トイレ曼陀羅 哲学する小部屋(世界トイレ紀行 3)


食物連鎖
 豚便所とは、便座が豚舎の上に作られ、人間の大便をそのまま豚の飼料にするシステムである。このシステムは中国やタイ・インドネシア・朝鮮・沖縄でみられた。「厠」と言う文字は中国語で清潔を保つ場所、つまり便所という意味もあるが、豚小屋という意味ももっている。もともと「广」は建物を意味し、則は側からきており、意味するところは全く傍らという意味である。家の傍ら、すなわち「厠所・かわや」である。そもそも人間の大便は有機物を多く含み、こなれているので飼料に向いている。東南アジアの水辺にある地域だと、大便を魚の餌として食わせるというシステム(川屋)をとっているところもある。動物の眼から見れば便は大好きな食料なのだ。
 「ゴキブリほいほい」・「コンバット」も、ゴキブリが共食いする習性を利用したゴキブリ駆除剤である。有効成分メチルノンや朋酸が巣に戻った一匹目を駆除、その死んだゴキブリを食べた仲間のゴキブリもメチルノンや朋酸の働きで駆除される。これも立派な食物連鎖である。
 豚便所は人間の便が豚を太らせ、太った豚を人間が食べ、その便を豚が食べるという見事な連鎖システムである。屎尿処理の面倒もない。ちなみに豚にも好みがあり、出来たての暖かい便を好む。冷たくなってしまった便には見向きもしないそうだ。

【都市計画と自然サイクル】
 伝統的に使用されてきた豚便所であるが、エネルギー効率で言えば牛のほうがいいらしい。実際ラオスやチベットあたりでは居間(2階)の下の一階では、通常牛やヤクが飼われており、2階の奥のトイレでブツをすれば、直接一階の積み上げられた藁の上に落下、牛達の飼料となる。大便の中に含まれる炭水化物は一度消化管を通過したために、消化しきれなかったセルロースが主である。豚はこのセルロースの消化能力が低く、牛のような反芻動物はセルロースの消化能力が高いという。
 反芻動物とは一度飲み込んだものを口に戻し、またもぐもぐやってから飲み込みを繰り返す動物で、複数の胃を持っている。人間の胃には強力な胃酸が分泌されるため微生物はあまり繁殖できないが、反芻動物の胃の中には内部で微生物が繁殖し、セルローズを分解・合成して宿主に最も適した栄養素を作り出すものがある。牛の消化能力をもとに、水分を除いた人糞の栄養価を推定すると(ちなみに人糞の70〜80パーセントは水分である)、トウモロコシなどの穀類に近いきわめて栄養価の高い飼料成分を含んでいるそうだ。
 ある畜産学者は日本の都市部に牛を住まわせ、屎尿処理と食物増産をさせるという提案をしている。それによると、高層団地や都心部のビルのように人糞が多量にえられるところに牛を飼う施設を併設し、牛が食べやすいように糞(牛自身のものも含む)を加工して食べさせるという。彼の計算によれば、人間が一万人生活するところに牛400頭を飼うとすれば、400頭の牛から一日当たり200kgの牛肉が得られることになるという。これは、家畜栄養学者の立場からこの理論を新しい都市計画として採用されていくだろうと考えておられるようだが、実際問題として臭気の問題や色々付属して起こる公害とう諸難問をクリアしていかねばならない問題が多すぎるが面白い発想だ。この学者、農政問題懇談委員として日本の将来の食料と農業のためのビジョン作りにご活躍されていたのだが、今この計画はどうなっているのだろうか。
 動物利用の屎尿リサイクルよりも一般的に良く見られるのは植物利用の排泄物リサイクル、つまり肥料としての堆肥の利用である。化学肥料の万能の時代に昔ながらの自然農法が見直され、再評価されてきている。

【空中トイレあれこれ】
 チベットのポタラ宮や熊本城はいうにおよばずヨーロッパのお城なんかの空中トイレは、普通一般的にはトイレの場所が建物より飛び出し、かの穴から下を見れば千尋の谷、なんにもない。つまりあたかも空中に浮いてるごとき感を与えるものである。でもこれらのトイレも建物に付随している限り、足下無制限ではありえない。ところがあるのである。足下数千メートル何にもない、ほぼ無制限、あるのはただ雲と霧と青い氷というのが。ヘンリ尾根の空中トイレは凄い、凄惨だ。
 マッターホルンのヘルンリ尾根のソルベイヒュッテは北壁の丁度最上部に位置し、大した装備もなしに誰にでも行ける。岩場の中のテラスにある入り口は1メートル四方ぐらいのガラバであるが、小屋そのものはドアも柱も丈夫につくられ、頑丈そうで、ほんの10畳程のワンルームのみ、どんな嵐の天候でも大丈夫と思われる。小屋の下北側にトイレが、半畳縦長であるが、トイレ自体はテラスに密着しているのであるが、その反対側は空間に突出している、すなわち3方向は空中に浮遊しているのである。小屋に付属するトイレが、入り口三分の一はテラスに引っ付いてはいるが、奥の三分の2は、下方の支えは何にもないのである。お登り台の下は何にもない。ここはマッターホルン高度4000メートル、それも北壁で垂直、トイレの下は3000メートル何にもないのである。ポタラ宮殿の空中トイレどころの騒ぎでない。トイレのホールの遥か彼方は3000メートル何にもない。はるかかなたに蒼白く光ってみえるのは氷河なのだ。これこそ放出物は瞬間冷凍、ニホイ等全く存在し得ない。北壁の上昇気流である、尻吹く風も爽やかと言う代物でなく、冷たく凍てついた感じで、風と人力のどちらの圧力が強いか、もうこうなったら無感覚である。足の膝関節の震えが小刻みに振動し、リズミカルに増幅するが、まったくの無機質で自己制御の範疇外である。

【きんかくし】と【オマル】
 辞書によると、金隠し(「金玉を隠す」の意)は当世具足で、胴の前腰にある草摺の称。まえいたともいう。あるいは、大便所の便器の前方に設けた遮蔽物。転じて、そのように作られた陶製の便器だというが、現実には、便器の後方に手すりのように存在し、着物の裾を汚さないようにこれに打ち掛けで用を達するものもある。丁度オマルの前後を逆に考えれば良いのであって、動物模様の取っ手が、前後逆でこれに着物の裾を懸け擧げることになる。着物時代の生活の知恵である。
 扉を開けたら金隠しが手前にある。あなたはどうする。何も変わったことではない。当然ながら、個室のドアを閉め、ドアに向かって鎮座あそばすればじゅうぶんなのだ。「落ち着かねえな」と思うようなら、普段はその逆の向きに座っているに過ぎない。最近、日本の洋式便所ではドア対面式がほとんどだが、和式便所では壁対面式もある。また多くの横向きも良く見かけるが、この場合、前方は北向きが圧倒的に多く見られる。なぜドア対面式、壁対面式、北前方横式なのか、正確な情報を知りたいモノだ。
 ドアのないものや、周囲隔壁のないものは、さておいて、周囲分離個室式トイレになぜ金隠しが必要なのか?金隠しのもともとの用途とはなになのか?どうも、金隠しは日本独自のものなのであるらしい。しゃがみ便器はアジア・イスラム文化圏はじめ、全世界のほとんどが採用しているが、金隠しは見あたらないことが多い。では日本の金隠しのルーツは何か。これにも諸説あるが、平安時代、貴族の女性が排便する際に、十二単を汚さぬよう、樋箱というおまるの後方にT字型あるいは柵状の取っ手が取りつけられて、この取っ手に衣服の長裾をからげておくのである。しかし後年になると便器の前後を分別する目印となり、さらに後年、衣服に長裾がなくなると前を隠すオブジェに転化したという説や、また、敵が切り込んできたときに大事なものを守るためだという武士起源説まである。金隠しのない便器の前後は、中をのぞき込めば一目瞭然すぐわかる。そうです、穴のあいてる方が後ろです。
 座り方の基本は、壁を背にして入口の方向を向くのが通常で、入口を向かないのは日本だけの例外なのだ。多くのアジアの国々は壁を背にして排泄する。まれに横向きに設置されていることもある。横向きの前後は、穴(排出口)の上に肛門が来るようにするのが、正常位で、勢いよく水が流れないことが殆どなので、「皿」の部分にしてしまうと、流れなくて困った挙句にお土産を置いて退散、ということになりかねない。同様に使用済みのペーパーは備え付けのバケツに放り込み、決して紙を流してはならない。すぐ詰まってしまうからである。中国の公衆便所には扉も仕切りもなく、大変なことになっているものもあるが、これも基本は「壁を背にする」である。順番を待っている人と向かい合いながら排泄することになる。

【裸体】
 他人に、ことに異性に裸を見られることは恥ずかしい。何故恥ずかしいのか、何が恥ずかしいのか?良く理解できない。我ら人間皆平等、なにも恥ずかしがることもないのにとも思うのだが?やはり社会の生活習慣からか?伝統と風習がそうさせているのか。中国に見られる、オープンドア、オープンスペースの方が、本来の人間生まれたままの自然の姿であり、人間本来のものであろうとも思うのだが。
 中国のように自然流、解放式対話形式が伝統的に認知されているのなら、これの方が自然流でなにも恥ずかしがることはなにもない。むしろ、知人同士、世間話をかわしながら楽しいものだ。昔から良く言う裸のつき合いほど大切なことはない。
 日本の銭湯だって外国人にとって、随分と恥ずかしいものだ。男性同士、女性同士ではどうと言ったこともないのに、異性が入り込むとそう言うわけには行かないものだ。外人の場合、オッパイを見せるのを恥ずかしがり、日本人女性は、陰毛で隠されているのに下の方を見せるのを恥ずかしがる。西欧人と日本人とは全く逆である。中国人であれほどオープンに慣れている筈なのに、日本の銭湯ではシミーズのまま入浴しようとする。何がなんだかさっぱり判らない。倫理の一貫性が全く見られない。こういう問題は、倫理よりむしろ社会習慣・風習の問題であるのかも知れない。

ニーハオ トイレ
 思い出せば懐かしい。いまだ、日中の直接航路の飛んでないときは、香港から中国に入った。普通一般には、鉄路で広州にいったものだ。この頃のトイレは凄かった。日本でも田舎に行けば、例の汲み取り式トイレが大半だったが、中国のトイレは同様とは言いがたく、それこそ凄かった。広州のような、大都市でも近代的密閉式トイレは全く見ることが出来なかった。たとえ近代的大ホテルでも全てオープンドアー式ニーハオトイレだった。こういう類のトイレに慣れていない西洋のご婦人方はまさしく大変だった。なかでも、羞恥心のとむ、日本女性にとってはそれこそ大変だった。やがて北京、上海へも直行便が飛ぶようになったが、トイレ事情は相変わらずの状態が続いた。北京といったら中国の首都、その北京で完全個室式トイレはまず見当たらず、探すに大変だった。直行便の開通した頃、天下の、世界の有数の大都市北京で近代的個室的トイレがないとは、誰が信じられるでしょうか。でもほんとだったのだ。タダ一箇所例外があった。北京では門前飯店に泊まっていたが勿論トイレは全てオープンドアで、なれない女性軍はたいへんだった。やむを得ず北京飯店にトイレを借りにバスで乗りつけたものだ。タクシーなんて殆ど見当たらず、捜すのに一苦労だった。北京飯店では小ぎれいなトイレが用意されていたが、このホテルの出入れにはパスポートの提示を求められた。念のいったことだった。最近では考えられない。この時、北京動物園に行ったが、ニーハオトイレどころか、オープンホールが2個開いていただけだった。ニーハオどころか360°オープンで全く開けっぴろげだった。(2004/8/10)

中国では小は1号(イーハオ)大は2号とか言ってましたね。トイレのピクトグラフ表示はオリンピックの時ももめたのですが、男子用のトイレは、青色の人間で良いのですが、女子用トイレの姿が決まらなかったのです。スカ−トを穿かせた姿は良いのですが色が問題になりました。世界の国々では男でも、赤色の服装をした、民族の国民が かなり多いのだそうです。北京オリンピック では赤色のスカ−トを穿いた人間像を 女子用便所のトイレに決めましたが如何でしたか。「WC」はエジプトの遺跡の傍にある小屋の壁に大書されていて驚きました。去年(2008年)の話です。もちろん書かれたのは昔でしょうが。英語圏ではかなり定着した言い方で、それが植民地や属国に持ち込まれた、そう考えています。もちろん観光客相手の「ためにする」表記とも思えますが、案外、一時期、エジプトでは「WC」が流行ったのかもしれません。次郎はそうに違いないと決めて一人で面白がっていました。文化は辺境でより純粋な形で保全されると言いますからね。



参考文献  哲学する小部屋(世界トイレ紀行)
      大徳(だいとこ)の野糞
      食物連鎖
      ベルサイユのトイレ
      不潔なヨーロッパの街
      中国のトイレは何故汚いか
      正しいトイレの使用方法
      トイレ曼陀羅
      トイレ雑感・変遷史 


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