非民主的なイギリス


 イギリスは非民主的な国だ。イギリス人ほど悪い奴はない。人種差別をしやがる。コソボを救うという名のもと、他国を爆撃し、あまつさえ、ユーゴを乗っ取ろうとしているのではないか。武力で弱いもの虐めをしてはいけない。たとえどんな理由があったにしてもである。フォークランド紛争でも武力を使いやがった。将来泣きを見るのは当然のことだ。世界のポリスマンアメリカの加護がなけれ何もようせんくせに、大きな面しとる。

 コソボの地雷処理で若きイギリス兵士が戦死した。他国を爆撃しなかったら、他国に侵攻しなかったら、当然ながら地雷も埋められなかったし、そんな処理も必要なかったはずだ。可哀想に、あたら若人の命を奪ってしまった。

 戦争の悲惨さ、無情なものだ。若い兵士には妻も子供もいたという。そのいのちの値段をめぐって、批判が起こっている(以下朝日新聞天声人語参照 7/13/99)。

 死亡したのはバララム・ライ軍曹(35)で、残された妻に、日本円に換算して一時金で370万円と、最初の5年間は18万円、その後は15万円の年金が支給されることになった。しかし軍曹であれば、ふつうは一時金1056万円と半年分の給与、それに294万円の年金が、妻に支給される決まりのようだと言うが、ライ軍曹のいのちは、涙金程度でしかなかった。

 どうしてこんなことになったかというと、問題は、彼が「グルカ兵」だったことにある。英軍のネパール人傭兵なのだった。インドに侵出した英国は19世紀初め、ネパールを攻めた。勝つには勝ったが、勇猛なグルカ兵にさんざん悩まされる。そこで戦後、逆に彼らを雇うことにした。1857年、英国の植民地支配に抗して広がったインドの大反乱(セポイの反乱)で大戦果を上げ、グルカ兵の名は天下にとどろくようになった。

 グルカ兵という、英国にとって都合の良い、伝統は今日まで続き、アルゼンチンと英国間のフォークランド紛争(1982年)でも出陣した。戦場では、英国人兵士以上に危険な役割を担っているという。ところが、いろいろな待遇ははるかに低い。これまでも何度か声を上げてきた。が、英政府の反応は概して鈍い。「グルカ兵の故国、ネパールの物価水準は低いので」などと、いい加減なことをいっているが、白人と差別するし、もともとイギリスは非民主的な国なのだ。早くくたばってくれ。


嫌い外国
英国病
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