狐と狸


 どちらが狐でどちらが狸かそんなことは判らない。どっちだって似たようなもの、どっちに、どっちの名前を付けてもかまわない。全く同じ穴の狢である。

 紳士の国のイギリス人は「ケチ」である。成り上がりものアメリカ人は全てに鷹揚である。たとえばワインを飲むとき、イギリス人は、cost for value, value for money をまず考える。それだけ金を出す価値があるだろうかと考える。決して無理をしない。たとえ金持ちであるにしても法外なお金は支払わない。穏やかな紳士の国である。アメリカ人は合理主義者だ。値千金のワインであっても、たとえ美味しいものでなくても、珍しいものであるならば、即金で出すだろう。最高のワインには最高の価格でもってする。1900年のワイン(CH.LAFITE,CH.MARGAUX)が売りに出されたがイギリスでは全く売れずだったが、アメリカでは飛ぶように売れたそうだ。日本でも何本か売れたようである。フランスの狡賢ナネゴシアンの罠に真っ先にはまったのがアメリカ人で、それに続いたのが日本人である。

 ワイン戦争が起こっている。フランスとイギリスとの間でである。フランスのボジョレーヌーボー、採れたての新酒、さぞかし美味しいに違いないがイギリスでは輸入禁止処置が取られて、イギリスのレストランで飲むことが出来ない。全くモッタイないの一言だ。でも、もともとヌーボーに合うような料理はイギリスにはなかったかもしれぬ。

 ご存知、牛肉では欧州が揺れに揺れている。例の狂牛病だ。いまだ収束していないと欧州各国はいまだ輸入禁止を解いていない。フランスもご多分に漏れず英国産の牛肉を輸入禁止処置にしている。イギリスのワイン輸入禁止はこの対抗処置だそうで、どっちもどっちだなあ。坊主にくけりゃ袈裟までにくい方式というものだ。どちらも大人になり切れていないようだ。これが今日の両国の象徴だ。

 プルサーマルと言っても、突然出てきて戸惑うに違いない。そうです、関電の原子炉で使う燃料をイギリスの国営公社に依頼して購入していたのに、そのデータをイギリスは国家ぐるみ改竄していた。驚くばかりか、呆れてしまって開いた口がふさがらない。紳士の国とはもともとこの程度のものであり、人を馬鹿にするにも程がある。

 ワインはイギリスではもっとも伝統ある産物の一つである。イギリスのワインには伝統がある。このイギリスでインターナショナルワインチャレンジと言うワインの品評会が開催された。色々新しい企画の元で行われたが成績の優秀者はオーストラリアやチリに多く見られフランスには少なかったようである。フランス人に云わせれば、オーストラリアやカリフォルニアのワインは、コンセントレーションだけで、ストラクチャーがないんだそうだ。つまり、長いこと熟成するための骨組にかけるから、若いうちは美味しくても、すぐに年老いてしまうというのである。でも、すぐ年老いてしまうにしても、若いうちにそんなに美味しいのなら文句はないですし、イギリスのテイスター達(48人)によれば、ニューワールドのワインも、今は骨組もあると言うし、ボルドーにあるのは、ばかげた値段だけだという。この意見には僕も同感である。(12/19/99)


嫌い外人
好き外人
ヌーボー



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