ワインと世にはばかる話
世にはばかる話というもんがある。食事中に汚い話とか言うもんは世にはばかる話だろう。その場その場に合わない話はしないほうがベター、それにこしたことはないようだ。どうも雰囲気が壊れるようで、場違いというものだ。匂いも同様世にはばかる臭いがある。
たとえば、食事中おいしい果物の話をしてもなんら支障ない。おおきな、色鮮やかな、つぶらなイチゴ、色とりどりのリンゴ、珍しい形の南国のフルーツ類、どれもこれもすばらしい。フルーツといえばその王様はなんといってもドリアン、すばらしい味覚、まさに王者の風格だ。パパヤもラグビーボールに匹敵する大きさ、レモン汁をぶっかけて食する。すべて豪快に。すばらしい、とろけるような味わい、全くすばらしい。これらは全く支障のない話だ。
ところが、これらドリアン、パパヤ、ジャックフルーツ等すべて、熟し切ると大変な香りがする。急に変身するのだ。なによりの証拠にこれらの果物はホテル持ち込み禁止されているところがおい。南国の郊外、車窓より変なニホイがやってくる。これもこうした果実の香りだ。そのように、パパヤしかりドリアンも、えも言われぬ臭気を発するものだ。ここでは「えも言われぬ臭気」とだけ記しておこう。こういうたぐいの話は食事中はタブーとなっている。
ワインの席はお上品だ。ウィットの効いたフランスの小話はともかくできるだけ、お上品でありたい。おでん屋で日本酒の議論する場とは少し異なるようだ。でも、ワインの味、香り、タンニン等々おいしいワインの条件でもある。ワインのフルーティな香りとはいったいどんな香りだろうか。木イチゴ、ブルベリー、等々いろんな香りがする。10本飲めば10種の香りがする。いや10種以上の香りがあるかも知れない。全く爽やか自然のフルーツの香りがするのである。ワインは香りで勝負するようだ。
ところが、芳醇なワインにも中には、熟れきったパパヤのドリアンの香りのするものがある。ワインの席にはどう考えたって合っていないようにも思うのだが、どうだろうか。ドリアンにとりつかれたら、女房を質にでもおいて買ってでも食べたいという男がいるというように、ワインでも、この匂いに取り付かれた、一種のホビーがいるのだろうか。僕はこんな、世にはばかる匂いはご遠慮申し上げたい。
インドールなる化学物質がある。これはトリプトファンの腸内細菌による分解産物で「得も云われぬ」ニホイの正体である。パパヤ、ドリアン、ジャックフルーツが発酵したときもこのインドールが多量に発生する。人間にも、どんな美しい人にでも存在する。ただ、体内にあるときは目立たないが体外にでると目立ちやすいようだ。しこうして、「得も云われぬ」ニホイが発生する。でもこのインドール、非常に稀薄な状態ではジャスミンのようなクチナシのような香しい芳気を発し香水の原料にも用いられるようだ。こういう種の化学物質は他にも沢山見受けられるようだ。同じものであるに関わらず、ときには芳香を発し時には「得も云われぬ」臭気を発するのである。
【例】
インドール ジャスミン、クチナシ
ウンデカラクトン ピーチ
ジメチルサルファイド ストロベリージャム
デカナール オレンジ
フリフリルメルカプタン ナッ ツ(コーヒー)