仁川の魚は甘かった
韓国も金大中さんが大統領になられてから随分と雰囲気が変わってきた。日帝時代の暗い50年の歴史をかみしめながら、新しい関係の構築に努力せねばならない。最近になって韓国でも日本文化が解禁され、和やかな環境になってきた。北朝鮮との関係もあり、政治的なことはよく解らないが、とにかくも良い方向に向かっていって欲しいものだ。
昔の古い時代の話である。まだ海外旅行も今ほどポピュラーでなかったときの話である。韓国の都会では戒厳令がひかれていた。外国人は適応外だったが、その雰囲気からもトラブルに巻き込まれる恐れがあり午後10以降の外出は慎まなければならなかった。勿論タクシー1台たりとあるわけなかった。街路は時折巡回にまわる軍隊の車両のみ通行していた。静寂の中に、なんだか不気味な様相を呈していた。
我々仲間は7〜8人、気のおけない連中ばかりだった。仲間の1人の知り合いの韓国人のお兄ちゃんの通訳で、車4台を連ねてソールから仁川まで魚を食いに出かけることになった。この頃、韓国もまだ大変貧しかったようだった。車は勿論貴重品、最近のような立派なものはなく、あちこち痛みも酷かった。僕の乗った車はドアーが閉まらなく、走行中内側から引っ張っていなければ、ドアーが開いてしまうような代物だった。タイヤも使い古されたつるつるで、今から思うと、良くもまああんなものに乗ったものだと思われる。一応この間、高速道路は整備されていたような記憶もするが、高速の途中は中央分離帯のないところが長距離間有り、非常の際には飛行機の滑走路となりえるとのことだった。まあいえば、臨戦態勢にあったわけである。
車で思い出すのは、車の綺麗さがその国民の性格を良く表しているようだ。中国人は車が汚れていようがあまり気にしないようだ。台湾人も同じである。砂埃がかむっていようが気にならない。まずワックスでピカピカという車は数少ない。中国人(台湾人)のタクシーは朝、家から亭主を送り出すのに奥さんが車を洗う。亭主は黙って座りながら見守っているが、手伝おうとは決してしない。洗車することは、家庭婦人の仕事であって、決して亭主の仕事ではないのだ。ワックス掛けはしない。ただ水洗するだけだ。少し走ればもう砂埃がうっすらとついている。韓国人の場合はまた違う。毎朝、亭主を送り出すのに主婦が車の清掃をすることには変わりないが、亭主(ドライバー)もまた綺麗好きだ。ワックスがけを丹念にやっている。ワックスのない時は、唾をぱっぱと吹きかけ磨き上げている。韓国の車は台湾に比べて相対的にピカピカだ。
仁川の魚は甘かった。新鮮で安く豊富だった。マッカリも美味しいし、久しぶりに海鮮料理も堪能した。プサンの松島と同様安くて甘かった。ところが、食事して帰るとき請求書をみて、意外の高価さに驚いて、一品づつ確かめたところ、運転手達の分も請求書に含まれていた。我々の了解の元ならともかくも、ただ黙って勘定のみこちらに廻すとは、いかがなものだろうか。後でわかることだが、案内の通訳の兄ちゃんがそのように指示していたようである。油断も隙もあったものでない。