旅の方程式( How to Travel ing)
飛行機の旅 1(アインファッハ型)
汽車に乗る。バスに乗る。飛行機に乗る。とにかく乗り物にのる。それ以外の理由はまったくない。ただただ乗るだけである。窓の外の風景、そんなもの関係ない。とにかく日本を発ち、一時間でも早く世界一周、戻ってきたら良い。乗り物愛好家、記録指向型。ただただ、FFPのマイルを稼ぎたいため。
飛行機の旅 2(コンピュター駆使型)
旅はただ乗りものに乗るだけである。ただ最低の料金で、最高のものにのりたい。経済的効果がなければならない。YでCあるいはFに、如何にしたら乗れるか、頭の中にあるのはただそれだけだ。ホテルも最低の料金で、どうしたら一クラスも二クラスも上のスーペリアにランクアップされるか、そればかり考えている。金もないのに、エコノミーの、しかも割安切符で、最低の費用でファーストクラスの航空券を手に入れようと努力する。違法すれすれの離れ業を駆使する。世の中コンピューター、インターネット時代、情報は世界に溢れている。なるほどそういう方法もあったのだ。(航空券の予約・axess
travelers・mileage)
飛行機の旅 3(コンピュター駆使型)
航空券の購入は安い海外、特に韓国、タイ等を利用する。為替差益は勿論、切符そのものも大変安い。どうして日本の航空券はこんなに高価なのだろうか。世界一周、チケットどことどこでストップオーバー出来るか、成田、関空は出発、到着地ではない。日本は単なるストップオーバー地に過ぎない。いかに安くエアーチケットを入手し、かつそれをいかに有効に使用するかだ。ルピア安のいまはインドネシアが狙い目かも?でも最近では何処の国でもUSドル建てでチケットを売りつけよる。困ったことだ。
計画立案旅行 1
自分で何から何まで計画立案する。行きたいところ、見学したいところ、すべて自分で計画立案する。あるいは、このような希望を言って、後は旅行社にすべて任す。自分自身で計画したので、自分作りの旅と自己満足に陥る。行き当たりばったりという、無計画の計画ではないので、計画は立派すぎる。でも時間の制限ある時は、はじめの半分も未消化ということも、無きにしあらず。
計画立案旅行 2
旅行社に依頼するのでは飽きたらず、自分でコンピュータを駆使し、航空券を予約する。ホテルの予約も同様にする。場合によってはいわゆる安宿を利用することもある。このタイプは日本での定職を持っていないフリーターであることが多い。即ち有り余る時間があるので、だれに束縛されることなく自由自在である。
団体旅行
世界に名を馳せたnoukyouさんで代表される。とくに東南アジア売春ツアーは世界の識者の非難を一身に浴びることになった。団体旅行何も悪いことは全くない。世界の各国の外資導入の貢献に寄与し、観光産業に多大な恩恵をもたらしている現実を自覚したい。団体旅行は、少なくとも貧乏旅行より、よっぽど多額の貢献をしているのである。パック旅行もこれの範疇に入る。
パック旅行 1
交通手段、宿から観光案内まで、すべて旅行社に一任して任せる。前もってスケジュールを見て気に入ったら申し込みをする。団体旅行を原則とする。限られた時間で効率的に要所要所を概括的に見て回れる。原則として、有名なところ網羅されているので、見残しはまずない。博物館などでの解説も受けられる。いたれりつくせりの旅である。ただ個人旅行でないので自由自在と言うわけにはいかない。最近ではいろいろバリエーションができてきた。
パック旅行 2
テーマ別パック旅行。テーマをきめてそれに準じて旅行する。中世ヨーロッパの絵画の鑑賞ツアーとか中国やきものの里を訪ねてというように。侮ってはいけない。最近ではシルクロードをバスで六〇日間で完全走破するツアーまで出来た。外国の話だが、エベレストを登頂さすツアーまで現れた。これに参加した日本人女性は登頂には成功するが帰路遭難した。勿論死体は収容することができず、彼女はエベレストの山頂で永遠に眠っている。当然ながら企画立案の一切は旅のデザイナーがすることになる。個人個人の自由はないが、いいかげんな個人旅行より、はるかに深く、冒険もあり、
なかには上記のように、チョモランマ登頂パックツアーなるものさえあるが、でも死んでは花も咲かない。
パックツアーよさようなら!(パックツアーする奴は孫の代まで不倶戴天の敵)
個人旅行のススメというインターネットの一文がある。パックツアーとは、本当は旅行なんか好きじゃないのに、見栄とか、家族サービスなどの理由で、どうしても海外に行かなければならなくなった人たちを組織した団体という。もともと行きたくないのだから、観光や見学が楽しいわけはなく、もっぱら同行者や添乗員との交流や、もらって内心迷惑がられる土産物あさりに労力を費やすのみ。海外で、日本人旅行者が醜態をさらしているのを見るときほど恥ずかしいことはありません。彼ら恥ずべき旅行者のほとんどが団体旅行によるツアー客で、恥ずかしい思いをするだけならまだしも、問題なのは、私たち善良(?)なる個人旅行者までもが彼らと同じレッテルを貼られて、大きな迷惑を被ることなのです。ツアー客のみなさん、お願いですから「旅の恥はかきすて」などと考えずに、地元の人々や他国の旅行者のひんしゅくを買うような行為は止めてほしいものです。この方なにか考え違いをしておられるようだ。確かにおっしゃるような一面もあるようだ。しかしなんと現地人や他国の旅行者に迷惑掛けているのは、ほとんどバックパッカーだという報告もあるのだ。この方(長谷川聡さん)は、なんか旅行社(パック主催者)に恨みでもあるのだろうか。(個人旅行のススメ)
くたばれバックパッカーズ
前の項に長谷川聡さんの意見を掲載したので、こんな意見もあるよと書かねば不公平というものだ。バックパッカーさんよ心して聞けよ。君たちには斯くも冷ややかな眼差しもあると言うことを。現地の人達は寛大だ。宗教上からも喜捨の精神が発達しており、君たちその対象なのだ。はっきり言えば、物乞いと間違われているのだよ。
バックパック 1(バックパッカー)
文字どおり背中にリックサックを背負い世界の街を駆けめぐる。厳密な意味での無銭旅行ではないが、一名貧乏旅行(PIT)とも言う。原則として一流ホテルは利用しない。ドーミトリーないし安宿を利用する。安ければ安いほどよい。少々の不便、環境の悪さは我慢しなければならないし、場合によれば野宿だってする。背中にはシュラーフ(寝袋)と生活道具一式背負い、足の向くまま、気の向くままあっちこっち旅する。食べ物は現地人と同様、屋台等利用するが胃腸が丈夫でなければすぐ下痢する。何にも増して強靭な胃腸を持っていなければならない。一カ所に気のすむまで、飽きの来るまで滞在するので、長逗留(沈没)しがちであるし、滞在箇所のベテランを任じ、その街のエッキスパートとなりうる。仕入れた情報は「旅の落書き帳」に地図入りで詳細に記帳、後輩のバックパッカーに伝えていく。またこの「落書き帳」は旅のバイブルとして尊重し、これよりメモを取り大切に大切にするが、内容は内地でははばかられるような物ばかりである。
バックパック 2
バックパックの存在は、もともと為替価格の差によるものである。日本で一ヶ月アルバイト十数万円を得て、それがタイで、インドで現地での生活費数年分に化ける。闇での幣価の交換もこれに輪を掛ける。円が強なりすぎた過ぎたので闇ルートでの交換で予想外の現地通貨を入手出来る。現地の生活物資はべらぼうに安く、贅沢しなければ、食べるだけなら一日三食百円位で賄える。宿泊も入れて一ヶ月二千円ぐらいの予算で行動する。交通費を除けば十万円もあれば五年間ぐらい生活できるのだ。自負は高いが、私に言わせれば乞食同様で、ただ物乞いしないだけだ。ある意味では貧乏旅行でなくケチケチ吉本旅行なのだ。物価の安い東南アジア・アフリカ・南米でのことであり、ヨーロッパでもバックパッカーはいるがこれは貧乏旅行の範疇には入らない。ヨーロッパのバックパッカーは小金を懐に貯め込んでいる奴が多い。それなのに自分は貧乏旅行者で金がないとふちょうしてまわり、誰彼なくたかろうとする。悪知恵が働くだけたちが悪い。
PIT(poor individual turist)
FITという言葉を聴いたことがある。foreign individual turist の略だそうだが、PITはこれをもじっているのだらう。下川祐治さんの書籍に出てくる。バックパッカーと似通っているが、これはまた別物。確かに共通したオーバーラップも見られるが、全てのバックパッカーはイコールPITと言うことはない。
無銭旅行
昔流行したが、近頃は衰退傾向にある。なんせ世の中落ちつき日本も裕福になった。猿岩石(沢木さんの夜間特急列車は少しニュウアンスが異なる)はこれに準ずる。昔は全くの無銭旅行でタカリタカリで旅する時代もあった。学生たちが、遠い親戚、友人、友人の友人、あるいは友人の友人の親戚なんか頼り、一宿一飯の情けを求めた。そのころの日本は現代のような飽食の時代ではなかったので、海外無銭旅行と言うわけにいかず、国内無銭旅行のみに限定されていた。最近ではアルバイトも自由自在、ゲルピン学生が姿を消し、無銭旅行の必要性もなくなった。
ワーホリ
文字どおり働きながら旅行する。現地滞在型旅行形式。アルバイトしながら、せっせと稼ぎながらそれを原資にあてる。出発前から、稼ぎを当てにしている。旅の費用は自分で稼ぎながら旅する。旅するよりも滞在する。留学もこの変形型であることが多い。現地で一般市民同様に働くわけだから、言葉のハンディ等考えても、特に女子の場合危険をともなう。現実に治安の良いと言われるオーストラリアなんかで事故も発生している。
留学型旅行
日本人は大変真面目、真面目以外の何者でもない。働き蜂、蟻である。一つしかない人生、会社に、役所にささげる殊勝な、こころの持ち主の集団である。僕の大嫌いなアメリカ人、彼らは give and take
命の次に大切な人生を、つまらん組織にささげようとはしない。雇用主も心得たモノだ。1年間働けば必ず一ヶ月の休暇をくれる。アメリカの大学では一年間働けば一ヶ月の休暇をくれる。折角アメリカくんだりまでやってきたので続いて勉強したいといってもダメ。強制的に休暇を取らされる。この一ヶ月勿論有給。これを原資にアメリカからヨーロッパ経由、旅を楽しみながら帰国と相成る。この一番ポプラーなパターンの、一ヶ月の旅行のことを留学型旅行という。現在は海外旅行も開放されたのでこの旅行は自然消滅した。
短期留学型旅行
これなんか、旅行社によって適当につけられた名称に過ぎない。一般に言うところの留学(勉強する)では決してない。名目だけはこれで十分、早く言えば観光パックツアーにすぎない。外国語を学ぶには、まず現地の実生活には入り込まねばならない。日本人だけ固まっているのでは、日本国内で英会話学園に通っているのと何等変わりない。勿論半年とか一年間、自分一人で、ホントの意味での留学もあるだろう。これなんか大した実力がつくだろうが、旅行社の主催する留学型パックツアーは全く別種のものだ。
もともと誤解が常識になっていた。留学なんて勉強、研究しに行くのだと理解されていたが、これは全くの誤解である。留学とは、文字どおり、学を留めるのであって勉強しに行くのでは決してない。ここの出発点から、間違っているのだからしようがない。時代も変わった、日本も豊かになった。特殊な語学研修等を除いて留学するメリットも少なくなった。
語学研修旅行
数年間、外国で住んで、実社会に入り、現地人と交わり、生の言葉を修得する、まことに結構なことだ。これだけでPITする価値がある。でも落ちぶれ日本人だけで集団を組み、いつも母国語だけで用を達しているような、いわゆる留学くづれといわれるような輩はいかがなものか。日本人ツアー客を見れば、慈悲を乞うような輩はどないかならんじゃろか?ある意味で日本の恥部なのだ。タイ、インド、中国で再々見かける。けがらわしい。
女二人連れ(女一人)バックパッカー
女ひとり、あるいは、やはり心細いのか女二人ずづれで貧乏旅行。沢木耕太郎に触発されたのか、いや懐たっぷりだが、いわゆる貧乏旅行と言うモノを経験したいのだ。香港では重慶マンションに泊まったりしてスリルを満悦する。ただそれだけで、なんのポリシーもない。バンコックの駅の構内、待合い室の片隅で寝ていたお嬢さん、現地のステーションファミリーかと間違えたら、立派な日本人のお嬢さんだった。カオサンでもこの種のお嬢さん達を良くみかける。
ベテラン添乗員
添乗員というからには、団体旅行に違いない。数人から何十人かの人をひきつれて、パックツアーにでかける。お客さんは神様、わがままなお客さんに手古摺る。しかたがないか、これも会社のため臥薪嘗胆である。旅行中は24時間対応(午後8時までという決まりになっているが)、虫の好かないお客さんに振り回される。最近ではベテラン添乗員によるテレビでの座談会とか、いろいろ裏事情も披露されている。お客さんも千差万別いろいろござる。ほんとに献身的なお世話大変ご苦労さんである。
ところが中には凄い添乗員がいる。ないが凄いたって、一緒にいけばすぐ判る。どちらがお客さんかさっぱり判らない。自分一人楽しんでござる。語学力はさっぱり、どちらが引率者かさっぱり判らない。最近では現地案内人のレベルアップで、訳のわからん添乗員なんて不必要だ。かえって旅の気分を害される。自分一人楽しむだけならまだしも、おまけに巧妙な手口でチップをせしめる。旅行社もグルかどうかは判らないが、必要でない経費を請求しよる。案外大手旅行者の添乗員にも見られる。こんな悪い奴は、ほんの数人しかいないと思うが女のオールドミスに多くみられることは嘆かわしい。添乗員にはチップ不要である、気遣いなんて全く不要だ。彼女たちはプロなんだから。
コダワリ旅行
沢木さんの「深夜特急列車」は移動機関としてバスしか利用しない。移動に路線バスのみとコダワリを示す。この話映画にもなり、しばらくは若者達のなかにも共鳴者も出てくることだろう。映画では原作にないエピソードもでてくるし、ローマでのスリにやられた話なんか結構面白い。イスタンブールの熊オヤジはあまりにも有名だ。僕には第一巻はじめのタイ出国のくだりの描写が印象的だったし、後になるに従い惰性に流れたきらいが見られる。しかし、これは沢木さんの経験に基づいた創作であり、スタッフに見守られた映画の話である。若者達よ、心して聞け、誰もが真似の出来るものではないぞ。
コンビ旅行
普通一般には、このコンビネイション旅行が圧倒的に多い。いろんな旅形式の組み合わせである。格安エアーチケットを購入、ストップオバーは無制限。出発・帰国の日時は決まっているが、道中の計画はない。明日は明日の風まかせ。何処に跳んでいくか誰も解らない。自分自身も解らないのだから、神様のみを知る。
次郎の旅形式
次郎は18才、青春真っ盛り、いまはいろんな旅形式にも適応できる。でも40年後、50年後はどうだろうか?やせたキリギリス次郎は年金(老齢年金)でバックパック希望なのだが。果たして日本の世の中、それを許してくれるだろうか?そんなに世の中甘くはないよね。でもはかない夢、ほんの小さな夢を、実現したいものだ。