托鉢愚感
坊主・神主・医者・乞食とこの順序で呼ばれる言葉がある。昔から贈りもののされる順番を指し示すとされ、坊主は最高にランクされている。これは事実かどうか知らないが、こういう表現もあるのは事実である。
僕の好きなお坊さんに良寛和尚がおられる。好きだと行っても特別知己を得たわけでもないし、直接お目にかかったわけでもない。ただなんとなく親しみがあるだけだ。特別の感情もあるわけでもない。しかし和尚の書の素晴らしいことだけは自分なりに理解できる。
和尚の草書はホントに素晴らしい。手鞠をついたり、かくれんぼうをしたり、子供たちとただ遊んでいるだけではこういう書は出来るものではない。勿論才も溢れているだろうが、古典に則った学習も必要だろう。
托鉢をし、乞食坊主と呼ばれながら一生涯を過ごした良寛和尚、「人を隔つるこころ」を憎み、雪国の厳しい自然のなか、山中の五合庵で己れの孤独に向かいあいながら、聖でもなく、俗でもない道を選びとった求道者良寛、和尚の生と思想はあまりにも多様であり、人々は自らの生き方に応じて良寛と向かいあうことが可能であるような気がする。多くの謎と伝説を残しながら、良寛はいつの時代にあっても、日本人あるいは世界人にとって親し く、はかりしれない魅力と飽きることのない滋味あふれる「永遠の人」としてあり続けてきた。
回首五十有余年
人間是非一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窓
(良寛)
どうもわが国では托鉢僧、すなわち乞食坊主という概念があるようだが。良寛の例、しかり、仏教では、いっぱんには修業の身で、お金という俗物とは無縁の存在、身体の維持のみのため托鉢をおこなうようだ。あるいはある目的のため募金を目的に托鉢して回ることもあるようだ。托鉢するにも作法があるようで、妙心寺の僧は寒中2列(道の両側に分かれて)になって、オーと長く続く抑揚のある発声を繰り返しながら展開する。この声を聞くだけで京の冬の到来を意識したものだ。寒中托鉢は京の有名寺院のほとんどすべてが行っているようで、京の風物詩となってしまった。托鉢に応じるかどうかは、お布施をする者、自身の気持の問題ということである。
衆生の浄土往生を勧める
浄土往生を願う者はみなその目的を達するので、この教えに信順(功徳を積む)するようにお経は我々に勧めている。仏教では往生者の心の持ち方を、なすべき功徳行として示し、托鉢の僧に供物を捧げたり、籠から鳥を放って「放生」を行ったり、御説教を聞いたりする行為が功徳である。
ビルマ 僧は毎日早朝に僧院を出て、托鉢にまわる。 差し出す食事類を受け取るための鉄鉢をダベイといい、出家した僧侶は、世俗の営みを捨てすべてをブッダの教えにささげたものとして、人々の尊敬を受け、ブッダとの単なる媒介者としてではなく、僧侶自身が聖なるものとして位置づけされている。そのため、僧侶への礼拝やお布施は、ブッダへの取り次ぎのためではなく、僧侶自身へ向けられている。人々は僧に食事をふるまうことで善行をなし、功徳を積むことができるという。一方、世俗の人びとからの寄進・喜捨を受けることが僧侶の義務というわけである。
タイ 変わりゆくタイ仏教
南国の朝は早い。日中の殺人的な暑さの中では仕事もはかどらない。加えてバンコクには驚異的な渋滞があるため、朝5時起きという人も多い。早起きすることは仕事だけではない。東南アジアを中心に広く分布する小乗仏教の国々では、そのひとつであるタイもまた、朝早くから山吹色の僧衣から右の肩を出した托鉢僧が托鉢のため町をねり歩く。托鉢僧は列をなして通りを歩き、信者は立ったまま食べ物を捧げる。托鉢僧は施された食べ物しか口にしてはいけないことになっている。また食事できるのは午前中のみで、午後になるといくら空腹を覚えても食事することは出来ない。人々は食べ物を捧げることによって来世の幸せを願い、徳を積むのである。遥か昔から変わらない小乗仏教のひとつの姿である。
カンボジア 僧は単独では行動しない。ふつういつも数人の僧とともに行動する。喜捨すると、なにかぶつぶつお経のような呪言をとなえて合掌する。鉢の中には精米された生の米とお金が入っていた。
ルアン・パバーン 僧たちはあくまで無言、無言行である。喜捨する者は全て僧の前で跪いている。また女が殆どで、男は見たことがない。家の前というよう、決められた場所あるようで、女たちは沢山集まってきて、お坊さんの到来を待ち受けている。各寺院毎に隊列を組んでくるので、坊さんの列が何回も何度もやってくる。