僕の好きな外国
僕の一番好きな外国フランス
ずうーと昔の何年年か前に、ルーブル博物館のモナリザが日本にやってきた。本格的海外美術品の、本邦での公開のはしりのようなもので、みんなわんさわんさと押しかけた。ぼくも会場の京都市立美術館までいったが、会場は超満員、美術館に入場するだけで、数時間待ち、混雑防止のため、作品のまえでは立ち止まり禁止、歩きながら絵画を鑑賞(?)することになった。作品の前にはガードマンが堅め、ロープが張ってあり、そのずーと奥の方に作品が展示されいた。これでは作品を鑑賞するどころか、遥か彼方の作品を望見するに過ぎなかった。ただそこにモナリザがいたというにすぎない。到底、美術品を鑑賞するような雰囲気ではない。続いてやってきたビーナスのときはもう行かなかった(朝日新聞社主催)。
芸術と文化の街パリのルーブルでビーナスと握手してきた。まさか?握手はウソでも、確かに直接彼女の足にさわって、ツウショットで記念撮影してきた。近頃ではフィルムの感度もあがり、たとえフラッシュがなくても鮮やかな写真が撮れる。モナリザにも対面してきた。彼女は、綺麗なガラスケースに入れられて、おつにすまして、永遠の頬笑みを、謎の微笑を、少し控えめに振りまいていた。あのビバーダの微笑みもよいが、モナリザはモナリザなりの、角度によっては少し変化を与え、思索する命題を提供する。真正面よりもむしろ、左前方45度の角度より見るとき一番モナリザらしいと言われているが、左上45度位から見ればどんな具合だろうか?問題はこのガラスケースなのだ。はじめてルーブルを訪れた昔は他の作品同様に、直接、なんの隔壁もなしに、鑑賞できたのに、日本に貸し出し後、いまじゃほんとの箱入り娘になっちゃった。でも至近距離10cmで鑑賞出来るから、まあいいっか。ルーブルは凄い、教科書に掲載されていた殆どの全ての絵画を此処で見つけることが出来る。
僕の好きな美術館は印象派美術館(分館)だ。確かにルーブルは凄い、凄いの一言に尽きる。部屋も広いし、絵画のみならず、彫刻等超有名なものならなんでもござい。豪壮とでも言うのか表現方法が判らないが、存在を超越した存在である。ものすごい。ただ印象派美術館のほうは印象派以降の作品が中心で親しみやすい。決して軽いものでなく、これとて誰でも知ってる、子供でもしってる作家がきら星の如く登場してくる。これらが魚市場のマグロじゃなく、それこそずらりと数百点の作品が無造作に取り並べられている。何とも豪勢で壮観だ。このうちの一点だけであっても日本なら大騒動なことであるに違いない。
カルチェ・ラタンあたりはパリの田舎であるに違いない。東京の神田や京都の吉田でなく、大阪的親しみのある街である。異国人が闊歩し、安宿があり、最近ではいわゆるバックパッカーがウロウロしている。ソルボンヌには若い日本人も多数みかける。なんの気取りもなく、なんの気兼ねもなく自由奔放に暮らせるパリの自由解放区だ。
シャンソンに乗ってのセーヌの川下り。フランスらしく陽気で、楽しくどんな国の人達にとっても充分楽しめる。言葉は流暢、音楽がある。しかしこの川下り、初秋が一番似合うのではないか。ギロチンに消えていったマリア・アントネットらに思いを馳せながら、古い歴史を思い浮かべ、マロニエの落葉を眺めるのが一番似合っている。
フランスの田舎はそれこそよく落ち着いた風景を呈してくれる。パリ市街にばかりいるとこれが同じ国なのかとさえ思われる。フランスの田舎は、ブランドには関係なく、伝統の文化が生きずいている。やはりフランスは農業立国なのだ。人情も厚い。
僕の2番目に好きな外国イギリス
イギリスの郊外は何故こんなに美しいのだろうか?大きく区画された農地、四季それぞれに美しい。大きな、高い山もみられず、せいぜい丘の連なりで絵画をなしている。色の変化ももの凄い。緑、黄(黄金)、白と三原色に過ぎないが、その調合が素晴らしいのでなく、対比調和が素晴らしいのである。ハニーゴールドの中の緑の小島、起伏の中の白い羊の動くジュータンが面白いのである。とにかく凄い、どこえいったも、キャンバスに描かれた絵画を抜け出すとはできない。(田舎の風景)
残っていた残っていた、馬車から降りてくるシルクハットにフロックコートの黒カラス集団、ロンドンの石のジャングルの中に残っていたのである。ロンドンのイートンクラブ(私学のイートン中学同窓会)に吸い込まれていく連中はいわゆるイギリス紳士の代表オックスブリッジの出身者に違いない。いまだこんな習慣、伝統が残されていたのである。この石の牢屋のような建物の中でどんな会話が交わされているのであろうか?
いたいた、トラファルガー広場の若者の群、ここはイギリスでなく世界の若者の広場なのだ。此処に集う若者、トラベラーは世界各国からやってきた者達だ。なかには試合後のサッカーフーリガンもいるが大多数は世界の旅行者バックパッカーたちだ。辻音楽師、パフォーマンスが列に繋がり、踊り、歌う自由解放区であった。イギリスは伝統を守りながら、若者達に寛大な大人の国なのだ。かの「美は真実なり」と言ったジョーン・キーツの伝統以来、ディケンズやシェクスピアの昔から伝統を守り、大切にする一方、新鋭気鋭の精神を受け入れる、自由な民主主義な国なのであった。
僕の3番目に好きな外国韓国
昔から日本の文化といえるものは殆ど朝鮮半島から、あるいは此処を経由して大陸から入ってきたものである。日本古来のものと言えるものはまず見あたらない。なんと言っても日本文化の歴史はたかだか2000年、中国、朝鮮は5000年に及ぶのだからしようがない。民族的にもこのルートをつたってやってきた者達が、日本人の大きな構成の一部分になったに違いない。生活の習慣も儒教の教えを基本に、祖先を敬い、先輩を尊敬し、親戚を大切にする習慣、いづれも日本と全く似通っている。やはり祖先が同じなのだ。こんな隣国いがみ合ってはならない、なかようしなければならない。西洋の文化圏でないので、お互い意味も通じやすいし、習慣も理解しやすい。何分にも1時間以内にいける外国は韓国のみだ。かつまた旅費がべらぼうに安い。ほんの数日なら総費用2万円前後でいけるツアーも開催されている。JRからは1万円を切るツアーが募集されているのには、さすがのバックパッカーの個人旅行者も顔面蒼白である。こんなに安いのでは北海道、九州、沖縄は止めて海外に行こう、こちらの方が数分の1の費用で安上がりだ。
昔から翡翠の緑はオンナの守り神、幸福を招く色で、現在でもアクセサリーの宝石として貴重されている。でも焼き物の世界でこの翡翠の色を、如実に表現することが大変難しらしい。高麗青磁といわれるものの中に、それがあった。安宅コレクションでなく柳川の窯にそれらが見られた。どれが価値ある青磁でどれがつまらんものか素人目には難しいが、なんとも美しい翡翠色を示しており、透明なこと翡翠以上で恐らく価値あるものに違いない。これらを創り出しているのは、我々と同じ顔をした人達なのである。韓国の年寄りは一般的に親しむ安く、いろんな世間話に載ってくれる。年代の人達は日本語も結構話すし、理解を示す。不幸な日帝50年の教育によるものだが、異国で日本語で対話を交わすなんてなんてエキゾチックで、たまらない郷愁を呼び起こす。あかの他人が、お国に土足を押し入り、白昼通行人を無理矢理連れ去り、慰安婦にしたてあげ、炭坑夫として送り込むなんて、いかにあやまろうとしても、ゆるさるべきものでなく、如何に謝罪すべきか。何時かはきっと決着を着けねばならない。そうしないと再び不幸の始まりということになってはならない。
韓国へ行って韓式定食を食べよう。何十種類の品々、手の込んだ料理がところ狭しと並べられる。日本の懐石料理の品数の多いのを想像すればよい。懐石料理は日本古来のものと言われているが、ほんとのルーツがこの辺にあるのかも知れない。焼き肉とキムチばかりが料理でない。古典式韓式料理を一度は味わってみたい。大好きな韓国、2泊3日で2万円(ホテル代込み)で、ウォンが安くなったので航空券を買いに出かけよう、ついでに韓式定食を食って来よう。