夜景とショッピング・グルメにときめくお二人の香港・マカオ
「返還(解放)後香港紀行」(H10.4.22〜4.25)
今回の、旅の目的・方針はまず案内されるショッピングでは出来るだけ買い物をしない。女人街、男人街では面白グッズを仕入れる。深水渉を念入りに探索する。ウーロン茶を街市場で購入する。グルメを楽しむ。マカオではいろんなことに手をださない。
香港今昔
1997年7月香港は中国に返還された。日本では「香港返還」(英国から中国に返還されるから)と呼ばれているが、香港では「香港回帰」(英国から中国に帰ってくる)と表現されている。「返還」と「回帰」の言葉の感じでは、「回帰」のほうがより前向きな積極的(大陸の中国人にとって)な表現であり、「返還」は香港租借条約が切れて、中国に確実に主権が移るのならば、「あきらめよう」(香港人にとって)という投げやりな感じとも受けとられる。新界のみならず、香港島も九龍半島も全て一緒に、一括返還されたのは英国の一大英断であり、ポルトガルのマカオもこれに準ずる(1999.12.20)だろうし、ロシアのエリチェンさんはいい人、この調子で日本にも北方四島が帰ってこないかなあ。もともと、お茶やシルクの欲しかったイギリスが、その支払い代金を本国イギリスから持ってくれば、なんの問題も起こらなかったのに、インドで栽培した阿片で支払おうとしたのが、そもそもの始まりだった。自分の国から持ち出さず、他人のフンドシで相撲を取ろうとしたので、それも百害の伴う麻薬で支払おうとした。おとなしい、中国が怒るのは当然であり、イギリスなんて、元来こんなせこい者達の集団であり、でも英国にとっても100年間も甘い汁を吸ってきたので当然のことかも知れない。香港への、はじめての訪問から何年経つのだろうか。あの時は日本朋友歓迎と写真入りで観光新聞に掲載され、お土産に各自この新聞をもらって帰った。前回の香港訪問は約1年前の1997年4月末の返還直前だったが、ブランド物の価格も日本とそうたいして変わらず、観光する場所も限られており、あんまりメリットも感じられなかった。ペニンスラーのエルメスの石鹸もだいぶ溜まったし、もうブランド品は卒業と行きたい。返還後の香港で目立ったのは、引き続いた建設ラッシュだろう。最大のものは中環と上環の間の新都心作りと見たが、香港市内外のあらゆる所で高層ビルマンションや新空港建設に伴う巨大な橋梁が建設されている。設計図をちゃんと用意した日本と違い、ぶっつけ本番なのかはどうか分からないが、建設中の高架橋どうしがぶつかるのに、どちらの経路を変更するかもめるんだろうな、というようなお粗末なところも人間味があっていいような気がする。超高層ビル建設であっても足場にはすべて竹を使われ、竹丸太細工で造る建設用の足場(何十階もの高さになる)の足元が適当に歩道上に置かれているので、歩行者に蹴り倒されたらビルがつぶれるのではないかと危惧さえされるが、大陸や台湾でも建設現場は、どんなに大規模なものであってもすべて丸竹の足場と相場が決まっていたのが思いだされる。古いビルの壁面から真横に部屋を増築されたものや、増築でビルそのものが見えなくなってしまっているものもある。昔の九龍城はこうして立てましていったのだろう。それにしても細長く林立して立てたものだ。何百年も地震がなかったと言うが、ちょっとでも揺れればドミノ倒しが起こらないともかぎらない。香港には地震がないのだろう、街の中心部にたてば視界すべてが高層ビルの壁で被われる。うれしくないけど街中を歩けばほとんどが日陰だし
、ビルの窓には空調機が取り付けられ、下の歩道に雨のように水滴を垂らしている。香港では高いビル沿いはいつもにわか雨だ。2〜30年前とちっとも変わっていない。ボケーッと歩いていると頭上から降ってくるエアコン水をくらうし、果てしなく高いマンションの窓から物干し竿を垂平に張り出し、万国旗よろしく、日光を奪い合うように洗濯物を干してある。まるで鯉のぼり状態だが、ふき飛ばされないのか心配になってしまう。しかし、そうでもしないと乾かないのだろうし、なにしろここは港町、あまりの湿度の多さ故、エアコンがなければに家中カビだらけになるらしい。いつも変わらない香港風景、おそらく50年後も同じだろう。
97年末からH5N1という鶏から感染したとみられる新型インフルエンザのため7人の感染者と死亡者をだし、香港では鶏が一時市場から姿を消した。が、駆除策が功を奏したのか、その後新しい感染者もでていないようだし、今年1月末から2月に駆けて、日本で猛威を揮ったインフルエンザはH5N1とは違う型のものだった。元々インフルエンザのビールスは突然変異を起こしやすく、鳥類のビールスが突然変異を起こし人間様に感染するようになった。現在では、沈静化したようで、2月になって中国からの鶏の輸入も再開され、まだ量は少なく値段は高騰しているが、徐々に正常化していくことである。今回の旅行ではインフルエンザの痕跡も見いだせなかった。
返還前は、香港、香港へと大陸の人達が、合法あるいは非合法を問わず押し寄せ、押し寄せ香港の人口は正確な数字は政府も把握できない状態だった。中国政府も大陸人の香港流入を規制してきたが、本年夏までに大陸からの香港旅行解禁されるらしい。そらそうだろう、軍事施設とか、特殊状況があるなら、ある程度制限されるかも知れないが、自国人が自分の国内を自由に移動出来ないなんて、国としての体裁をなさないのではないだろうか。しかし、香港はいまだ数万人規模のベトナム難民を抱えたままだし、合法的あるいは非合法的、大陸よりの毎日数千人単位の流入があるらしい。
香港到着の興奮はなんといっても、香港カーブ(着陸寸前の急カーブ、飛行機が通常進入する方角からだと、滑走路の延長線上に山があり通常の進入角度でも降下が不可能なため、あのような進入経路を取っている。であるから、たま〜に使用される反対側からの進入には、あのような急カーブはない)、あの林立する高層ビルの合間をぬって着陸する飛行機のスリル、ちょっとスリップでもすればその先は海で、そしてそのビルの圧倒的な高さだ。以前滑走路先の浅い海に突っ込んでいるジャンボ飛行機を実際見たことがある。
新空港の開港(98.7.6)が目前に迫った。新空港はチェクラップコック島に建設される。もう、ほぼ完成しているようで、最後のピッチを挙げて日夜突貫工事をやっているのだろう。チンマー大橋も既に完成、実際の用に呈されていたし、この他にも橋の建設が行われていた。僕は九龍半島と香港島しか知らなかったが、新空港はランタオのすぐ北にあるチェクラップコック島にでき、現在の啓徳空港の約4倍の規模だそうで、ターミナルビルだけで約9倍の広さになるという。今回の宿舎のホテルがあるGoldCoastBayからは、新しい空港の方が望見される。夜間は道路がライトアップされており、幾つもの橋が連続したつながり、美しい景色を呈していた。空港情報は別記(Hongkong Official Guid Vol 1 1998)。
なにはともあれ、大きな混乱もなく香港の主権は人民中国のものとなった。社会主義と資本主義の「一国両制度」でうまくやって行けるかどうか、少しだけ心配だが、大いなる実験となることには違いない。
このパックの主催者は大阪の阪急交通社、阪急電鉄の子会社で潰れる心配はまずない。会社創立50周年の特別企画だそうで、全く初めての利用だが、まずは発車おうらい、出発である。宿泊は3泊ともゴールドコーストホテル(香港黄金海岸)。JTBの香港ホテル選択ツアーの案内によると、このホテル、4ランク中の最下位にランクアップされていた。
22/4/98
8:45 自宅を集合時間の2時間前に乗用車で出発。自宅から関空まで約60kmで約1.5時間を要した。途中の渋滞なし。
10:15 車はクルマヤさんに預ける。関空では青、赤、黄、黒と色分けされたジャンバーを着た駐車場屋さんが、予約を入れとけば迎えに来てくれる。帰国便に合わせて、また空港まで持ってきてくれる。洗浄しワックスを掛けてピカピカにして持ってきてくれる。これで空港の駐車場を利用するよりずっと割安であった。ちなみに今回の3泊4日で9730円だった。空港駐車場使用は3拍4日で12550円ぐらい必要(クルマヤさんの駐車料金は一日2000円プラス通行料1730円)。集合時間までコーヒーを飲んで過ごした。
10:45 関空団体出発ロビーに集合
待たされることもなく、すぐに受け付け終了、ただちにチェックインする。DFSをひやかすが買い物なし。友人達はサントリーを買っていた。旅行中飲むのではなく、もって帰るそうだ。ツアー参加者は総数90名で3班に分かているらしい。僕は第2班目の集団というが、友人皆1班のため、1班に変更してもらう。第1班は31名構成で、費用が安いので毎日毎日このように多数集まってくるようだ。
12:52(11:52) NH-175/B777-200/44H/kix-hkg
昼食は機内食、ビーフとシーフードとの選択だったが、シーフードを選んだが美味しかった。白のワイン3本(Curee Lovis
Max )飲んだ。いつもながらANAはサービスが行き届いていた。
15:25 hkg到着(時差1時間で所用時間約3.5時間)
割合空いていたので約40分程で入国審査が終わった。世界的な、特にアジアのバブルで観光客が激減しているとのことである。空港内は割合閑散としていた。香港のれいのごったかえした賑わいはなく、なんだか少し寂しい限り、でもここで二時間も立って並ばされるよりましかも知れない。
14.30 レパレスベイ観光
空港を出るとすぐ、レパレスベイ観光へ行ったが、例のどはでな海の守り神のあるところで、途中の車中では「風水神」等の説明があった。僕にとっては何回目のレパレスだろうか。写真屋さんが同道して写真をバチバチとる。いつものことだ。
6:00~7:00 夕食:アバディーンの水上レストランの海鮮中華
例のど派手なネオンのゲートのある船着き場から船に乗ってレストランにいく、しかしまだ明るいためネオンは点灯されておらず、なんだか冷えた感じで、タン族の手漕ぎ小舟も見られない。湾仔もたいへん清潔になった。こういうところが返還によって変わったのかなあ。御存知の如く、この水上レストランは3隻の船より出来ており、一隻で約600人、三隻で1800人以上同時に食事できるのであるが、観光客激減のため真ん中の一隻のみ営業中であった。いぜん一度だけここを訪れたが、はじめてのネオン満艦載でエキゾチックな雰囲気にひかれただけで、サービスは悪いは、料理は美味しくないは、で散々だったので、以来ここを敬遠していたが、今回は大違い、サービスはよいし、料理は美味しいし、何とも言うことなし。香港人でもすれば出来るのだ。いままであんまり忙しくサービスまで行き届かなかったのだ。お茶は少なくなればすぐ入れ増してくれる。料理は丁寧に取り分けてくれる。観光客の激減もいい薬だ。でも宣伝上三隻ともネオンを点灯しており、莫大な経費も要するようだし、このままでは行き詰まるのではないかと、ひと事ながら心配される。帰りは暗くなっており、点灯されたネオンは昔と少しも変わらないものであるが、雰囲気が全く異なる。渡し船には数人の人だけが乗っており、以前のように人で溢れているようなことはなかった。それほど活気が無く観光客が、とくに日本からのお客さんが激減しているのである。金持ち日本人の激減は、観光立国香港の経済に多大の影響を与えずにはおかないだろう。
ビクトリアピークからの100万ドル夜景鑑賞となっていたが、現地到着後の案内では百万ドル夜景へのご案内となっており、山頂まで行くのでなく、またトラムに乗るわけでもなく、山の中腹の展望台よりの鑑賞となった。香港の夜景は山頂より見て、また帰りのこの中腹の展望台よりみて、はじめて迫力があるのだが、中腹だけからでは今一だった。帰りはスターフェリーにのって九龍半島まで帰った。スタフェリーよりのビクトリアハーバーからの100万ドルの夜景鑑賞ということであるが、いつもよりネオンも少ないようで、展望台と船上よりと合わせて100万ドルぐらいかな。
8:40 フェリーの乗り場から同じバスでホテルに帰った。
9:30 宿泊場所ゴールド・コースト・ホテルに到着した。高速道路が空いていたので予定より早く帰れたとのことであるが、普段なら市街地より約60~90分はかかるらしい、尖沙咀バスターミナルより約45Kmの距離があり、全くのリゾート地である。ホテルは立派な20階建て、リゾートにしては豪華であった。大理石の大きなロビーは豪華そのもの。素晴らしい。付近に海水浴場やヨットハーバーがあり、静かで付近の散策だけで堪能できるようである。海水浴はじめマリンスポーツの施設は充実しているようだ。部屋の窓から近くに立てられた25〜40階建ての分譲マンションのビルのみ林立して見られ、ヨットハーバーといい、青い松林と真っ白な砂浜といい、大変綺麗な風景だった。プールも完備、全くの健康リゾート地である。大きな広いロビー、コーヒショップ、シーズンに入ればさぞかしお客さんで溢れるのではないだろうか。海岸では中国語(福建語?)を話す人達がパラパラと泳いでいたが、どうも台湾からの観光客のようだった。香港観光協会の観光案内によるとこのホテルは68の部屋を持っており、ルームチャージはhk$800~850で新界・離島に中では一番安い。しかし僕の部屋1115号室のある11階だけで40室有り、恐らく全室でかるく500室を超えているようである。しかし、ほんとにホテルはがらがら、我々のグループならびに日程の異ななる同じツアー人以外数人の西洋人が泊まっているに過ぎない。阪急サマサマだ。香港ではホテル・街中・観光地等すべて日本語あるいは英語でOK可と思っていたが、このホテルでは全くダメ。フロントの一部の人が英語を話すが、日本語は全然ダメであった。ぼくは香港人の90%以上は英語を話すと思っていたが、これは僕の思い違いで、このホテルの従業員は日本語は勿論、英語、北京語もだめ広東語のみOKである。いままで、香港では九龍半島、香港島の繁華街ばかりうろついていたので、こんな誤解もあったのだが、街中からここまではずれると全くの中国である。ホテルには2坪ほどの売店があるにはありTシャツなを売っているようだがopenningtime10.00~17.00では我々とは無縁、欲しいちょっとしたスナック等、街で仕入れて来なければ何も手に入らない。早朝あたりを散策したが綺麗な風景ばかりで、人家や店舗はゼロ。我々はいずれの夜も夕食後ホテルに帰ったので、ホテルは殆ど全ての機能は停止しており、喫茶店、バーとか、それに類するもは全くのゼロで、アルコールの欲しい者は部屋でチビリチビリやるよりしょうがない。全くの非香港的香港である。でも海のシーズンに入れば賑やかになることだろう。
23/4/98
ビュッフェ形式の朝食
9.00 【九龍半島観光(黄大仙寺院・龍翔道展望台)】
黄仙ではいつものように賑わっていたが、観光客は3分の1ぐらい、以前は逆に観光客の方が多かったように思う。大変綺麗に整頓されており、漢方の医院も相変わらず賑わっていた。宗教的な理由から、ここの医療費は市中よりたいへん安価とのことである。龍翔道展望台から見る啓徳空港は最後の姿、7月5日までで、もう見られなくなるが、いわゆる香港カーブが目の当たりに見える。飛行機によれば空中サーカスよろしく離れ技するのが、少なからず望見される。滑走路の隣の誘導路に着陸するのか思われるような進行で突っ込み、着陸寸前、方向転換、深い角度でもって滑走路に降りるものまで、見ているだけでハラハラする。もちろん安定した方向、角度で突っ込んでくるものが、殆んどだが、見ている僅かの時間だけでも、数機がアクロバット飛行をした。こんなんでは安心して乗れた物じゃない。いままで、良くも何回も利用した物だ。背中に冷たい物が走った。でも98年7月6日には新空港(チェクラップコック空港)が開港される。
【革製品の土産物店】 皮バンド購入しようとしたが、初めから付けてあるNetpriceだ一桁高いように思う。たとえ半額にしてもらっても、話にならない。やはりNetpriceは大体心得ておくべきだ。買い物なし。
【民芸品の土産物店】 買い物なし。われながら大分賢くなった。
12.30~13.300 昼食は北海漁村にて飲茶、我々のテーブルは11人掛け、シュウマイが10人分しか出てこない。苦情を申し立てても通じない。最後になって苦情の申し出によって1人前だけのシュウマイ包んでくれた。シュウマイて英語でなんと言ったらよいのであろう。蒸しシュルンプ・パオズでは通じないよね。困ったね。全く。
【香港島観光(オウブンホウガーデン)】 タイガーバームガーデン、ここも変わった。大分、全体が小さくなり一部にはマンションが立っていた。入り口の土産物屋もなくなり、物売りもほとんどいない。むかしは物売りのおっちゃん、おばっちゃん、子供達で歩行も困難だった。五月蝿いと思ったが、あれはあれで一つの風情であって、観光客もすくなくなり、これでは物売り達とのやりとりもできず、旅の楽しみは半減だ。文さんの4人の奥さんは未だ元気そうだし、彼の創り出した満金膏、街で販売されている物、皆、ニセモノらしい、バスの中で販売される物は本物で、それ以外はほぼニセモノだと言う。バスの中で買ってくれたら阪急や会社が品質保証するとのことである。そのほかお茶やあやしげな中国製化粧品のハンドクリーム等も販売された。ガイドさんのチップのためなら購入するのも良いが、品物が欲しいだけなら町中で買う方が賢明、値段は一桁違うよ。DFSも高すぎるよ。お土産用にBallennteinnWisky30Yearsold(1980HK$=33660円)を免税店で買い求めたが、帰りのANAの機中では27500円で売っていた。ウイスキー1本で同じ免税品が5000円以上も違う。たとえ免税店でも、同じ品物なら、これも数割分町中が安いよ。これはほんと、高い高い授業料を何回も何回も支払った経験である。今回も同様再確認できた。
宝石店ショッピングするも我々のグループは誰一人買わなかったようである。主に翡翠が売られていたし、ビルマ翡翠とのことであった。色は浅く竹色で、昔のように深い緑の透明感のあるものは最近見あたらない。もうでてこないのだろう。続いてシルクの店のショッピングではめいめいそれぞれなにか買っていたようだ、しかし安物ばかり、高価の物には決して手を出さない。ツアー客は賢くなった。
免税店DFSガラリアにてショッピングののち、女人街訪問する。女人街も男人街も同じような物であるが、明日は男人街を散策するという。めぼしい買い物はなし。孫のお土産によいかも知れないものだけ。
18.30 夕食:四川楼レストランにて四川料理
食事の途中に、香港に来ると行きつけの薬店でウーロン茶を買い求めた。グループの他のネイチャンも近くの店で化粧品の値段を聞いていて、ガイドから凄い目玉を喰っていた。車内販売されている化粧品の値段を店屋で聞いていたそうで、か弱そうな、おとなしそうな、ガイドのあまりの迫力に吃驚していた。ガイドさんには生活が懸かっているのだろう。日本人ではこんな迫力、とってもじゃないが出てこない。普段はおとなしそうなガイドさんの凄い迫力、男性でも吃驚、チャイニーズの経済に対する執着には全く驚いた。バス中で売りつける物も、数割高いだけならまだしも0が一つ違うのでは、日本の若いお嬢さん方も考えるよね。結局やすいパックツアーを計画した旅行社に責任があるのだろう。
24/4/98
ビュッフェ形式の朝食
7.50 ホテル出発
8.40 フェリー波止場到着
8.50 Far East Jot Foils for MACAU乗船、走り出すと揺れもなく、快適な約1時間の船旅だが、船室内は冷房がききすぎ上着のジャケットが必携である。乗船客は我々グループのものだけ、定員300名ぐらいで、乗客はガラガラで、僅か40名足らずだった。2、3号車は乗り遅れたようで、定刻の9.30発に乗ったようである。
10.00 macuo到着
異国情緒漂うポルトガル領マカオ日帰り六時間観光、まず初めに中国国境より珠海を遠望する。香港より香港らしいというか、何となく「田舎っぽい」ところが香港らしくないと感じてしまう珠海の町の風情は、いかにも遠めにも綺麗だった。でもその実はどうだろうか。契約移民の制度もあるらしいが、柵を破り、あるいは泳いでやってくる不法入国者が、あとを絶たないそうだ。セントポール天主堂跡(St
Pauls Gate・大三巴牌坊)見学後宝石店でショッピング、でもグループの誰一人も買い物しなかった。みんな大変賢い、賢くなった。バス中ではマカオの土産物の販売もされたが誰一人買い求めなかった。こうなってみるとガイドさんも、店の売り子さんも少し気の毒なようにも思う。続いてマカオの地名の発祥であると言われるマカオ廟(媽始関)を訪れた。これでもって、マカオでのすべての観光は終了、昼食はポルトガル料理ということで赤の一口ワインがついていた。
1.30~3.10 LisboaHotel にて各自賭博、スロットマシンで200HK$負ける。グループの人達でどれだけ手を出したのか分からないが勝った人は誰もいなかったようである。賭博場内はHk$のみ通用、他のカレンシイは交換しないと通用しない、ここはマカオだのに、どうしてマカオ$が通用しないのだろうか。ホテルのshopで時間を費やす、物価は香港よりも少し高いような気がした。
3.30 Macau出国、乗客約100名で、内90数名はトラフィックのお客さんとガイドで、一般客はほんの数人というところ、早晩潰れるだろう。あの往時の賑わいは何処えいってしまったんだろうか。1999年12月20日、香港同様マカオは中国に返還される。ポルトガルはもう十二分に甘い汁を吸ったので、あとはもうどないなってもよいのだろう。税金は不要、社会福祉は全て無料と結構づくめであるが、元々本国ポルトガルより持ってきたのでなく、バクチの上がりで喰っていただけである。友好の懸け橋(New
Macau-Taipa Bridge)はマカオを呈して、Mをデザインされているが、世界の情勢は変化したのだ。東京都より狭いこの地域に飛行場(TAIPA)が出来たし、時代の波は変化したのだ、植民地なんて今世紀の最後の遺跡となってしまったのだ。
4.30 HKG到着
香港に帰るとすぐ漢方薬店に案内される。九種の漢方薬のみ販売しており、薬効の説明を受けると、こんな素晴らしい万能薬はあり得ないと思うような錯覚に陥る。おねいちゃんの薬師の説明・解説を聞くだけでも、吉本より面白い。金を払っても値打ちがあるかも知れない。若い独身の子が売り子さんに捕まって抗脂血症の薬を買わされていた。売り上げはこの一点のみで、私は薬屋さんだというと開放してくれた。此処もやはり、やはり値段が高すぎる。ホントのNetPriceを知らないととんだことになる。ツアー客は大変賢くなったものだ。たしか台湾ではこういう種の漢方薬屋さんでは、ハブとマングースの闘いを見せてくれた。
6.30~7.30 夕食は新洪長興レストランで北京ダックの北京料理、ダックの皮の下は皮下脂肪の固まりで、まるまる肥っていたのであろう、肉も良くついており、いわゆる北京ダッグの皮の少ないと言うよりアヒル料理と行った感覚である。値段からして仕方のないことだろう。
8.00〜8.30 食後、香港庶民の男性物マーケット男人街を散策する。コピーのCD等やすいやすい日常雑貨が販売されていたが、めざすCD類は発見できなかった。
9.40 ホテル帰着、何にもなし、NHKの海外放送見ながら眠りにつく。
25/4/98
9.10~9.50 尖沙咀の市街地にある鴻星レストランで中華粥の定食(セットメヌー)する。
10.00~13.00 DFSギャラリア(免税店)にて三時間の自由行動的買い物、地下鉄にて深水渉までいき、約2時間散策するも、めざす獲物はその痕跡すら見あたらず、返還後の情勢の変化は肌で感ぜられる。でも尖沙咀界隈はコピーもんの時計とバッグ類で溢れていた。一般的にいって、ブランド物も日本と値段の差もなくなり、ものによっては日本の方が安価だった。途中尖沙咀まで帰ってきて、すごい降雨に見舞われた。ホントに凄い降りだ。やむを得ず、雨宿り、しばらく様子を見ていても止みそうにない。店先の1本60HK$の傘が飛ぶように売れていく。買っても荷物になるだけなのでしばらくねばって、傘売りを見ていたが、あきらめて1本買うことにした。小銭を見るとHK$は40$しかない。これを出すと1本40$にまけてくれた。にっこり笑って、阿吽の呼吸である。
1.300~14.10 大上海レストランで上海料理の昼食、味付けはこんなものかな、まずまず、高価な物を食したからといって特別変わった種類の食べ物を提供されるものでなし、まあ、普通一般的な内容である。勿論、当然ながらフカヒレやアワビ、ツバメの巣は出なかった。
14.30 出国検査は割合厳重だ。特にチッキに預ける荷物の中に電池類を入れるとき、器具からはずさねばならない。ひげそり、懐中電灯、目さまし時計類はすべて、電池を出しておかねばならない。新型のCTの導入はまだのようであるが、7月6日以降の新空港では導入されるらしいので、カメラ、フィルムは要注意である。荷物検査だけで1時間以上かかった。香港空港の免税店の酒類、タバコ高いよ。十分注意したほうがよい。DFSで買わなくても、ANAやJALは十分機内販売の準備して、待っているよ。
17:00 hongkong-kix-NH176/22c 帰りは早い、行きは時速800~900Kmだったのに、帰りは追い風に乗るのか時速1200Kmに達していた。夕食は機内でやはりビーフカレーとフィシュとの2者選一でお魚を選んだ。ワインはやはり白、でも赤がはやりだそうで、此処の赤は上等で余り渋みも感ぜられなく、追加注文した。
21:30 飛行機は午後時分予定通りにkixに着いた。健康報告書は正確に記入、提出を求められていた。東南アジアでなにか流行しているのかなあ。税関検査はfreeであった。無事帰宅したのは23時5分であった。
旅の収支決算書:
以上が全て混みの今回のパックツアーの内容。食事は、ホテルでの2回のビュッフェスタイル朝食以外8回のレストランの食事、決して豪華と言う類の物ではなかったが、まずは通常の食材を用いた、9〜11品の一般的中華料理の範疇にはいるもので、かつ、一応海鮮料理、飲茶料理、四川料理、ポルトガル料理、北京料理、中国式お粥料理、上海料理と色とりどりあったが皆同じようなもの、とくに特徴あるものはなかった。出てくる内容は味付けも全く同じで、日本人向きに合わされているのか、四川のマーボ豆腐がすこしトウガラシが効いているにすぎなかった。全てセットメニューでまあまあかなあ。特にペニンスラのレストランで食しても、雰囲気はともかく、内容は変わらないものだ。よく、「パックツアーの方が安い」「あるいは個人旅行の方が割高」などということが、まるで海外旅行の常識であるかのように言われているが、はたして本当なのだろうか。たしかに、時期や場所によってはパックのほうが明らかに安いこともある。が、公平に見て、「パックの方が安い」と一般的に言われている根拠は、同じ日数、同じようなホテルに泊まり、いくなら、当然安く仕上がるということ。もし日時やいろいろの条件が合えばパック旅行の方が割安だということである。パックだってピンからキリまで、費用も千差万別、幅は広い。当然ながらバックパックより安いとはいいきれるわけでもない。でもある程度レイルの上を走るのだから、とくに初心者にとっては、旅自体、簡単と言えば簡単だし、自由奔方に動けないと言えばそう言うことになる。どちらが安いかと言えば勿論バックパックの方が安いに決まっているが、中にはバックパッカアーが青くなるような、このようなパックツアーもあるのである。
格安団体切符っていったい幾らぐらいするのだろうか?恐らく2万円までで仕入れいているのだろう。そうしか勘定があわない。旅行社はサービスだと言うが、みすみす損する企画はしないだろう。企業は利潤を求めているのだから、損は絶対しないはずである。勿論長い期間でプラスマイナスバランスをとるやり方はあるだろう。しかし赤字を出しても、今回の分を取り戻す場がない筈である。
ホテルは綺麗でまあまあ、新しいし、清潔感溢れる。部屋の広さも十分、明るいし、いかにもリゾートらしい。窓よりの眺めもすばらしい。香港中のどのホテルよりも素晴らしかった。シェラトンやペニンスラー、カオルーン、ヒルトンよりもすばらしい。日航やマンダリンなんかでは勝負にならない。これが全部セット料金に含まれているのである。ただ郊外なので夜の観光には幾分不便だったし、不可能だった。僕にとって、今回の観光スポット、土産物店の全てを含めて、初めての訪問ではなかった。今回も、観光スケジュールはびっしり、大変疲れたが、三食の食事もこれぐらいのものかなあ。大して目的のない旅、すべてお膳立てしていただいて、あっちこっちとついて廻るだけ、でも大夫の強行軍だった。
安く募ったツアーを安く安く値切って香港の旅行社に請け負いさせたのであろう。それを香港旅行社travelscopeがぎりぎり応じたのだろう。会社間では、薄利多売少々の損覚悟で、将来の関係のためにも受注するだろう。だけどtravelscopeはすこしでも、損を少なくて済むようにと、精いっぱい土産物店に案内し、少しでも買わせるべく努力する。車内販売に精を出す。こうしたことが、なにも旅の催行を妨げたわけでもないのに、ただハンドクリームの値段を店舗で聞いただけなのに、ガイドが若いお嬢さんに怒鳴り散らしたような態度にでたのである。なにも旅行者が卑下する問題でなく、消費者は神様なんだから。消費者とは何等関係ない問題なのだ。
全くの初めての海外旅行にはパック旅行を利用しよう。まず、はじめこれを利用するに限る。これ以上の物はない。僕は断言してお勧めしたい。
初めにも言ったように、今回のパックツアーは格安切符・バックパッカーも青くなるパックだと思うが賢兄諸姉はいかが思うだろうか?
今回のこの旅行の総費用4泊5日一切で5万円(2人分で10万円)+関空施設利用料(2650円)+香港出国税100h$+啓徳空港安全チェック料20H$。関西空港までの往復は友人に便乗させていただいた。しかし、ほんとのところ、安かったのか、高かったのか、あるいはこれで普通の適当な値段なのか、読者賢兄の判断仰ぎたい。(H10.4.26記)