2002年初夢
この時、僕はチベット・アバ自治区にいた。9月11日ニュヨークの世界貿易センターのツウインビルがイスラムの過激派テロで破壊されてしまった。まるでSF映画を見ているようだった。ビルはジャンボ機が飛んできてビルに衝突した。でもビルがまだ立っており、モウモウとした黒煙が立ち昇っている真っ最中に、また他の飛行機がやってきて、もう一つのビルに激突した。110階にも及ぶ超高層ビルは静かに崩れていった。同時多発テロの勃発である。中国の奥地にいたので情報が乏しく、全然知らないで、のんびりと遊んでいた。でも成都まで帰ってきて初めてこのニュースに接し全くたまげてしまった。僕はこのニュースを聞き不謹慎にも当分海外旅行は無理だろうなあと思った。それからが戦争の始まりだった。ことの善し悪しは別にして、テロは撲滅されねばならないし、大国の自制心も要求される。難しいことだがキリストの寛容の精神も発揮されねばならない。それが大国の大国たる由縁でもあるようだ。忍耐強く、臥薪嘗胆、堪えねばなるまい。大国の度量を示してほしい。これらは夢であってほしいが、現実なのだ。
正月早々、脳死生体移植が行われた。本邦18例目とかとのことで全例(臓器)の成功を願ってやまない。いろんな問題含みだった和田移植以来、ここ数年で格段の前進を遂げた。まずは生体脳死移植も軌道に乗ってきたようだ。でもこれは脳死の人、つまり生体から臓器をとりだし、移植希望者に与えるもので、提供者は即死亡である。助からない命とは判っていても、新しい命のため、自分自身の命を提供するのである。
医学の進歩は何処にあるのか。ある著名な神学者松村克巳先生は、切ったり外したりする外科なんてあれは医学ではない。真の医学は外科的手法を用いず、内科的手法のみで患者さんから苦痛を取り除くべきだと。この先生、ご健在なら、こうした脳死臓器移植なんて医学の敗北以外にはなにも考えられなかったかも知れない。
新聞報道によれば、豚の臓器を人間に移植した時に起きる拒絶反応の原因となる遺伝子の働きを抑えたクローン豚づくりに成功したようだ。人間の臓器に大きさが似た豚の臓器は、慢性的な臓器不足解消の決め手になると期待されており、「豚の臓器生産に向け大きく前進した」としている。やはり、脳死移植は前世紀の遺物として、新しい人工臓器の開発に一歩一歩近づいて発展しているようだ。これが真の医学の歩む道かも知れない。
朝日新聞の報道によれば心停止後の心臓蘇生の研究の報告が為されていた(府立北村教授)。どうしても脳死移植に疑問を持つ者からの、再生医学、人工臓器までのつなぎの処置として注目される。そらそうだろう、いまだ規則正しく脈打つ、正しく鼓動を続ける生体から心臓を取り出すなんて、愛する夫の、子どもの心臓を提供するなんて考えられない。脳死移植に対する考えはだいぶ変わってきたことは確かだが、いまだもう一つスッキリしない。日本人独特の死生感なり、宗教観なりあるものだ。こういう問題は法律には馴染まないようだ。
いよいよペイオフ解禁、世の中の流れはスムーズにいくだろうか。なんだか不安がよぎる。日本経済も砂上の楼閣、アッという間に崩れるやも知れない。地震は起こってみなければわからない。日本列島沈没だけは避けねばなるまい。
相変わらずテロ、テロの連続、そのつど報復もエスカレート。中東問題ホントにあり地獄に陥ってしまった。これを解決せず世界の平和はない。何もアフガンばかりが問題じゃない。