もてなしの心
中国人は料理を食い散らし、残すことで満足感を表現すると良く云われる。主は、食べ残しのない食事は十二分に供されていなかったと解し恥ずかしい思いをするようだ。面子を重んじる中国人のもてなしは、客が残した料理を惜しみ気もなく捨て去ることにあるようだ。日本人は米粒一つ残さず平らげるのが礼儀と弁えている。
所によればまず腹いっぱい食べてから乾杯する。日本流に先に乾杯はしないようだ。(シルクロード トルファン)日本式に初めから食卓に沢山の料理を並べるのと違い、はじめは摘みだけ会話を楽しむのだ。ついで料理が出てくる。
最近の廈門では、何処でも残った料理を持ち帰ることが出来るように、弁当箱と同じようなプラスチック製容器(発砲スチロール)が提供されている(帯回去)。男同士の宴席ならともくも、女達とこの携帯用弁当箱(プラスチック製)は切っても切り放すことが出来ず、中国中に普及しているようだ。家に持って返れば、たしかにチン(レンジ)は便利になったし、食のマナーも変化しているようだ。体面ばかり重んじる西洋人(特にフランス・イギリス)は、家に犬を飼ってもいないのにドッグフードと称して持ち帰るよりよっぽどスマートなモノだ。日本人の残さず食べるという美徳はこの中間かな。
随分服務員の態度が良くなった。ホントに革命的だ。可愛いしあどけなさが残っている。大都市でのレストランは云うに及ばず、チベットの山の奥でも愛嬌を振りまいている。山西の五台山では12〜13才のホントに若い少女は折角持つを運んだのにチップを受け取らなかった。日本語を学びたいからと、この老人の話し相手になってくれる。ホントに至れり尽くせりだ。
日本語で今日はと近ずいてくる輩には注意が要するが、こちらから声をかける人には悪人は不味い内容だ。引っかかったのは相手から声をかけられ人ばかりだ。中国人は99%善人だ。いったん仲良くなればとことん付き合って呉れる。少々の犠牲を払っても付き合って呉れるようだ。
楼蘭遺跡を訪ねるツアーにも参加してきた。この旅行は団長山田先生(NHKシルクロード担当)が主催され、日本旅行が実際の実務を手配した模様だった。山田先生が新疆からの留学生たちのお世話をなさっており、そのOB(黄氏)が新疆中信国際旅行社に勤務しており、その方の手配で施行された。全て中信旅行社の手配で行われたようで、日本旅行がそれに注文をつけるということだった。スルーのガイドもこの黄氏がつとめた。事前説明会が2回ほどもたれたが、JR西日本は始めから顔を出さなかった。この会場もJR西日本のものと思っていたが日本旅行のもののようだった。ハッキリ言って、山田先生と日本旅行との打ち合わせが不十分で、それぞれが自分の立場で物を考えており、一般参加者には、迷わせられることも多々あった。まず、初めにスルーのガイド黄氏は山田先生の教え子ということで、その黄氏と日本旅行の弘中氏(添乗員)と具体的に企画して旅は実行された。楼蘭訪問は120%成功したし、道中何かとお世話になり、何も文句はないのだが小さなことだが、各車ランクルの連絡がいつも取れる状態にして欲しかった。各車トランシバーを持っているだけで十分なのだ。
全行程中3回ウイグルの家庭に呼ばれて食事する機会があった。1回はスルーのガイド宅で家族揃って歓迎された(ウルムチ)。ほんとに他のツアーでは味わえない経験をさしていただきありがとう。もう1回は、団長の学校に留学中の子弟の家庭を尋ねた(トルファン)。ここでも家族総出で歓迎された。招待されたが、大切な息子を留学生として送り出している親の気持ちが痛いほど理解できる。これも団長さんのお陰だった。初めちょっとしたナッツなんかが、置かれていただけだったが、次に山のような料理や多種類の地方料理が出た。味付けも日本人好みで結構なことだった。ウイグルでは料理を腹いっぱい食べてからお酒を飲むらしい。日本のように先ずビールで乾杯というとこはなさそうだ。はじめ、テーブルの上のナッツ類だけを見て、帰りにはバザールに行こうと団長さんも発言なさっていた。やはり、風習の違いも、初めに理解しておくべきだった。最後の3回目にはウルムチ師範大学のズブが我われ日本人を歌舞大劇院(新疆二道橋美食歌舞大劇院)に招待してくれるという。このズブさんも以前の留学生であったそうな。ズブさんは女のかたで、外に師範大学に留学中の男子学生一人と海外青年協力隊として、やはり師範大学で日本語を教えている女子学生一人と、中国側日本語教師(女)2人が一緒に、民族舞踊を鑑賞しながらフルコースの食事を頂いた。こんなに大勢で女の細腕にたかったりしてすみません。二道橋に行くバスの中で団長さんが、これだけ大勢で招待を受けるのだから、タダでは申し訳なく、日本からのお土産として高価なナイコン製デジカメをもってきたと披露された。それは、それで結構なことだ。昔の師弟関係から微笑ましいことだった。では、このために特別のお土産も持っていかなった、われわれはすべて、タダ食いしたのだろうか。か弱き女性や留学生として人質をとった善良なウイグルの少数民族の家庭に多大の負担をかけたのであろうか。ビールや白酒、ぶどう酒腹いっぱい、飲み腹いっぱい食べたのであろうか。
出発前の説明会で、お土産のデジカメや立派な日本の着物を披露なさっていた団長さんを思い出す。添乗員は団長さんは特別だから、われわれとは関係ないと言っていたが。次郎さんは普段の旅行のときと同じように煙草マルボロ(5カートン)と子供たちのために飴(2Kg)、派手な風呂敷、絵葉書、ミニカー(10台)を用意した。もっとハッキリ出発前に説明されるべきだったと思うが。夕食付きツアーと説明されていたし、費用の中に全食事代も含まれているものと思っていたが、これは現地の人の好意に甘えるということだったのか。日本旅行に支払った食事代はどこえ行ったのだろうか。旅は楽しければそれで十分だ。それ以上詮索すべきではない。