高麗青磁


 ソールからタクシーで約1.5時間、陶磁器の里、柳川までドライブをたのしんだ。

 作陶家の中で、青磁に手を出せば一生貧乏すると言われている。青磁に手を出しても、売れるような作品にまで到達するのは大変なことだと云う。青磁は滅多に成功しないし、難しく奥が深いようだ。でも青磁にはなんとも言えない味わいのあるのもたしかだ。翡翠の青さ、緑深き透明さ、紫口とのバランス、中之島(大阪)の東洋美術館で、かっての安宅コレクションを堪能できる。

 韓国にも高麗青磁なる素晴らしいものがある。本家、中国とはまた違う味わいのあるものだ。古い高麗青磁は云うまでもないが、最近でも故柳海剛さんなんかの作品も素晴らしいものだ。彼は韓国の人間国宝に指定されたが、古い時代の高麗青磁とはまた違う味わいを見せてくれる。その色調は柔らかで、静けささえ感じた。巧みな雲鶴の象嵌に、三島手も感心した。柳氏は百歳まで生きて、「静寂を極めた」とまでいわれる十二、三世紀の高麗青磁の再現に努めたというが、どこまで肉薄できたことだろうか。 しかし、海剛氏によって、青磁の雲鶴象眼はほぼ完成されたもののようだ。もう一人の、「人間国宝」と評された故池順鐸氏は、素朴で柔らかな白磁の大壷がよかった。池氏は日本の早稲田の出身で、韓国のやきものが戦後復興した陰には、日本の作家や業者の繋がり窺えるようで、その白磁は奇麗すぎるようだ。柳海剛氏や池順鐸氏の青磁(象眼)や白磁はある点まで達したものであるに、違いないが日本の作品に比べるといまだしもの感があるようだ。確かに豪放で作品自体の纏まりは素晴らしいが、作品の、個々の詳細はまだまだ古典に及ばない。

 還元炎で焼かれた薄青から薄緑色の光沢釉を青磁釉という。澄み渡った天晴のような青色、 翡翠(ひすい)のような緑色は古くから日本でも珍重されてきたが、釉薬中に少量(1−2%程度)含まれる鉄分が、還元されて酸化第一鉄となり、このような発色がみられるようだ。

 釉薬の厚く掛かったところはより濃く深い青から緑色となり、素地に彫りを入れることによって色の濃淡を 活かすことが出来るし、還元の強弱によって色は変化し、酸化気味だと鉄は黄味の発色をする。鉄の量が 多すぎても褐色から黒ずんだ色となる。また、当然なことながら基礎の釉薬によって色は変化し、 一般に酸性成分が多いと青味が出て、塩基性成分が多いと緑味となるといわれている。中国で発明され、完成された青磁釉は、唐代に開花し、宗代に完成してその絶頂期を迎え、 龍泉寺窯で焼かれた青磁は広く海外に輸出され、日本ではその時代と色によって青味の砧手、 緑味の天龍寺手、黄味の七官手とおよそ3種類に分けられている。

 現在では、柳海剛、池順鐸時代も終わり、若手の台頭する世となってきたが、まだまだ柳池時代を超えることが出来ず、李朝時代には遥か遠くなってしまった。あまり心撃つような作品に出会わなくなってしまった。

 現在の韓国の陶器の中で、何も青磁や白磁だけが陶器の全てでなく、鉄絵の大皿の中に素晴らしいものがわんさといてござる。葡萄や果物を題材に採った、すばらしいものが、無名の作陶家の中に多く見られるのは、たのもしい限りだ。古典に帰ることも大切だが、今の状態ではなかなか難しいだろう。



真贋の世界
詐欺師谷俊成

(文中敬称略)


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