チンネは高かった
Aクッラク・Bルンゼ。今日の登攀コース(アタック)は決まった。アイガーの北壁ではないが、男として生まれたからには、滝谷の尾根やチンネぐらい登攀できずにどうする。ザイル担いで穂高の山え、明日は男の度胸だめし。しかしアップザイレンの相棒と心中なんて様にならないよ。うら若きメッチェンが思い浮かばれる。まあ、しようがないか、なるようになるさ。それにしてもクレオパトラ・ニードルは真横、剣沢の二股の出会いの方から、涼しい風が吹き上げてくる。やっと無事登れたかな。帰途の平蔵・長次郎のグリセードはもう慣れたもの。すごくスピードが上がる。クレバスに嵌まらなかったのは先輩から借りた門田のピッケルのお陰だった。
追記:このチンネ登頂の時ザイルを組んだ友人水田隆三の訃報に接した。98年12月長い闘病生活の後、天国に行ってしまった。彼は京都第一赤十字病院の院長の重責をになったままで、絵画を自ら楽しみ、あるいはNHKの番組を担当、もはや特徴ある声がラジオを通じて聴けなくなってしまった。寂しい限りだ。友の冥福を祈りながら。(1/15/99)
一緒に登山した人のよい巨漢野本直記、好漢九州男児松岡謙二、今は亡き東條(西村正明)、水田隆三、神戸の女子大の学長をしていた森本等の顔が走馬灯の如く揺れ動く。年を食ったのかなあ。
追記:平成23年11月学生時代からの刎頚の友野本直記は死亡した。10月スペインに行っていたので今年度の同窓会は欠席した。出席していた知人によると、大変に太っていたという。少しアルツハイマーも混じったかなあ。いずれにしても直記の冥福を祈りたい。
(文中敬称略)