万馬券(コレクターのはじまり)


 たまたま飲んだワインが美味しかった。アレはどんなワインだったか、紐解くときもあろう。あるいは、友人に誘われて出席したワイン会、これが始まりかも知れない。何が始まりか、きっかけとなったのはなんであったか、判然としないまでも、何時どんな動機でワインを集め蓄えだすようになったのか、判りづらい。まあいろんな経験の中で、無意識の中でワインの名前を知り、たまたまの偶然に、いつか飲んでやろうと購入した1本のワイン、でも開ける勇気もないまま、台所の隅に鎮座して御座る。なんだか手放すには未練たっぷり、淡泊なはずが執着酷く、我ながら呆れ返る。

 まあ、ええっか、折角家にあるのだ。たまの客人ではないか、開けてしまおう。いやいや、これは意外と美味しいではないか、なんだかほしい気もするが宝物を失ってしまったような気持ちだ。そこで早速補充しよう。1本なら同じこと、思い切ってもう一本買うか。これがいつのまにかはまってしまった悪の道、気づいたときニャ遅すぎた。つもりつもって、病が高じてしまった。たかが数十本のワインのため地下まで掘る業(ごう)となりさがったわい。

 自分の守備範囲でワインを求めている内はまだ良い。ただ一度1級ボルドーでも試してみたい、これが悪魔の囁き、誘惑、飲んだ喜びが倍の魅惑となって跳ね返り、知らない内に分不相応な世界に足をつっこむ羽目になってしまったようだ。

 ワインは競馬のようなモノ、生まれて初めて競馬場へ行くと万馬券が当たるようだ。万馬券なんて、無心で買うからこそ当たるモノで、普通には交通事故より当たらないモノだ。無欲無心がなせる技、ワインもしかり、甘く柔らかく、芳醇な香り、いつかはまっていくこの道とはつゆ知らず、誰もが歩むこの道、麻薬の魅惑が溢れているようだ。いちど収集の虜にとりつかれたら止まることは決してない、後は坂道を転がるばかり、奈落のルツボにまっ逆さま、行き着くまで留まることなし。

 20、30、40、50、60、70、80年代の古酒を飲む。古酒らしく味わいのあるモノにあたったためしなし。自分を信じ、信じ込まねばなるまい。信じることだけが自己満足で、客観的評価はなし。コレクターと言われるものはみんな同じ道。骨董貧乏も同じ道かも知れない。ワインは魔物で麻薬的要素をいだいている。ほんとに恐い。



次郎のワインセラー
ワイン日記
アリ地獄にはまった次郎さん




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