くたばれバックパッカーズ
この、バックパッカーどもめ!
バックパッカーとはリックサックを背中に背負って世界を旅行する、自称・貧乏旅行者たちのことである。私も元祖バックパッカーだった。しかし私は彼らが大嫌いだ。だからバックパッカーが多い安宿街、たとえばバンコックのカオサン通り、サイゴンのファングーラオ通りに決して近寄らない。私もカネはないが、もしそんなところに泊まる予算しかなければ、そもそも旅にでない。彼らとは話しもしたくない。何故こんなに私がバックパッカーが嫌いなのか。それはそう言う連中の殆どが、人間のクズだと知っているからである。こう見えても以前の私は連中に優しかった。随分と色々世話してきた。そんな親切心を発揮していると、きっやつらはだんだん増長してきた。だいたい現地にいる日本人に言い寄ってくる連中の願い事は二つ。「お金がないので部屋に泊めてください」「どこか安く女買えるところ知りませんか」と。私は宿のオーナーでもポン引きでもない。こちらからお願いして来ていただいた訳でもないのに、何故こんな奴等の面倒見無ければいけないのか。そういうと彼らは金科玉条、おなじセリフを吐く。「貧乏旅行なので、お金がないのです」と。知るかよ、そんなこと。お金のない連中でも、ここまで来られるだけ、充分、お金持ちじゃねえのか。俺は、貴様達が腹巻きの中に、現地の四人家族がたっぷり一年間は暮らせるに充分な、たいそなカネいれてるの知ってるんだから。それにどうしてカネの無い奴が女欲しがるんだよ。挙げ句の果てには「ここの女はエイズの心配ありませんか」と聞いてくる奴までいる。なんで俺がそんなことまでわかるんだよ。
旅先でふとした他人の善意に接して感激することがある。でも、はじめから善意を期待して旅に出ることはおかしい。連中をクズだと断定する二つめの理由は「旅のプロ」を自慢したり、各国の出入国のスタンプをひけらかすくせに、てんで現地の事情に通じてない。また宿帳の職業欄には「FREETER」って書くなよ。そんな英単語知らないんだよ。また連中は長旅を自慢する。でも旅のしすぎですっかり感性が麻痺してしっまっている。バックパッカーはあまり名所・旧跡巡りはしない。そういう旅行らしきことをするのは恥ずかしいことだと考えている。それでいて、昼間からマリファナをスパスパふかし朦朧としている。全くクズである。観光用に無理矢理作られたものには抵抗があるが、現地の人達が昔から大切に守ってきたものには、覗いてみるべき一見の価値がある。そうすることでそれらの国の人達の心の一端に、少しでも触れたいと思うからである。バックパッカーたちの有り難がるものとして、「旅の落書き帳」がある。ゲストハウスなどに置いてあって、何人もの旅行者が好き勝手なことを書き散らしている。そこに書かれている内容は「マリファナの売っているところ」「安い売春宿」など地図入りで詳細に記載されている。これをバックパッカーどもは「生きた情報源」としていそいそと書き移している。地図まで入っているので現地の人達でも、その内容は容易にわかるだろう。それを書き移す自分たちの姿が、どのように見られているのか、かれらは想像すらしたことない。なんせ旅行のしすぎとマリファナで感性が麻痺しているから。ほんとに全くクズだ。バックパッカーどもはよく[自分探しの旅]「旅で自己発見」と口にする。それは日本で自己を見つめることのできない想像力の欠如と、日本に居場所を確保できない半端者の証左に過ぎない。まったくクズである。(神田憲行「ハノイ純情、サイゴンの夢」講談社文庫)
バックパッカーだけが旅人と誤解しておられる御仁もいる。たしかにバックパッカーはたのしい。いろんな経験をつみ成長するのだ。でも上記の一文もまたしかり。いまのバックパッカーは未来のパックツアー者かも知れない。どんな旅行にも一長一短があるものだ。お互いいがみ合うことなく、それぞれの立場を尊重してやって行きたい。