ただ信用できるのはお金だけ


お役人も狡いし、一般市民もトボケがち。(インドでの話)

 街中で買い物して釣り銭は、要求しないと渡さない。あくまでもとぼけてござる。ことに、リキシャワーラーやタクシーに高額紙幣を渡すなんて常識外れで、釣り銭を貰おうと期待する方が間違っているようだ。

 市役所、郵便局、駅、警察どこもかしこも、油断は出来ない。自分自身しっかりしなければいけない。100ルピーと言うので、100ルピー紙幣を渡したら、しばらくしてから、先ほど渡したのは50ルピーだからもう50ルピーよこせと宣う。油断もスキもあったものではない。あまり深い悪気はないようだが、どうもスッキリ行かない。先ほど100ルピー札を渡したと強く抗議すれば、納得と笑っているだけだ。

 スリの被害届を出しに言っても、すかしばかりチップをはずめば万事うまくいく。チップをわすれていたら、必ず、相手から請求される。貨幣は社会の潤滑油なのだ。

 税関では、申告用紙を見ながら、なにか、ものを書く真似をなさる。何処か記入漏れでもあるのかと、思ってはならない。かれはボールを催促しているのである。日本人と見ると誰からなしに、ボールペンをせがんでくる。

 でもあまり細々したことまで問題にすべきでないかも知れない。詮索しない方が良いのかも知れない。土地土地には、他人様には解らないしきたりというものがあるのだ。大阪では、この不景気な世の中なのに、街中で出会うと「モウカリマッカ」と挨拶する。何で儲かっているのか、この世知辛い時代にと言わざるええない。昼時には、もうお食事お済みですかときく。何もこれらは正確な返事を期待してでのことではなく、ただ単に挨拶言葉なのだ。インドで釣り銭を渡さず、とぼけられるのは、これも挨拶変わりなのかも知れない。あまり目くじらを立てずにゆっくりとやっていきたい。何事も鷹揚ででありたいものだ。


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