タイ最初の大学
タイの人たちが「母なる川」と呼びならわすチャオプラヤ、中古の日本製モーターエンジンを搭載した観光ボートに乗って、河より見るに、その穏やかな流れが大きく東に蛇行するあたりに、まばゆい黄金の仏塔が立ち並ぶ。ここは現在のチャクリ王朝、そして天使の都バンコクの発祥の地なのだ。エメラルド寺院の名前で知られるワット・プラケオと王宮を過ぎ、マハラート通りをチャオプラヤ川に沿って下るとワット・ポーがある。門前にたむろする土産物売りたちをかわして中に入れば、市中の喧噪とは無縁の空間だ。広い境内の中央には、現王朝の創始者ラマ1世の遺骨が納められた本堂を配し、その背後に色鮮やかなタイルで彩られた四基の仏塔が天を指す。圧巻は全長49メートル、金色に輝く巨大な寝釈迦(涅槃仏)像だ。入滅直前の仏陀(ぶっだ)を描いた像の足裏には、仏教世界を示した精巧な螺鈿細工が施され、見る者をタイ仏教の深遠に誘う(ミャンマーのマンダレーでこれより一回り大きな涅槃仏を見たことがある)。
この寺には、もう一つの側面があり、それはタイ伝統式マッサージの総本山なのだ。ラマ3世がタイで最初の高等教育機関をここに開いたのが約160年前で、仏教教理、占星術、美術などに加え、古来のマッサージ術など、当時の最先端だった東洋医学の教本も集められた。時の流れにつれて、ワット・ポーの教育機関としての役割は薄れたが、東洋医学の伝統は脈々と受け継がれ、第2次世界大戦後まもなくマッサージ術の伝習所になったという。だれでも学べるようにと人体のつぼの位置やヨガのポーズ、薬草の調合法を図入りで刻み込んだ石板は、今でも本堂回廊に残されている。境内の一角にある伝習所は質素なつくりだ。中央の通路をはさみ、シーツを敷いたマットが3つずつ並び、薬草の甘酸っぱいにおいが漂うなか、現在約45人の実習生が数千年の伝統があるといわれる技術を学んでいる。基本は同じでも、マッサージ技術は人それぞれ。一人前になるには2、3年はかかるといわれているが、伝習所は治療院も兼ねており、スペースの関係から施術を受けられるのは1日300人が精いっぱいだというが、地元の人たちのほかにも、評判を聞きつけた欧米の旅行者らが引きも切らないという。日本と違ってタイ式はかなり痛いし、関節にかかると大人でも声が出るらしいが、私には察すっているが如きであった。が、終わったあとの爽快感はまた格別で、体中の邪気が払われた気分になり、寺院の絢爛さがさらに鮮やかに目に映る。格の高い王立寺院とマッサージの伝習所との並立が、この寺の聖と俗の混立こそがタイの神髄かもしれない、そんな風にも思える。
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