上海訪問


 上海の訪問は何回目になるだろうか。恐らく一桁ではあるまい。ひょっとしたら、20回をこえているかもしれない。市内一円、あっちこっちゃよくもいったものだ。でも、上海は訪れるたびに変わっている。中国の変化も凄いが、上海の変化はその最先端を行くようだ。エネルギーが凄い。すごい変化だ、数ヶ月後いくともうすっかり変わっている。あきれたものだ。最近のビル建設現場には同じ敷地内に飯場のようなものがあり、テント張った中には地方から出てきたのか家族ぐるみで生活しているようだ。竹の足場の中、労働者はほとんど完成まで現場で起居して、完成まで頑張るようだ。犬と中国人は入るべからずと立て看板があったという黄浦公園(外灘)はキレイに整備され、ここからの浦東方面の風景はまさしく宇宙ステイションの出現か、超近代的ビルが林立、昔を知っているものにとっては信じがたい風景だ。世界有数のノッポビル(グランドハイヤット)、TV塔(東方明珠塔)等はお台場(東京)でもお目にかかれない。バンドや黄浦公園は、いまやデートスポットに変わっているようだ。初めての訪問は何時だったかははっきりわからない。でも、確か日本からの上海直行便はまだ就航していなかった。香港から広州、上海へと入った記憶がある。当時は、電力事情が悪く、街路は大変暗かった。街頭も2〜3個置きに点灯され、大変暗かった。それがどうか、今じゃ、夜の南京東路はネオンの洪水、昼間よりの明るい。暗い暗い街灯のもとで、学生さんが勉学に励んでおられた様子が瞼に浮かぶようだ。勿論住まいには大勢の人間が住み、明かりも充分なかったようだ。通りから一本裏側に入れば、それこそ漆黒の闇、右も左も解らない。ことに、トイレは大変だった。勿論オープンドア、夜は何時穴ぼこに落ちるや知れず、全く用を達しなかった。その上臭気がひどかった。我慢できない臭気でどうにもやりきれなかった。当時は、譬え南京東路といえども車はゼロ、タクシーはぜんぜん見つからなかった。無数の車燈のない自転車が、暗闇の中、相当なスピードで、ウンモのごとく群れていた。幹線を走っていたバスはトロリーバスのようで二両連結、満員一杯、ドアの入り口付近は、鈴なりの人で一杯、みんなぶら下がっていた。地下鉄どころかタクシーもなかった。ホントのことだった。

 


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