術後1カ年を経過して 術後1年の総括(H16.5.15)

Since 7/25/04


【術前術後の経過(まとめ)】

  最終診断      2/6/03(組織学的診断)      腺がん(中分化度)


  術前ホルモン療法(第1回ホルモン療法)        リュープリン(3.75mg) 筋注 4回(1月に1回)
                                  カソディックス80mg(2月6日より5月8日まで)

  拡大広汎性前立腺摘出術施行              平成15年5月15日

  第2回ホルモン療法(がん再発)
               平成15年12月3日(PSA 0.27ng/ml)

                                  リュープリン(11.25mg) 筋注 4回の予定(3月に1回) 最終9/3/04の予定
                                  カソディックス80mg(H15年12月3日よりH16年5月10日まで)

現在のところPSA値(Hs CLEIA) 0.002〜0.008ng/ml、
テストステロン値 10.0〜20.0ng/dlのところで固定されているようだ。でもホルモン療法を止めたらどうなるのだろうか。
陛下の加療報告が大きな指標となるだろう。陛下はリュープリンの3.75mgを注射されるらしい(詳細の発表がないので判らない)。まあ、数年の期間この注射で様子を見られるのだろう。次郎の新しい主治医は4〜5年のホルモン治療が必要とのことだ。主治医はその後は間欠的ホルモン療法を持続したいようだ。PSA値の上昇でワンショットのリュープリンで細胞を叩くという。素人的発想だが、もう少し文献をあさって見よう。WEBのなかで同じように考えておられる方がいた(術語3年目の思い(杉浦幹雄氏 リンク))。



 怖い怖い手術は思ったより楽に過ごすことが出来た。術後の経過もまあまあ順調だろう。尿漏れの問題も100%完全とは云えないまでも、これぐらいなら我慢できる範疇だろう。尿漏れパットを使用しない生活は快適だ。ただホルモンブロッカー(カソヂックス)とLH-RHアナログ剤(リュープリン)を使用しているので、ホルモンの突然の変調による更年期症状の方はなかなか厳しい。でも、血液検査結果から使用しているブロッカーはしばらく休薬(5/10/04)することになった。これでPSA値が上昇しなければよいのだが。術後1年にして主治医が転勤するようになった。医局の意向らしいが、これに伴い僕も転院することになった。新しい病院はまだ決めていないが、恐らく元の古巣(H病院)に帰ることになるだろう。やはり、知り合いのいる病院が都合がよいだろう。


総括

 早いものでもう1ヵ年になった。直近のPSA値は0.008ng/ml以下(検査機関によっては0.002ng/ml)、テストステロン値も20ng/dlでまづまづ去勢レベルだ。最近、高脂血症が進み、腎機能も低下しているようだが、まあ注意せねばなるまい。両下肢が、特にフクラハギがだる痛いようだが、バイブをかければなんとかなるようだ。軽い振動が心地よい。1年以上マッサージを受けていないが、これも癖になるので、自分でバイブをかける位が適当かもしれない。昨年は術後5ヶ月にして、早くもPSA値が増加傾向をみせた。最高0.27ng/mlまで上昇したので、リュープリンとカソディックスの両者によるホルモン治療を再開(2003.12.3)したが、すぐさま反応してPSA値は最低レベルまで低下した。次郎の場合はホルモン依存性前立腺がんだと思う。現在更年期障害著しく、リュウプリンの注射の単独療法で様子を見ている。他の闘病記なんか見ても、リュウプリンの単独でも結構効果を発揮(PSA値の低下)しているようだ。次郎の場合、リュ-プリン11.25mgをしているので、3ヶ月に1回の注射で良いようだ。6月初めに注射すれば、あとはもう一度9月になってすれば1年間の予定完了だ。1年間でただ4回のみ注射すれば終わりだ。特殊なミニペル(武田薬品の傍系吉冨製薬の社長の開発とか?)でほんとに3ヶ月持つと言うことだが。でも、実際のところ3ヶ月目では、体内の薬量(濃度)が大分低下しているにちがいナイ。現在では次郎の膀胱も容量一杯(300〜400ml)溜めることが出来る。排尿したい気持ちになっても、そのあと随分(半日ぐらい)と我慢できる。膀胱内の尿量と失禁は関係ないようだが、時に、小便に行ったのに直ぐ後に0.2〜0.4mlぐらい漏れることがある。失禁と表現してよいのか、どうかわからないが、現実にパンツに約2〜5mm程度のシミがついていることがある。毎日ではないが、トイレに行って空にしたはずなのに、姿勢によったり、体位の変換によって、チョビットでよる。まあ、尿取りパットを使用しないでも良いぐらいだから、まあどうってことなし。が、意識のない失禁はない。恐らく、尿道と膀胱の接続部(吻合部)に新しい肉芽組織が出来て、狭くなって(狭窄)きたのかも知れない。がんの再発ではないだろう。その所為か残尿が認められる。トイレに行っても、素直にざっと、1回で連続的に出よらん。90%ぐらいは連続で1回にでよるが、残りは2〜3回に分けて、チョビットづつでよる。術後うまく行っていたのに、最近はどうも残尿を認めるようだ。やはり、尿道の接続部が狭くなってきているのだろう。CTで見る限り、膀胱壁が肥厚しているらしい。スキルスのようにがんが壁内を浸潤しているのだろうか。それなら、PSAも上昇するだろう。でも、尿閉の経験はまったくなし。もうひとつ、尿の切れも悪い。しっかりと振り切らないと、一滴か2滴は漏れる(残っている)ことがあるようだ。CEA,CA19-9等の腫瘍マーカーは異常なし。確定診断を受けて1年6ヶ月、長いようだが、ほんの1年半なのに、医学会の情勢は大変変化した。日本では前立腺がんの検診も、大分普及してきた。市町村の検診も飛躍的に増加した。精度も上がってきたようだ。ここ1〜2年の学会の発表でも、PSAのカットオフ値が4.0ではダメだという。事実、この27日(2004.5.27)にはアメリカのがん研究所の報告(NCI)ではPSAの基準値4以下でも、悪性の前立腺がんが多数(15%以上、とりわけ悪性なものが2.3%あると言う)あることが伝えられている。日本でもWEBで報じjられている、殆ど全ての内容は検診でのPSAのカットオフ値は4ng/mlとなっているが、これは再考(2.5ng/ml以下に)せねばなるまい。

 判らないことばかりだ。ただ、ぼんやりと理解できるのは、がんの消長の基準としてPSA値が用いられていることだ。医者が再発だ、何だとかの判断基準にPSA値が使われているようだ。前立腺がんとPSA値が相関するようだが、次郎にはPSA自体何者か、良く判らないのだ。一体、前立腺特異抗原とは、その正体はなにものなのだろうか。医者がホルモン療法だ、いや放射線療法だというとき、たぶんにPSA値が、どうのこうのという時である。PSA値の消長が一喜一憂させられる。PSAの本態を知りたい。

 前立腺がんとPSA値の関係がクリアーカットに理解しがたい。確かにホルモン療法を行えば、上昇しているPSA値が、殆どの確率で著明に低下するようだ。もし、PSA値ががんの消長を具現するものであるならば、抗アンドロゲン剤(抗男性ホルモン剤)にがん細胞をやっつける働きがあるのだろうか。リュ-プリン(RH-LHアナログ)にがん細胞をやっつける実験データがあるのだろうか。勿論、抗アンドロゲン剤やリュ-プリンが、体内の男性ホルモン(テストステロン)を著明に減少さし、それがPSA値を下げるようだが。ホルモン療法(間接的に働いてテストステロン値を下げる)は、どうも普通一般の抗がん剤(作用機序)とは異質のもののようだ。

 前立腺がん細胞はテストステロン(男性ホルモン)が減少すれば、アポトーシスでも起こすのだろうか。がん細胞が抗テストステロン剤(男性ホルモン)で死滅すると言う直接作用(invitroの抗癌作用)は聞いたことがない。たしかに、ホルモン治療で男性ホルモンをたたけば(分泌を抑制すれば)、PSA値が著明に減少するようだ。テストステロンががん細胞をプロモートするのだろうか。確かに、薬物療法の中にCAP(クロルマジノンアセテイト)という女性合成黄体ホルモン剤の使用があるようだ。女性ホルモン(様作用)の大量投与で男性ホルモン(テストステロン)が相対的に減少するだろう。何か、基礎的文献がほしい。

 
 次郎は究極の治療は、重粒子線による治療(日医雑誌卷号ページ・130/9/1208)のものと、思っていたが、これにもいろいろあるようだ。知人の社労士のKさんは肺がんと診断されていた。県内では大学とともに有名なY病院で診断を受け、強く手術を勧められていた。いま、手術をすればほぼ100%助かるとも言われていたようだ。Y病院に入院中、チバの放医研の話を聞いて、わざわざ遠くまで出かけて行った。幸いにもまだまだ初期ということで数ヶ月の照射(2X35=70Gr)で完治したと担当医に宣言されて、大変喜んでおられた。Kさんは主治医によって腫瘍が抑えられているのとは違い、完治だと宣言されていたのに、2年もしないうちに再発転移で死んでしまった。まだ、ほんの1ヶ月ほど前の話(2004/3/末)である。単なる粒子線による治療なら、日本でも4〜5箇所(神戸、福井、静岡、東京等)で出来るらしい。重粒子線はチバの放医研ただ1箇所だけで、世界的にもドイツにもう1箇所あるだけだという。慶応の高橋誠先生(放射線医学)によるとアメリカに留学(ロス・アラモスパイ中間子照射研究所)なさっていたが、この粒子線の放射線施設(患者よがんと闘うな 文春文庫)が、突然ハッキリした治療効果のエビデンスがないということで閉鎖になったと言う。全く何の猶予もなく閉鎖されたという。費用効果の点も勘案されたようだが、アメリカは決断が早い。究極の治療法と思われているものでも不必要となるとすぐに、有無を言わせず閉鎖されると言う。高橋誠先生については、何度か記載した。でも、この先生は留学の意味を誤解なさっている。わざわざ、アメリカの田舎まで出かけていき人体実験に加担し、散々好きなことをなさってきた。留学とは勉強しに行くのではなく、文字通り、学を留めるのであり、気分転換、遊びに行くのが本来の姿である。ハッキリ、モノをいう慶応の先生だが、次郎さんは100%信じているわけでない。まあ、60%は妥当性のある意見だと思うが、我田引水も激しい。とりあえず、放射線療法は怖い。副作用でいろんなことが起こる。高橋先生の言うように、放射線療法で全く副作用の無いものはナイようだ。全てが手術より勝っていると断言できるものではないようだ。手術の方が良かったり、放射線療法のほうが良かったりで色々だと思う。先生の本は、確かに面白い、でも、盲信しないことだ。

 今日の日経新聞の特集記事、がん治療の最前線〜期待される免疫細胞療法〜と言う全面全紙記事が出ていた(2004.5.31 夕刊)。第32回日経健康セミナー(日本橋三越劇場)の内容だ。東大名誉教授の主題講演のあと、識者(?)によるパネルディスカッションも紹介されている。日経紙聞といえば、全国紙で記事の正確性で有名だ。でも、この大きな記事で、世の中の迷える羊たちが数多く犠牲になるだろう。先祖代々受け継いできた田畑も売って消えてゆくだろう。それなりの効果があれば良いのだが、全くエビデンスは存在しない。世の中の大新聞も、こんな治療に加担(巨大な広告記事を掲載する)するとは、高橋誠先生(慶応大講師放射線科)でなくても、新聞社の責任重しと言わざるを得ない。鼻糞と薬(丸山ワクチン 意味が解かるかなあ 失礼 日本がん学会)はちがうのだ、可哀想に、世のがん患者さんたち、体ばかりか、財産もむしり取られるとは。(備注:全面広告記事)

 種々の術前検査で遠隔転移がない(がん細胞が前立腺内に止まっている)のに、全摘出術を行っても、術後1年以内に20%が再発PSA値が増加傾向をしめす)すると言う。ほんとかいな。医者はそんなこと一言も言わなかった。何を信じていったらよいのか判らない。でも、ここでの再発は生化学的(Biochemical Recurrennce)再発(血中PSA値が上昇する)であって、がん細胞を直接確認しての再発ではない。遠隔転移があって、骨盤の骨や腰椎の骨に転移を起こし、頑固な腰痛がホルモン用法で、劇的に軽減されるらしい。こういう、現象を聞いたり、見たりすれば、矢張り男性ホルモン(テストステロン)が直接関わっているのかどうか。簡単なことだが、前立腺がんとテストステロンを多量に含む溶液で培養したらPSA値やがん細胞はどんな変化を受けるだろうか。こんな簡単な方法でここら辺りが解明されたら面白い。素人の発想で、はなはだ、恐縮だが面白いのではないだろうか。

 陛下も再発の危険性があり、予防ということでホルモン療法を7月1日より開始されたようだ。この陛下の場合も、生化学的再発(Biochemical Recurrense)ということだが、PSA 0.1ng/ml以下で予防的処置としてリュープリンを注射するという意味が、もう一つハッキリ理解できない。しかも、この注射何時まで続けられるのか、よくわからない。勿論血中PSA値を測定しながら、経過を追うことになるのだろう。


(更新中)


15/1/03          平井病院(MR)
               国保中央病院
1/16/03          済生会桜井病院(シンチグラム)
               国保中央病院
1/29〜31/03      国保中央病院入院(生険)
2/6/03          平井病院(MRI)
               国保中央病院(診療開始) Ryup 1/4
3/14/03
4/1/03(4/3/03)    国保中央病院(自己注) Ryup 2/4
4/10/03         国保中央病院(診察のみ)
4/23/03         国保中央病院 自己血 400ml(1/3)
5/1/03          国保中央病院 自己血 400ml(2/3)
5/8/03          国保中央病院 自己血 400ml(3/3)
5/12/03         国保中央病院 入院
5/15/03         国保中央病院 手術
5/27/03         国保中央病院 手術
6/5/03          国保中央病院 退院
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10/23/03








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