キャンベラ紀行
キャンベラへの道
1年前からの懸案だったオーストラリアにやっといってきた。時間があるでなく、時間が都合が付けば、体調悪くのびのびになっていたが、いよいよそれが実現するようになった。初めてのオーストラリア大陸である。日本とオーストラリアは、赤道を挟んで正反対側、いまは夏の盛りで時差も1時間だけである(シドニー・キャンベラは夏時間実施中で実際は2時間の差)。夢の大陸、日本の約22倍の広大な大陸、カンガルーが飛び交う新大陸の幕は開かれた。関空からシドニーまで約8時間の飛行で、まずは快適な旅だった。
5番目の大陸
7つの独立国を統括するのが首都キャンベラのある連邦政府だ。連邦国家というのはアメリカもそうだが州の独自性が強い。オージーがACTというキャンベラはアメリカのワシントンDCと同じように独立した行政区域になっている。面積は大変小さいが、ニュウ・サウス・ウェールス州とは区別されている。キャンベラが何時出来たのかは判然としないようだ。1911年には首都になるべくニュウ・サウス・ウェールス州から分割された。1922年に初めてキャンベラで国会が開かれ、1960年一応完成したことになっているが、実際には1988年になってから国会議事堂が落成したようだ。設計はアメリカ人技師ウオルター・バーリー・グリフィンによってなされ、彼の名にちなんだ湖がある。原野に、理想的に設計された都市だから、いかにもオーストラリアらしい自然都市で、ブラジルのブラジリアと好一対の対照を示しているようだ。だが、ブラジリアは密林のまっただなか、周囲は猛獣の住む奥深い密林地帯、でも超近代的人口都市であるに違いない。このブラジリアを結ぶ高速道路が、密林を縦横断し、環境破壊問題を提起したが、キャンベラの方はそのような話は聞いていない。広い広い海岸線、スケールの大きさでは、他に例を見ないし、こちらの方は風光明媚な地だ。この連邦政府をキャンベラに設置することについては、当時シドニーとメルボルンがその誘致に覇を競っていたが、調整が付かず、この両都市の丁度中間に新しい首都都市を建設することになったという。
立地条件
土地の選定は単にシドニーとメルボルンの中間と云うことだけであったが、風光明媚な土地柄であったに違いない。あるいは100年足らずの間に樹木が生長し、巨大な直径2mを超す古樹の鬱蒼たる森林が出現したのかも知れない。付近をとりまく小高い丘(山)、規模は中庸、あまり大きすぎず、街全体が見通せるが、実際歩いてみれば、思ったよりは大きく広い。公園の中の自然都市、整然とした計画のもと築かれた都市は、その都市機能を十二分に発揮しているようだ。人口は過疎気味、車の停滞はなし、ワインは美味しいし住み心地の良い都市に違いないが、悪く云えば、何の刺激もない、退屈な街かも知れない。近代的なホテルもよいが、公園とマッチしたハイアットのようなホテルも素晴らしいモノだった。僕は奈良公園の中の奈良ホテルを思い出した(キャンベラと奈良市は姉妹都市)。
人口都市
キャンベラは不思議な街だ。全くの人口都市であるに違いないし、超近代的な計画都市には違いないが、逆に自然を生かし、自然の中に都市があるような感じがする。キャンベラは豊かな自然の中に、公園の中に都市があるようで、都市の中に公園があるような気がしない。それほど緑いっぱい、鬱蒼たる大樹に囲まれた公園を彷徨いている人は殆ど見かけられない。大樹と言っても、一寸そこらのモノとは訳が違うようで、直径2mを越す古樹でいっぱい、芝生とのハーモニーが何とも言いがたいようだ。宿泊したHYATT HOTEL の付近の公園では日中人っ子1人も歩いていなかった。最近では連邦政府の規模縮小、リストラで政府役人の定員削減で人口減少の傾向が見られるらしく人口も30万人をきっているようで、たとえダウンタウンであってもあまり人を見かけなかった。でもマーケットには結構人が入っており、レストランは何処も超満員で、賑わっているようだが、車の停滞はなし、住宅街は閑静で、人のすんでいる気配があまり感じられなかった。ときたま、道路に10数台の自動車が駐車しているのは、奥様連中がお茶をしているようだという。この小さい街に各国の大使館が150館以上あると云われ、街全体が外交官と学生(オーストラリア唯一の連邦政府立の大学がある)、高級公務員によってなっているようなものだった。この糞暑いのに皆上着を着用してネクタイを締めてござる。
街中何処にいても、その位置関係は一目瞭然である。と言うのも、新国会議事堂の4脚のモニュメントと小高い山の上のテレビ塔が市内の何処からでも確認できる。またバーリー・グリン湖を挟んで北のシティヒル(戦争記念館の真上)と南のキャピタルヒル(新国会議事堂)は直線で結ばれ、グリン湖には対照的に橋が架かっている。これらの丘に上がれば市内の状況が一目瞭然だ。
キャンベラでは知人宅におじゃましてご馳走になり、美味しいOZワインをいただいた。料理はおいしいし、ワインもこの上なく美味しいモノだった。ワインがこんなにも美味しいモノだとは知らなかった。今までに経験したどんなボルドーよりも、ここのワインの方が美味しかった。生涯忘れ得ぬワインであった。
左ロータリー方式
キャンベラでは、あまりの静けさと車の少なさに驚いていたが、旅の後半、メルボルンからフィリップ島への道は停滞とは言えないまでも割合車が繋がっており、メルボルンやシドニーの町中の渋滞をみて、何故か安心した。郊外全ては、左ロータリー方式(イギリス同様)で、直線からときどき左回転(カーブ)する、適度の緊張感もあり、これは信号もなくむしろ快適であった。だいたい信号機がないだけ社会資本の投下もなくむしろ経済的で利にかなっているようだが、でも日本のような車の洪水では、二進も三進も旨く行かず、ただただ混乱を増すだけかも知れない。
車のナンバー
普通一般には英文字3字に数字が3(4)桁、でも数字の中にアルファベットも混ざることもある。英文字の3字は州と地方を示すらしいが、黄地に黒で文字が書かれている。外交特権を持つ外交官用(大使館)はアルファベットのDCに続いて4桁の数字、地は水色に黒文字、最初の2桁は国を表すそうだ。日本は65、アメリカは49と50である。領事館用はCCの後に同様の番号が続くようだ。2月11日は日本の建国記念日、大使館業務は休みだったが、一寸覗いてみれば玄関には丁度7段の雛壇と兜の飾りつけに大観の富士の絵の模写画が架かってあった。日本大使館は大使館街の真ん中、立地条件は素晴らしかったが、建物も内部もお粗末で御座った。
ワイン
往復の機中を含めて16本以上のワインを飲んだ。休肝日なしである。美味しい、全く美味しい、ワインがこんなに素晴らしいものとは初めて思った。なにもボルドーばかりがワインじゃなかったのだ。(旅行中飲んだワインのリスト)
VILLA TORRE Montpulciano D'ABRUZZO DOC 1995
LINDEMANS 1991 Hunter Vally Sparkling SHIRAZ
BANNOCKBURN 1997 GEELONG Schardonnay 14%
Eyton Chardonny Coldstream Reserve 1998 W Domain ch yering Sharm
Corporation
Eyton pinot noir Coldstream reserve 1998 R ch yering
DE RORTOLI YARRA VALLY chardonny W 1998
Sally's Paddock R 1996
Philip Island Wines Chardonnay 1998 13.4%
PETALUMA 1998 CHARDONNAY PICCADILLY VALLY 1997 (austr)
Coldstream Hills 1998 pinot noir Reserve
Mount Adam Chardonnay 1997
ANA HOTEL in SYDNEY
立地条件が全く素晴らしい、一等場所に見られる。特に語尾に7番の付く部屋が素晴らしい。東北のコーナーを占め、オペラハウス付近のサーキュラーキーハーバーから、高速の大橋(ハーバーブリッジ)から湾内全体、goat isl、 cock isl を望む風景が応えきれない。どこか、北欧のコペンハーゲンと似通っていたように思う。浴槽からボヤーと街中の風景を見ているだけでも至福の時間だ。1707号室は4つの部屋からなっており、部屋を移動すれば270度のパノラマを楽しむことが出来る。新婚旅行じゃあるまいし、広すぎる。立派な家具置物は云うに及ばず、その広さとロケイションがなんとも言えない。歓迎の果物の盛り篭とワイン(1997 TYRRELL'S Shiraz Cabernet ANA HOTEL SYDNEY )、果たしてこんなサービスを受けて良いのやらどうかな。全くもったいなし。
シドニーではANAより5年ほど早くJALがホテルを開設(水族館付近)したらしい。14階建ての素晴らしい豪華なモノに違いなかったが、後発のANAはそれよりも2倍以上も高層で、より一層豪華なモノを、より一層便利な一等場所に新設してしまった。こうなると後発が有利であることに変わりないようだ。少しだけ値段も違うようだ。しかし、36階の雲海(日本料理)の懐石料理はもうひとつであった。
旅の記録
2/9/2000 kix-prb-syd QF374(jl777)-cbr 21.30-10.30+1-13.30 HYATT HOTEL CANBERRA
キャンベラに宿を取るならここにかぎる。どうせダウンタウンに行くにはタクシーを利用せねばならないし、キャンベラの自然を理解するにはここに限るようだ。地下のワインバーにはエルミタージがどっさりおかれていたよ。
2/12/2000 cbr-mlb PARK HYATT MELBOURNE HOTEL
2/14/2000 mlb-syd ANA HOTEL
2/17/2000 syd-kix 12.30-19.50
(hyattとparkhyattとは系列が違うらしい)