ワイン通の男(ワインと詩)


ワイン歴6カ月の次郎さんの蘊蓄

 ワインには夢とロマンがともなう詩と哲学が必須である。髭づらの、たいそな、難しい顔をした人相が相応であるようだ。チンドンヤではないが、粋な蝶ネクタイが似合う。なにごとも、理解した上での、それを超越した哲学者が必要だ。話す言葉は詩のようであり、理解しがたい、意味不明であることが要求される。意味不明の言葉であるからこそ、価値がある。判然とした言葉はこの場合必要でない。

 ローソクの薄明かりが肝要。明るすぎてはムードがない。暗すぎてもグラデュエイションが判りにくい。何事も間接照明の中庸の明るさが必要だ。行動動作もまたしかり。何事も、厳かにゆっくりとしたペースでやらねばならない。ゆっくり過ぎてもいけないし、早すぎてもいけない。ここでは場にあった早さが要求される。

 まず最初、ソムリエがボトルをかざす。ラベルの確認だ。おもむろに軽く頷く。1回だけ、2回頷いてはいけない。ほんの軽く一回だけである。それから、顔をあげて、ソムリエと目を合わせながら、少しだけにっこりと笑みを浮かべる。必要以上に大きく頷いては様にならない。

 ソムリエは大げさな仕草でコルクを抜く。空を切る手の動きが大切だ。このコルクを抜くシーンは、通常、席の横で行われる。抜かれたコルクはテーブルの上の陶製の小さな皿の上に置かれる。おもむろに手を伸ばし、コルクを取り上げニホイをかぐ。あまりすばやい動作は禁物、あくまでもゆっくりとした、タイミングをえた、スマートな仕草が必要で、ソムリエと2人した絶妙のコンビネイションが必要だ。

 コルクを取ってニホイをかぐ。ニホイなんて、個人的な嗜好が烈しいもので、特別の悪臭さえなければ良いとする。たまたま、風邪でも引いてニホイが理解できないなんて問題ではない。ようは、ニホイをかぐ仕草が必要で、ニホイなんて、どうだっていいのだ。ニホイなんて始めから判らないのだから、かいでいるふりだけすればよい。コルクを取り上げ、鼻に近づける。鼻にくっつけてしまうと様にならない。この場合、コルクを持った手を左右に振ってはならない。コルクを持った手の方は、そのまま、じっと固定さし、鼻(顔)だけを2〜3回、左右にゆっくりと動かすと様になってくる。コルクをテーブルに返す前に、神が与えた香りがするとか、花束(ブーケ)が甘いとか意味不明の言葉をつぶやく。あくまでも呟くのであって、ハッキリと宣うのではない。

 ソムリエはグラスにワインを注ぎ、グラスを取り上げ、透かしてみている。ついで、ニホイをかぎ、例によってグラスは静止のママ、鼻の方を少し左右に動かしながら、これを含み大きく頷く。この動作は全てお客さんから後ろ向きに行う。最後の頷きが大切で、あくまでも、おもむろにやる。高い高い貴重なワイン、味見のテストをするだけで、しかも一番始めに、しかも仰山注いだりして、もったいない、なんかと考えてはいけない。これは儀式なのだ。あくまで鷹揚に、心しずめて、振る舞わねばならない。

 ソムリエがテーブルの上のグラスにワインを少し注ぐ。ホストテスチングだ。この時、ソムリエがしたようにワイングラスをかざしてはいけない。ただグラスの足に指を添える位の感覚で、テーブルより5cmだけ持ち上げてみる。決して目の高さまで持ち上げてはならない。それでは様にならないのだ。ワインの色を見るわけだが、ちょっと遠めになるかも知れないが、そのままの姿勢が必要で、まこと色だってどうでもよい。ついでグラスをその位置で30度ほど向こう側に傾けてグラデュエイションを観察する振りをする。グラデュエイションなんて明るいところでやったってわかりやしないのだから、しったかぶるりで、全て理解したような顔つきをするのが大切だ。理屈をこねてはならない。あくまでも知ったかぶりの儀式が大切だ。この時、パリの空は茜をさしているとかなんとか、訳の判らないことを呟くのも良い。ついで、少し間をおいてからニホイをかぐ。つづいてグラスを軽く3回ほど左回り(右回しはいけない)に廻してから、どんな香りがするか、再び見るわけだが、特別異臭でもないかぎりOKだ。顎を引き、けっしてグラスを持った手を動かさず、鼻(顔)の方を左右にゆっくりと動かしてみる。あくまで儀式なので、それなりの阿吽の呼吸が大切である。

 最後に、黙って頷き、満足した顔つきでワインを口に含む。あたかも口の中でうがいでもするよう、ほっぺたを脹らましたり、せばめたりしながら、アジを鑑賞する。すこし、下品な感じもするが、口の中でグジュグジュと音を起てて、ワインをすすり味わう。フランス料理では、スープを飲むにも音を立てずに、お上品に飲むのに、ここではちっとばかり様子が違うようだ。こうやると神の芳香が広がるようだとか、自分自身しか、あるいは自分自身さえも理解しえないような言葉をはく。彼は哲学者なのだから、意味不明の言葉が大切なのだ。全ての儀式が終われば、左手の親指と人差し指で輪を作り、他の3本の指も少し湾曲させながら、テーブルに向かって3cmほど下の方に押し出すように、ゆっくりとOKのサインを出しながら、軽く頷く。この頷く動作は大切で決して大げさであってはならない。右手でも良いが左の方が様になっているようだ。このホストテスチングも儀式である。ここで気にイランと断ってはならない。気にイランものはどうしょうもないが、ここで新しくもう一本を注文すれば、都合2本のワイン代を支払わねばならないことを覚悟してかからねばならない。

 ワインの心はあくまでも知ったか振りで、鷹揚であるべきだ。紳士なのだから。ワインのような高級なご趣味のばあい、あまりコセコセしたことが禁物だ。彼奴(ソムリエ)は真っ先にこの俺の上等なワインを飲みよったし、たいそにローソクなんか灯しやがって、デカントしたが、おり(澱)のあるボトルにはまだグラス一杯分以上のワインが残っている、なんて未練がましく考えないことだ。これがワインの心である。


ワイン通の男(ワインの詩)2
ティスチング

追記 過日(12月5日)TVの世界遺産でやっていた。武威山紀行の茶道のなかで、臭香する場面、少し早いような仕草であったが、若いお嬢さんのする業、これこそがホントの聞香だろう。悠然とした中の、雅とエロシズムが混在していた。ワインも同様しかりである。(12/29/99)




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