ゴヤ「巨人」は贋作


マドリードは街路の奇麗な街である。子熊の街路灯が可愛くて素適だった。プラド美術館は、もう昔のことではっきりと記憶にはないがこれまた奇麗な公園の片隅にあったような気がする。ところがスペインは、とくに都会が治安が悪く物騒だった。百戦錬磨の添乗員がこのプラド美術館の前で団体旅行客の預かっていたパスポートを20数冊ひったくられたと言う。とてもそんなマチには見えなかったが、日本人と分かれば柔道の真似をして愛想を振りまく。とても親日的だった。次郎はプラドやトレドではベラスケスの作品ばかり注目して鑑賞していた。

スペインからの報道によると、マドリードのプラド美術館は26日、スペインの画家、ゴヤ(1746−1828年)の作品として展示してきた「巨人」はゴヤの弟子、アセンシオ・フリアが描いた可能性が強いとの結論を発表した。

「巨人」の作者は昨年、「ゴヤではない」との見方が示され、研究が進められてきた。その結果、光や色の扱いが稚拙でゴヤの代表作と明らかに違うことや、左下にフリアの頭文字であるA・Jの署名が見つかったことから専門家らはフリア作との見方で一致した。

「巨人」は1808〜12年ごろの制作とみられてきた。今後も同館で展示されるという。プラド美術館はパリのルーブル美術館、ロシア・サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館などと並んで世界を代表する絵画館の一つで、ゴヤやベラスケス、ルーベンスのコレクションで知られている。

 「巨人」は1931年以来、プラド美術館が所蔵、公開しており、同美術館の人気作品の一つである。ゴヤの作品ではなかったと判明したことに美術館側は「(公開を始めた当時は)ゴヤに関する研究が緒に就いたばかりで、真贋(しんがん)の見極めが不十分だった」と釈明している。(2009.1.27 11:11

 ここでいうゴヤの作品ではなかったと言うことと真贋の問題は又別物だろう。美術品の真贋は悪意のあるものが贋作であり、事実誤認の場合は問題とならないだろう。この作品は日本でも展示されて有名だが、実作者としては画面のサイン(A.F)よりゴヤの弟子、アセンシオ・フリアの作とされているが、巨匠の美制作を目にあたりにし、時にはそれを助けた画家でもある。古来より人気のある美術家は親方として工房を経営するのが普通であり、そこで製作される作品には親方の手がほとんど加わっていないいないものもある。しかし、親方はその出来栄えを認めてサインを入れることがあるようだ。こうした工房作品は、ブランド品と同じく、広い意味では本物であり、贋作とは又別物であるようだ。こうした作品は、人を騙す目的で作られた贋作と又異なる。周辺の優れた画家が巨匠の強い影響下で描かれたものはそれなりの歴史的価値を持っており、長年に渡り多くの人たちに感動を与え続けてきたと言う消しようがない。これは今後も伝「ゴヤ」の名作としてありつづけるだろう。(日本でも狩野派の絵師集団が描いた京都大乗寺の襖絵も狩野探幽の作とされている)

 真贋の判定は科学的な鑑定だけでなく来歴がはっきりしている事も真作の根拠の一つである。そのため、美術品の鑑定は作品の表面だけでなく、それが歩んできた歴史を解明することにも力が注がれる。ともあれ、白黒をハッキリさせる真贋鑑定は困難であり、真作でないと認定されたからといって、急にその価値が貶められるべきものでもない。美術品の真贋は単純な二分法で割り切れるものでは無く、一つの真作の周辺には様々な段階のグレーゾーンがあるのだ。こうした作品全てを視野に入れ、正しく位置づけることこそが大切である。

ゴヤには「着衣のマリ」と「裸のマリ」のペアなる作品がある。現在東西洋美術博覧館で開催中の日本側監修者である大高保二郎・早稲田大学文学学術院教授は、「ゴヤは自分の生きた時代の相を写しながら、そこに人間の悲しみや喜びも投影させた」と「光と影」を描いたゴヤの世界を、作品画像を交えて解説。.





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