誤診について 


 なんといやな言葉だろう。これほど忌み嫌うべき言葉は他にない。かって、東大の故沖中重雄教授は生涯の誤診率は67%だったと最終退官記念講義で述べておられる。天下の名医と言われた沖中教授であっても、これぐらい誤診するのであり、現在とは時代背景もことなり、誤診自体の意味あいも異なるので、これに対して云々することは出来ない。医者が安易(熟慮のうえ)にくだす診断が患者にとっては生死の分かれ目を宣言される裁判官の判決のようなものである。事実そのような重い意味あいがあるべきである。
 私が最近経験した誤診について考えてみる。この場合決して誤診ではない。でもどう考えても誤診と無縁ではあり得ないものと思う。しかし、今回の場合は良い方の結果になったので有り難いことだ。
 ある患者Yさんが、12月7日(月曜日)に鼻閉の主訴のもと、ある済生会G病院の耳鼻科を訪れた。診断は鼻腔内腫瘍ということであった。それ自体あまりかわったことがない。最終診断は試験切除切片による病理診断によらねばならないが、いづれにしても外科的手術が必要である。どのような手術になるかは、はっきりと今は判らないが、浸潤の程度によっては、かなり方法が変わるかも知れない。G病院ではフルタイムの常勤医師(耳鼻科)がいないので、バイオプシイ(試験穿刺)をやっても、時間外に出血してきても困るから、バイオプシイは入院してから行いたい。ただ紹介したいN大学病院では、大変患者数が多く検査に多くの日数がかかるのでCTとMRIはここですると良いと。それでも検査に7〜14日必要と言うことだったが、G病院長に頼み込んで数日後の12月10日に同時にCTとMRをやって貰うことになった。同時に血液検査もうけた(あとで結果をいただいたが血液一般ならびに生化学1のみで、入院手術に必要な、Hb、HCV、lues、HIV等の検索検査はされていなかった)。
 聴く人が聴けばこれで十分なのだ。すべてツー・カーであり、悪性腫瘍を疑った一般患者向けのありふれた説明である。腫瘍の遠隔転移があるかどうか、浸潤がどの程度か、骨破壊が進んでいるのか。これらを調べるためにCTとMRIを調べようとしているのだ。もともとCTとMRIだけでは、状態を把握できても、確定診断が出来ないはずだ。でも放射線科医師はハッキリとcarcinomaと診断をくだした。
 患者Yは、数カ月前より鼻閉があり、それも日によって強くなったり、楽であったりしていた。11月20日頃シンガポールに旅行したが暖かい気候のせいか随分調子が良く、病気のことなど忘れているようだった。しかし考えてみると数年来同じような症状がときどき見られ、今年3月頃には鼻出血をきたし、ほぼ一日中続いた。鼻出血はこの一回のみで、アレルギー性の鼻炎だとばかり思っていた。事実、ダーゼンとムコスタを服用していたが、症状の改善は見られなかったがセレスタミン(CORITICOID含有)を服用すれば著しく症状は改善した。もともとsinusのものは慢性的経過もとることが多く見られるはずだ。
 12月10日、ほんとに偶然だがこのN大学の耳鼻科の教授選が行われていた。教室の教授は、大学病院の付属病院の院長であり、まだ1年以上も定年を残していたが、たまたま空席となっていたH厚生年金病院の院長に転籍してしまい、本年4月以来、耳鼻科の教授は空席となっていた。教授候補者は古参の教室助教授と新進のK私立大学医学部の若手の助教授だ。若手助教授の方はN医科大学の出身者で同学ということで幾分有利かも知れない。でも専門は耳の生理学らしく、補聴器などのメカに強いそうだ。一方の古参ズブは腫瘍専門らしく、性格が個性的であるとのことだ。かれは関西にある大阪府立成人病センターや関西労災病院等と連携しており、同じOPグループに属しているそうだ。手術専門でやってきた人は、もともと多少は個性的な人が多いと思う。11日の新聞報道によると、結果は同学の若手助教授が当選し、11年1月1日より赴任するとのことである。古参の助教授に比べて10数年若い。教室のためには若手の台頭で喜ばしいことであるが、いまひとつ割り切れるものではない。白い巨頭ではないが日本の医療制度や大学(医学部)の制度は旧態依然としたままでなんの発展も見られない。
 さてさて、大学病院の仕組みに明るい方なら誰でもお判りだと思うのだが、この教室しばらくのあいだ、ごたごたして、すっきりしないことだらう。早くも古参助教授の退官の噂が出ている。医療は日新月歩、分子レベルまで進んでいるというのに、大学の教室の中のシステムは明治のままだ。
 12月14日、N大学で診察を受けようとしていたが、前記の教授選の結果もあり、急遽最初のG病院で受診した。10日のCTならびにMRIでは特に浸潤像もなく、ましてや骨破壊なんてなんら見かけられなかった。造影剤を使ったせいか腫瘤だけがハッキリと浮かび上がっている。全く境界鮮明で、これが腫瘤というものなのだ。ここで大阪のF病院宛紹介状を貰い16日受診入院した。話はややこしいが、G病院の院長は、もとN大学の助教授であり、また私の中学・高校の後輩でもある。驚いたことにF病院の耳鼻科部長も大学の後輩であった。縁というものはほんとに不思議なものである。
 G病院の医師はハッキリとは診断しなかったが言外に悪性腫瘍を疑っていたことは明らかであった。G病院の院長は外科で、耳鼻科のことは判らないはずなのに、ハッキリと悪性なもの断言していたし、じじつCTもMRIも同じ診断名でNasoPharingealTumore(carcinoma)となっていた。院内では悪性なものとして話が弾んでいたことだろう。まだ組織診断を行っていないので詳細は判らないが、そのオリジンはどこだろうか。上顎性のものかも知れない。上顎性のものならサルコームに違いない。上顎肉腫なんて、本邦600症例位しかないはずだ。関西に限っても30例以下だろう。何の因果でこんな珍しい病魔に襲われなければならないのか。以前上顎の肉腫の手術をした患者さんを見かけたことがある。女性としてはこれ以上の大変なことはないようだ。乳ガンでオッパイを取られたご婦人も見たことがあるが、こんな程度の騒ぎではない。たしか四谷怪談ででてくるお岩さんのようであろう。上顎肉腫(サルコーマ)以外にも、扁平上皮癌もあるだろう。もしこれなら、放射線療法に少しの期待が持たれるかも知れない。いや待てよパピローマかも知れない。これだと随分限局しているに違いない。ひょっとしたら助かるかも知れない。でも浸潤もあることだろうから、術後人格の破壊を来すかも知れない。どのように考えても明るい見通しはなにも出てこない。もしも、サルコーマなら、あと半年の命、たとえ他の種のカルチノーマでも、場所が場所だけにあって、余命、わずか1年の命なのだ。ああ大変なことが出来てしまった。頭の思考システムが空白、空虚となってしまって、つぎに何を考えるべきか、さっぱり判らない。ただただむなしい時間のみ過ぎるようだ。
 打ち合わせ通り、12月16日(水)入院、部長よりファイバースコープにTVを見せて貰いながら、バイオプシーをしていただいた。術後の出血は全く見られなかった。17日病理診断はPyogeneGranulomaとでた。若い主治医の医局員は組織診断が翌日出てきたので吃驚していた。でもなんだか良く判らないがgranulomaなら良性なもの、命は助かった。直近の手術日である22日腫瘍の摘出術を内視鏡のもと受けた。手術時間は約40分ぐらい、あまり著名な出血も無かったようだ。摘出組織は3*4*3cm位のもので、大きすぎて鼻腔より引っぱり出すことが出来ず咽頭の方に落としてから出された。それにしてもこんな大きなものがよく出来ていたものだと思う。でもこんどこの摘出組織の検査がまだ残っている。
 術後経過は良好で、12月28日(月)無事退院した。術後組織所見もHaemangiomaで、これはnegativeということで、まづはめでたしめでたし。ちなみに患者Yとは、私の愚妻である。(平成10年12月29日)


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