餃子の話
世の中暇な方が多すぎて困る。餃子で有名な王将(僕は経営者でもなんでもありません。利害関係なし)という全国チェーンの店がある。味は大変美味しいらしい。世の中の物知り博士達(MLのぷらの連中)はケンケンガクガク述べておられる。王将には京都と大阪の2系統があるそうで、ブクロの店は京都系だとか、ジュクや博多の店は大阪系だとか、味は大阪の方が良いとか、いやそれは逆だとか、なんせお五月蝿い方が多すぎる。
ギョウザにも色々あるそうな。私にはパオズ(包子)と区別付かないが、どなたか御存知の方ご教示願いたい。普通一般には蒸しギョウザ、焼きギョウザ、水ギョウザ(湯)の3種類だと思うのだが。こんがり焼かれた、カリカリしたころも、トンガラシとラー油でアクセントつけらた、アツアツの焼き立てを、フーフー息をかけながらほおばるのもまた一興である。われわれ日本人にはこの日本式焼餃子が最も一般的である。でも本場中国は勿論、華僑のおおい東南アジアでは水餃子が主流を占める。やっぱり味の感覚の微妙な差があるのだろうか?
昔、北京の西門街に餃子の美味しい、有名な店があった。この店フロアに十人掛け位のテーブル数十卓置かれているが、いつも超満員、なかなか席がとれない。あたりを見渡して、もうそろそろ終わりそうなテーブルの横に立ち、自分の席の確保に努めなければならない。日本のように入り口で、あるいは店の前で行列ということはない。言葉の通じない私は、隣のテーブルの食事中の餃子を指さし、連れ合いの分と二人で二人前頼んだ。出てきたのは蒸し餃子、あたりを見渡してもほぼこればかりで、一皿十数個入った皿が二皿出てきた。一個の大きさも相当なものである。頼み方が悪かったのかも知れないが、この一皿一人前ならボリュームたっぷりである。美味しさよりもこのボリュームが魅力で良く繁盛しているのかも知れない。相席に品格卑しからず、初老の紳士がいた。彼は北京大学人文学部の教授で流暢な英語を話す。殆ど理解できない(英語が解らない)西門街の歴史の講話を拝聴した。我々にはこの二皿は多すぎるので、彼にも一緒にどうぞとすすめたが、かれは箸を付けなかった。まもなく、後から注文した彼にも出てきた。なんと教授はただ一人なのに三皿も出てきた。私は吃驚して、あなた一人でこれ全部食べるのかと?と尋ねた。教授は宣った。これは私と私の家族のためであると。しかし私には特に美味しいとは思われなっかたが。
昔、中国では水餃子が上流社会に属する人の食べ物であったらしい。翌日になって主人達の食べ残した水餃子を使用人が焼いて食べていたそうで、よって焼餃子は下賎なものと言う説もあるらしいが、僕にとっては僕(シモベ)でありたい。