白タクいろいろ
大阪マルビル周辺、新大阪駅、阿倍野、難波近辺には白タクがたむろしてござる。つまり、空港行きリムジンのターミナル付近、特に新大阪駅近辺が目に余るようだ。かれらは土地の不案内な、地方からでてきたお客さんを捕まえては、交通渋滞でバスなら飛行機に乗り遅れるからと勧誘している。タクシーなら間に合うと、騙してお客さんを引っ張っている。少し考えても分かることだが、同じ道を走るので、たとえ渋滞していても、タクシーもバスも殆ど変わりないはずだが。たとえ違法に追い抜きを繰り返しても、ものの5分も早く着けることないだろう。このあいだも、引っかかった新婚夫妻、伊丹どころか、方向の全く違う淀屋橋の橋の上でおっぽりだされ、予約の入っていた飛行機は見事乗り遅れてしまった。田舎モンだとわかると、遠回りするぐらいならまだしも、途中で強盗に早変わりもする。もはや恐喝同然だ。あげくのはては、途中でほっぽりだす。あいも変わらず新聞ダネを賑わしているようだ。白タクの半分以上は悪い奴に違いない。最近ではマル暴に関係しているのもいるそうだ。タクシー列に並ばないタクシーは悪質だと断定して支障ないようだ。ご用心、ご用心。
観光客慣れして、親切なタクシードライバーの多い香港でもいろいろのことが起こるようだ。あまり用心しすぎると、土地の人達に悪い印象をあたえるし、全然注意を払わねば、酷い目に合わされかねない。ここのところの、釣り合いがむつかしい。
香港島のセントラルからチャムスイッツイのペニンスラホテルまでタクシーを飛ばした。念のためペニンスラのネームカードを運ちゃんに指し示した。運ちゃんはOK、OKとのたまった。ここのホテルから海峡を挟んでペニンスラは見えている。帰りはバスでも良かったし、夜風に吹かれてフェリーの利用でもよかったが。最近では昔からの地下に加えて高速地下鉄もでき、交通手段は自由時代だ。でも少し入っている状態で、動くのは億劫で、やはりドアーつうドアーが楽なようだ。夜の9時過ぎといえば、ラッシュもとっくに済み、道路はがらがら、真ん中のトンネルもスイスイの筈だ。タクシーに乗り込むやいなや、アーと言うまもなく、凄いスピードで西に向かって走り出した。すぐに右折しなければならない。右折どころか、まっすぐ直進、曲がる気配は全然ない。日本語と英語とで注意したが、わたしあ、広東語以外知りません、存じません、というわけで、香港島の西のはずれまで行ってしまった。結局、3本のトンネルの一番西のトンネルより帰ったことになる。トンネル通行料も入れて、H$156で、最短距離(真ん中トンネル料を含む)の約5〜6倍かかってしまった。香港の運ちゃん狡いや。でもトンネル料もタクシーのメーターも、そのままの料金で、少しチップを弾んだにすぎないと思えば気も楽だ。
翌日、同じ所から、同じ所まで、再びタクシーを乗った。時間帯も、街の様子も全く同じ情景、条件だった。この時も、念のためペニンスラのネームカードを運ちゃんに指し示した。運ちゃんはOK、OKとのたまった。今度は、いつも良く利用する真ん中の手近なトンネルを利用した。タクシーはネーザン通りとの交差点にさしかかった。ペニンスラは目前、ところがタクシーは突然右折してネーザン道路に入った。ハハーン、一方通行かなんかの都合でホテルの裏口に着けるのかと思いきや、どんどん北上する。公園あたりで左折したタクシーはまた北上する。昨日と同様の会話が持たれた。やがてタクシーは30分ほでして、薄暗い会社の倉庫のようなところに停まった。初めての場所で、見覚えが全然ない。すこし心細い。運ちゃんは凄い剣幕で何事かおっしゃっている。なにがなんだか良く分からない。倉庫の人が数人でてきて運ちゃんとなにか話していたが、われわれは倉庫の人の云うようにタクシーメーターのH$68を支払って解放された。帰りは、倉庫の人が呼んでくれたタクシーでホテルまで23H$要した。悪く考えれば、恐ろしいことだったようで、親切な倉庫の人達のお陰で助かったようなものだった。現地のタクシー料金は安い。タダ同然だ、しかし通常料金の何倍も支払わされるのはシャクにさわる。怪我させられなかっただけで良かったのかも知れない。香港は恐い所やった。
タイのタクシー事情は複雑だ。正規のイエロータクシーでも、ほんとに認可されたものやら、又貸しの又貸しで、その正規性には随分と問題含みだ。白タクに至ってはなにおかいわんである。古い話になるが、日本人新婚旅行者が白タクに乗って襲われたと言う記事がのっていた。この旅行者は旅のベテランで、タイも何回も訪れていた。普段は貧乏旅行者のバックタッカーだったが、今回は奇麗な花嫁さんを連れて、いつもの習慣よろしく白タクを選んだようだ。人間の習性ほどおそろしいものはない。タイのタクシーはべらぼうに安い。それでも、もう少し倹約しようとして、悪魔の白タクを選んでしまったようだ。普段は身につけているものは、バックパッカーの制服、よれよれズボンに汚い上着、これではたとえ襲っても何もとれりゃしない。今回はぱっりとした2枚目の出で立ち、泥棒にとってはさぞ美味しいご馳走と写ったにちがいなかった。彼の判断は甘かったと云わざるを得ない。彼は可愛い嫁さんを残してあの世に直行した。タイも異国、あの人なつっこい、タイ人がと思うが、どの世の中でも1人や2人は悪い奴もいるものだ。
イタリーのタクシーはお金をチョロマカスことで有名だ。釣り銭のごまかしはチップとして目をつぶろう。でも詐欺まがいの奴は容認できない。大切な旅の資金、こんなことで浪費するわけにはいかん。少しぐらいの遠回り、街の観光にもなり結構なことだが、あくまでもメーターの範囲内でのこと。経験はないが、強盗に早変わりする輩もいるという。乗車前にタクシーのナンバーを記録しておきたい。これはあくまでも忘れ物をしたときの用心のためである。誤解ないように。でも、イタリアでは強盗に関わる殺人事件は少ないようである。
真っ黒いオースチンのロンドンタクシー、礼儀正しく余計なチップを要求しないので評判とのことである。ほんとかしら、僕の利用した旧式オースチンはぶっきらぼうで、どうせ日本の丸金とでも思ったのか随分無愛想だった。指示した道は走らないし、目的も違うところえ着けよる。どうせ田舎モンめとバカにしてくさる。確かに座席は広いし、後ろ向きでもゆったりと座れる。しかし、クッションの方はいまいちだ。中には態度のでかい奴もいてござる。
最近では、中国はタクシーの洪水で、交通渋滞さえ起こり得る。北京や上海での話である。日本では東京オリンピック以来各地で車の渋滞が社会問題となってきたが、70年代の中国では、車(乗用車)は殆ど見かけなかった。大きなホテルの前に数台のタクシーが止まっているだけだった。タクシーに乗って街まで出かけてもタクシーを待たしておかねば、帰りに困るものだった。街中ではまずタクシーを拾うことは不可能だった。100%ダメで、上海では南京東路の和平飯店に転がり込み、デスクのオネイチャンに車の手配をお願いしなければならなかった。それも、30〜60分ぐらい待たされたものだった。ところが、この頃より、野菜を積んだ荷物車は交渉によっては乗せてくれた。観光の案内にも、同道してくれたものだ。ほんとに親切だった。70〜80年代にかけての中国の白タクはホントに、親切で安くて良かったものだ(現在は事情が異なるのでご注意ください)。(工事中)