華の都のパリ物語
女性をかっこよくセクシーに見せるハイヒールなるものが登場してくるのは、17世紀初頭だ。この時期パリの街は糞尿で溢れ、雨でも降ろうなものなら、街路は汚物の泥濘で溢れていた。歩いてウンコを踏むというようなものだなく、ウンコだまりを移動するような状態だった。そこで、こうしたハイヒールが登場してきたわけだが、その必要性から竹馬のごとく高かったらしい。この場合いくら高くても、不安定であっても、トイレに入ってしゃがみこむということがなかったの全然問題とならなかった。
パリの一般市民は、家の中にトイレを作らず街路をトイレとしていた。勿論市役所は家庭にトイレを作るように勧告していたのであるが、市民達はそんな意見に尻をまくり、シャンエリーゼ通りで尻をまくり続けていたのである。19世紀までこんな状態が続いたとのことで、パリのシャンエリーゼ通りに職業人にとして、ご婦人のオンブ屋(渡し屋)がいたとの報告があちこちの文献に見ることが出来る。街路は汚泥の河をなし、臭気たるものは、あえて耐え難し。それほどまでに、花のパリは糞尿で満ち溢れたいた。