イギリス偏屈紀行




第一話:ロンドン再訪

 二十数年ぶりにイギリスまで足をはこんだが、ロンドンのウエストミンスター教会が真っ白(以前訪問した時は真っ黒だったが、数年前に化粧直しがほどこされた)になっていたことと、地下鉄ピカデリーサーカス駅のスタンドで和食の弁当(にぎり寿司、おむすび等)が日本人の若いお嬢さんによって売られていたこと以外は、何もかわったものは見当たらなかった。夜食用ににぎり寿司をかったが味付けはなかなのものだっだ。

 黒い妖気漂う石造りの街と真っ赤なポスト・電話ボックス、衛兵の黒い帽子と赤い制服、黒いオースチンのタクシーと赤い二階立のバス、黒い鉄格子のフェンスと赤い煉瓦造の宮殿など、ロンドンは、あいかわらず黒と赤のツートンカラーの街だった。

 ロンドンやエジンバラの市街地には高層ビルは見当たらなかったし、古色蒼然たる石造りの建物と舗道だけがどこまでも続いていた。歴史がしみついたかのようにくすんだ、分厚い石の壁が、荘重さを漂わせ屹立していたが、人間のありとあらゆる欲望をあたえてくれるというソーホーの賑いは、数十年来変らなかったし、トラファルガー広場はあいかわらずユングな旅行者たちのたまりばだった。

 イギリス人(とくにアングロ・サクソン)の伝統を重んじ、古いしきたりを大切にする性格はちっとも変っていなかったが、うらがえしでいえることは、へんな俗物根性(サマーセット・モームの雨の主人公)の持ち主で、十八〜十九世紀の夢から醒めることのできないものの集団かもしれない。

第二話:シェクスピアの舞台を訪ねて(グラームスからストラトフォードへ)

 もっともスコットランドらしい風景を呈するといわれているグラームス(グラムス)城は、ハイランドの入口に位置し、エリザベス女王の御母君のお生れになったところとして有名だが、またシェクスピアの戯曲マクベスの舞台にもなったところだ。いまでもダンカンの部屋も残されていた。

 コッツワォルズ地方のストラトフォードはエイボン河畔にあり、シュクスピアの生誕地で観光の町でもあり、もっともイギリスらしいカントリーといわれている。シェクスピアは十八才で結婚し、二十才にしてすでに三人の子供の父親であったという(医師新報七年九月号森本教授講演要旨参照)。八才年上の姉さん女房であるアン・ハサウエイとの逢瀬を楽しんだであろう彼女の実家も、茅ぶきのまま残されて、附近のおちついた田園の風景とうまく調和していた。

 シェクスピアの戯曲マクベスでは苦い思い出がある。大学の教養のとき、この原文を読まされた。英文学者服部英二教授の授業で、イギリス人のほとんどが理解できないような古文を教材になぜ選ばれたのか、いまでも理解に苦しむ。戯曲マクベスは数多くの著名な英文学者によって日本語に翻訳され、岩波書店はじめ多数の出版社からでているので大へんたすかったが、しかし古文で書かれた戯曲は、たとえば詩の様なもので、日本語には翻訳しえないものだと思う。日本とイギリスでは社会的背景も異なるし、直訳はできても、一つの文章に表現し、そのまま、ありのまま(行間を含めて)伝えることは不可能だと思う(解説し、解読は出来るが)。私は、この時は理解出来ず、ただただ暗記することによってこの難局をきりぬけた。よっぽどいじめられたのか四十年以上も昔のことだのに、いまもって原文のまますらすらと出てくる。おなじように漢字ばかりの万葉仮名でかかれた万葉集を読める日本人は専門家を除いて現在殆どいないだろうし、万葉仮名はたとえ現代口語文に書きかえることが出来ても、英語に翻訳することは、まず不可能だと思う。

 グラームスのスコッチ(ハイランド)地方、ストラトフォードのコッツワォルズ(イングランド)地方も、英国の代表的な田舎で、その田園風景はおちついて、何とも言えない美しさがある。畑や緑の草原が、幾何学模様のようにきれいに大きく区画されており、なだらかな起伏をなして限りなく広がっている。山といえるようなものは、ただの一つも見あたらない(コツトは羊、ウォルズは丘の意味)。ところどころに白い羊の群やロール巻にされた干し草が見え、風景にハーモニーをそえる。また時々石造の家が、一面の緑の中に、小島のように浮かんでいる。じつに美しい。とくに落日のハニーゴールド(八月初句)に輝く田園はイギリスの原風景なのだ。田園の美しい国はどこか品格があるようにも感ぜられる。


第三話:日英ゴルフ事情

1 日英ゴルフ事情

 エジンバラからグラームスへの途中セント・アンドリュウスの街に立ち寄ってみた。ゴルフファンには垂延の、かの有名なオールド・リンクスコース(図)のある村だが、古い歴史のありそうな村(スコットランドで一番古い大学・寺院遺跡・城跡がみられる)以外なにもなかった。荒涼たるスコットランドの北海岸沿いに、先日まで全英オープンゴルフ大会のひらかれていたオールド・リンクスコースがあったが、日本でみかける箱庭のように美しいゴルフコースとはことなり、ただそこにゴルフコースがあったというだけにすぎない。村自体がみどりのゆたかなきれいな田園風景(写真1)を呈していたが、ゴルフ場は殺風景で、ほんとになにもなかった。海からの強い風がふきまわり、砂浜の海岸にただ芝生が植え付けられているにすぎなかったし、クラブハウスも新旧二つあったが、とりたてびっくりするような豪華な代物ではなかった。旧ハウスはメンバーのみが利用を許されるわけだが、これとてとくに伝統を感ぜさせるほどのものではなかったし、道端に小さな二階だての質素な石造の建物があるだけだ。受付けには立派な髭をたくわえた、まるで貴族の執事のような、かっぷくのよい紳士がいて、ジロジロと眼鏡ごしにうわ目づかいで、こちらをみていたが、突然の珍入者にたいし、なんの苦情は言わなかった。新ハウスはビジターにも開放されており、明るいモダンな感じで、受付け嬢も若いピチピチギャルで愛想もよかつたが、これもとりたてどこういうほどのものでもなかった。二つのクラブハウスはあまりにも狭いので、全英オープンでは多数のテントをはって受付け等おこなっていたのか、ちょうどテントを撤去しているところだった。外観から立派そうにみえる近代的なオールド・リンクスコース・ホテルも海岸のコースのなかの芝生のなかに、ただぽつぜんとたっており、附近の風景との調和がまったくみられなかった。日本のゴルフ場は人工的で美しすぎる。山あり、谷あり、グリーンはきれいで、それはまるで中国製段通のようで、箱庭ゴルフと表現したらゴルフフアンに失礼だろうか?(追記1)

2 続日英ゴルフ事情

 日本でゴルフをすれば、もろもろの費用を含めて一回数万円が必要であるが、ここオールド・リンクスコース(パブリック)では、わずか五十五ポンド(ビジター)で一年前から予約をいれることが可能なのだ(コースに余裕があるときのみ、当日の早朝、抽選によりエントリーできるが、なかなかの人気で百倍を超える競争になることがおおいそうだ)。セント・アンドリゥスの他のコースやロンドンの近辺では、ほんの十四〜三十五ポンド(日本円二〜五千円)位でプレイをたのしめる(注記2)。また日本ではクラブの入会金に数百万円から数千万円も必要であるが、ここオールドコースのクラブ入会金は、たった約百五十ポンド(約二万円)にすぎない。入会にさいしては、他のもろもろの英国のクラブ(トートン、ラグビー等)と同様うるさいきまりがあるらしいが、これらは大英帝国イギリスの古い亡霊の衣をかぶった、例の俗物根性の名残りなのだ。オールドコースではゴーカートもほんの数台しか見当たらなかったし、アシタントプロとおもわれる若者(男性)も数人いただけだった。プレイ中の人達も自分でバックをかついだり、カートを引っ張っていたが、キャディさんに荷物をもってもらっているグループは一組もみあたらなかったし、キャディさん自身もみかけなかった。ここでプレーしている人達は、ほんとにただゴルフだけを楽しんでおられるようだ。これが世界で一番有名で、一番古い歴史があり、一番高い格式のあるゴルフ場だった。

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第四話:英国病に悩む英国(イギリスはなんでもナンバーワン)

 もともとイギリス人(ことにアングロ・サクソン)はなんでもかんでも世界で一番だと自負している。事実植民地時代の大英帝国は七つの海を支配し、五つの大陸をおさめてきた。イギリスは紳士の国であり、礼儀ただしく、なんでもかんでもナンバーワンであると信じている。

 アメリカ人は、田舎者で下品で野卑なものと極め付けているように感ぜられる。クリケット、ラグビーは上品で紳士のたしなみであるが、野球、アメリカンフットボールは野蛮で労働者のスポーツなのだ。彼等にいわせれば、庭仕事は高級な趣味であり、ジョギングは下等で趣味といえる代物ではないということになる。

 アメリカでさえこんな具合だから、地のはてにある東洋(日本)は下の下であり、ゲイシャガール、腹切り国の日本は野蛮で、野卑な三等国ということになる。ことに働き蜂日本人は紳士であるはずがない。

 日当たりが悪く、隙間風が吹いても、古い家を尊び、新しい家を見下すという、不思議な趣味を有しているし、古いものを大切にし、使えるものは朽ちるまで使うことは結構なことだが、それにこだわり過ぎるけらいがみられる。ドイツ人のものを大切にする習慣ともすこし違うし、十二分に用の達しないものにまでこだわり過ぎるけらいがある。

 しかし公平なところ、現代イギリスは斜陽老大国であり、いわゆる英国病にやみ、経済不振におちいり、ストライキ、北アイルランド問題、サッカーフーリガンに悩まされ、貧乏人で人心の荒れた衰退国であり、昔日の栄光の面影に、ただ生きているだけにすぎない。ヒステリー女、鉄人マーガレット・サッチャーの誇り高き独善に支配されてきたにすぎない。反面、田園は端正な落着きを備えているが、その美しい自然を維持するには経済的・精神的豊かさが必要なのはいうまでもないことだし、これを維持するのに精一杯で何の余力をみられない。

第五話:イギリスの新聞

 新聞はクオリティ(高級紙)とよばれるタイムズ、ガーディアン、インデペンデントが約四十萬部、ポプュラー(一般紙)であるディリーエクスプレス、ディリーメールが約四百萬部、タブロイド(大衆紙)であるサン、トゥディが約一千萬部発行されている。クオリティにはレデイ、ジェントルマンあるいはその家族、一族郎党の消息がことこまかく記載され、社交欄を賑せている。ヘアヌード、コールガールの電話番号広告もOK、かつ表現がどぎつく、誤報なんかへっちゃらで、記事にたいして何の責任も負わないタブロイド紙は、いわゆるミドル・ロウアークラス(労働者階級)を対象に発刊され、国民の三人に一人がこれを愛読していることになる。ジェントルマンはクオリティしか読まないし、けっしてタブロイドには手をださない。それはそれで結構なことだが、かの俗物はそれにこだわりつづけ、十年一日のごとく暮らしている。日本のインテリは朝日も毎日もよむが、たまには大阪、サンケイやスポーツ新聞も読み柔軟性がある。

 最近ではロンドン冬の名物、霧のロンドンブリッジ(炭塵による)はなくなって、なによりも結構なことだが、イギリスジェントルマンに住み着く妖怪はいっこうに晴れようとしない。

第六話:レイシズムの根源(イギリスの階級制度)

 もともとイギリスはレイシズムの国だし、ピュリタリズムの誇り高き伝統に呪縛され、にっちもさっちもいかない身動きの取れない、非自由的な、非民主的な国なのだと思われる。ここではアングロサキソンとかゲルマン、あるいはイングランド、スコットランド、アイルランドについて話すつもりは毛頭ない。

 イギリスでは貴族階級(約三百家族)が全土の二十五%の土地を所有しており、数のうえで三%以下しか占めないジェントリー階級(バロネット・ナイト・エスクワイア・ジェントルマン)が全国土の五十%以上を土地を所有している。反対に人口の九十五%以上を占めるヨーマン(中間層)、農民・労働者(ロウアークラス)の土地所有が如何に低いかがわかる。現在でも健全な中間階級が存在しない。職種・収入・家柄によって、それぞれの所属する階級が定まっているのだ。

 貴族・ジェントリーなるアッパークラスだけで宮廷・内閣・議会といった中央政治機構を独占し、民衆の保護者として地方政治を牛耳り、搾取してきたのだ。これこそがレイシズムそのものだ。植民地インドにおけるカースト制度も全く同様で、ただイギリスでは、その財力によって階級の移動が可能なことだけ、インドよりましかもしれない。

 開放前の南アとも似たところが見受けられる。南アは以前訪問した時には、白人と有色人種とでは駅の入口も、汽車の車両やバスも異なっており、わたしは白人専用を利用したが、誰からも苦情をうけなかった(南アでは、日本人は名誉白人として表面上は白人カテゴリーのなかに区分されていた)。しかしアメリカはちがう。アメリカは、表面的にはイギリスの清教徒精神(自由・平等とは言い難い面がある)の伝統を受け継いでいるが、人種差別はいまでもつづいている。今日のアメリカでは日本人は黒人・ヒスパニック等の小数民族に分類され、蔑視のまなざしをうけ、けっして白人社会に心から受入れてくれない。ハーバードやMITのあるボストン市あるいはケンブリッジ市郊外の閑静な住宅地は白人専用であり、日本人は疎外される。ここらあたりにまでやってくる日本人は、ほとんどが研究者や商社マン、あるいは銀行員で、経済的にも比較的ゆたかで、かつインテリであるが、なににもまして、日本人は権利意識がひくく、おとなしく、うるさい要求は一切しないのにである。南部のパブリックの病院に勤務した経歴のある医師は北部のプライベート病院には絶対うけいれられない(転職できない)。あえて北部の有名病院に入り込もうとするのであれば、前歴を隠し、日本から再度応募するほうがてっとりばやい。大学の教授についても同じようなことがいえる。南部パブリックからはノーベル賞でも貰わないがぎりアイビー校の教授には採用されない。民主主義の見本のごとくされているアメリカでもかくのごときだ。

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第七話:イギリス・ジェントルマン(レディ)

 イギリスにおける階級制度(ジェントリー)のジェントルマンと、OEDに記載され、われわれが日常使用している意味でのジェントルマン(紳士)とはまったく異なる意味のように思われるが、多少まぜあわされて使われているのが現状だ。どうようにここではレディもミスとかミシィーズとは同意語でない。貴族とか皇室ゆかりのレディは病院や公共施設のパトロンとなりスポンサーとなるが、ミスとかミシィーズではなりえない。イギリスにおいてジェントルマンの定義(概説イギリス史・青山他)では、一口に言えば、高等遊民が紳士の理想だとされている。すなわち、職業教育でなく古典教養と数学のあらゆる知的活動の基盤原理を会得し、土地所有による地代という、不労所得により自主独立を確保し、利潤追及の仕事についていないこと。ジェントルマンとしての徳性、すなわち公正、自制、勇気、忍耐、礼節、寛大などを備えていることだという。つまり働かず、遊んでいて相当の収入があり、かつ知識人だということである。立派な学問や教養を身につけながら、金のためあくせく働くようなことはせず、悠々自適の生活をおくるのが理想であり、社会的成功を目指して、一心不乱に努力することなどは、紳士のすることではないし、はしたないことだということになる。我が国、福沢諭吉先生の”誇る仕事のないことは恥”であると言う教えとは随分異なる。

 現在でも、閉鎖的でプライベートな社交クラブの多くは女人禁制であり、居酒屋のクラブはアッパークラスが対象で、われわれ凡人はサルーン(ラウンジ)あるいはパブ(パブリック)を利用することになる。ラウンジとパブでさえ、その対象がホワイトカラーと労働者層とに場所がわかれ、おなじものでも値段がことなる。ここでも英国病の根源をみいだすことができる。

第八話:私学のエリート養成

 アメリカの大学制度の原型はイギリスにみられる。私立であるアメリカのハーバードは、一般入試のTOEFLでは七十五%以上の高得点者しか入学できないが、学力に関係なく多額の寄付し、名門の家系に属しておれば入学可能なのだ。アイビー校として有名な私学のエール、スタンフォード、コロンビア、シカゴ、MITにしても同様であり、公立(州立)のUCバークレー校(日本で人気のUCLAは一流の範疇に含めない)、ミシガン(アメリカには連邦立、すなわち国立の大学はない)でさえ同じようなものだ。しかしハーバードのロウスクール(大学院)は、入学競争は激裂をきわめ、エリート中のエリートを育てるといわれている。フランスのパリ大学(第一〜十三大学)は、国立でかの有名な、かつ一番難しいといわれているソルボンヌ大学はその第四大学にあたるが、ここではバカロレリアで五十%も取れば充分で、しかもフランスでは地域制の為ずいぶんと入り易く、また卒業もしやすい。しかし高等大学(大学院)であるエコール・ノルマル(グランゼール)は、入学も卒業も最難関ということで、ハーバードのロウスクールと同様ノルマルをでるだけで将来を約束される。ノルマルの試験は、丁度日本の外務一種公務員、司法試験、上級一種警察官、第一種国家公務員(行政)試験等のようなもので、ノルマルの学生には奨学金(給与)が支給されている。要するにフランスは日本とにかよっているが、アメリカはイギリス同様、学力プラスお金が必要なのだ。そのうえイギリスでは名門の家柄でなければならない(アメリカでは、いろいろな奨学金制度が発達しているので、必ずしも裕福な名門の家庭の出だけとは限らない)。

第九話:オックスブリッジ(ややこしい大学制度)

 イギリスの大学の仕組はどうなっているのかさっぱり理解できない。ストラトフォードへの途中立ち寄った大学の街、オックスフォードは十三世紀創立になるとのことであるが、設立当初は学生と町民との間に価値観の相違からくる紛争があったらしい。十九世紀にいたるまで、大学は町民を独自に裁く権限等、治外法権を持っていたということである。オックスフォード(写真2)には三十四のカレッジ、ケンブリッジには二十三のカレッジがあるといわれている。カレッジを日本語で学部と訳されているいるようだが、その内容は随分ちがっているように思われる。カレッジはすべて私立であることには間違いないが、オックスフォード、ケンブリッジ大学の予算は、国立のロンドン大学同様、国家予算に計上されているので、大学自体は国立というべきで、私立と呼ぶには無理がある。三十四あるいは二十四のカレッジも、すべてピンからキリまであり、お金のあるところ、ないところ、そのふところ具合は建物や庭をみただけで一目瞭然である。わが国の皇太子さまも、皇太子妃さまも、ここオックスフォードのカレッジに御留学されたことがある。

 オックスブリッジ(オックスフォードとケンブリッジの両大学を、エリートコースの象徴として、このようによばれている)の入学者の大多数が、イートン、ラグビー、ハロー等のプライベートスクールの出身者で占められのには、高い学力も要求されるが、それにもまして日本の私学の数倍におよぶ学費の負担能力が必要だからである。パブリツクスクールからでは、学力はともかく親の負担能力も問題となろう。外国人、ことにオイルマネーの日銭の入ってくる国の子女がおおいのもこの故である。日本の総合大学と学部の関係とはことなり、このオックスブリツジにおける大学とカレッジの関係は、治外法権的で、まったく独立した存在ともいえるらしい。大学(国立)は講義・研究・学年末試験(進級を含めて)のみを管轄し、カレッジ(私立)は学生生活(学問をふくめて)の全てを学生(保護者)から請負うかたちとなっている。すなわち両者は有機的な相互補完の役目を担っており、カレッジは大学にたいして、学生の学力を向上さし、質の良いもの(紳士として)に育てることに責任をもっている。もともと上流階級の家庭では、例のイギリスジェントルマンの伝統よろしく、子弟の教育には多額の費用をもって家庭教師を雇用し、その任にあたらしめてきた。だから教官(フェロー)は、その屋敷に住込んでいて、昔は独身だったし、学問のみならず、徳性の教育に携わってきたのである。極端な例では、学校にかよわせることなく、家庭教師を雇用し、子女の教育にあたらせながら、家族全員、豪華客船で世界一周を楽しんだということである。このようなわけでカレッジのもろもろの学費はばかに高額なのである。オックスブリッジは、アッパークラスに付属する、俗物紳士の養成する施設といっても過言ではない。

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第十話:ロンドン、エジンバラの楽しみ

 エジンバラのバルモアホテル(写真3)は街の中心にあり、ここからのオールドシティからキャッスルにかけてのながめは素晴らしい。8月にはいり肌寒く、霧のただよう、人っ子一人いないロイヤルマイルズの早朝の散策はことに気持ちのよいものだ。ニューシティといっても200年以上の歴史があり、プライベートな公園もなかなかよかった。

 ロンドンでは、ハイドパーク(写真4)ちかくのホテルに泊っていたので、毎朝2時間程かけて公園を散歩した。割合早足で歩いたが真ん中の池の周りを一周するだけで、これだけの時間がかかるほど、ハイドパークは大きくでっかかった。早朝の白い霧のなかの、池のまえのベンチで、一人の紳士が分厚い黒のコートの襟をたて、読書にふけっていたが、いまひとつピッタリとこない。さぞかし寒いだろうに。頭がさえるには気温がさがりすぎているのに。おかぜをめさないように。ハイドパークは日の出前の5時に開園される。この公園はケンジントンパーク(宮殿)と隣接しているので、治安上の問題から夜中は閉園されているようだ。グリーンパーク(写真5)は、ヴァッキンガム宮殿と隣接しているが、とくにVIPがお住いでないようで、こちらのほうは24時間開放されており、あらゆる国からきたとおもわれる若い旅行者がテントをはったり、ベンチを占領していた。日本大使館は丁度この公園の北側に位置していたが、日の丸はみられなかった。早朝の散策だけでロンドンは多民族都市であることが自覚させられる。

第十一話:緊急手術の要約と適応

 にっちもさっちもいかない重体患者を癒すには、百八十度考え方を換えなければならないし、緊急外科手術が必要だ。英国日産の経営者は労働者とは一緒に食事もしないし、ティータイムを一緒に持たないと聞いている。経営者と労働者とは身分が違うのである。郷に入っては郷に従えということであるが、自分の経営する会社の従業員とのことである。

 犬を医学実験に使ったと、あるいは漁業資源を喰いあらすイルカを虐殺したから、南極の哺乳類であるかわいい鯨を食するからといっては、日本人は冷酷で、野蛮で動物を虐待していると、英国王室動物愛護協会から非難されている。まことにもって、もっともなことである。

 イギリス・レディは豪華なチンチラやルシィアンセーブルをはおって(アメリカでは、動物保護の立場から小数派に転落した)、観劇やパーティに現れ、そののちクラブにくりだす。レディ・キャロラインはアメリカの億万長者と結婚するが、夫婦生活を拒否し離婚しても、ただではおきあがらない。

 現在英国には公娼制度がないが、ソーホー地区は健在であるし、英国紳士の脳細胞は、いぜん突然変位を起こすことなく、古いしがらみの中にどっぷり浸かったままだ。

 なるほど、ハイドパークやグリーンパークには馬専用の立派な道(乗馬用)がつくられており、英国人は動物を大切にし、愛情をもってこれに接し、王室動物愛護協会の自賛するところであるが、世界人間愛護協会(もしこういう組織があるなら)から非難さるべきだと考えるがどうだろうか?

                                (H7.夏 記)

図 セント・アンドリウスコースのスコアカード、コースでは行と帰りでグリーンを共有している(日本ではほとんど見られなくなった)。

写真1 殺風景なオールド・リンクスコース近くの田舎のこじんまりとしたレストラン、マス料理がたいへん美味しかった。

写真2 オックスフォードのマートン・カレッジ、皇太子殿下もここに留学なさった

写真3 電柱1本みあたらないエジンバラの街(バルモアホテル)より、オールドシティを望む。塵一つみあたらなかったが、ロイヤルマイルズには馬糞があちこちに散在一種独特な臭気を発していた。

写真4 ハイドパークは芝生ばかりでなく、鬱蒼たる大樹にかこまれている

写真5 グリーンパークの南端の遊歩道・左よりヴッキンガム宮殿、舗道、車道、乗馬道、サイクリング道、遊歩道、公園と整然とわかれている

追記

追記1:最近わが町に完成した秋津原ゴルフクラブとセント・アンドリウス・ゴルフクラブは姉妹クラブである。秋津原の立派なクラブハウスには、両グラブのおおきな紋章が飾られ、メンバー専用の部屋にはオールドコースの写真が展示され、写真集・資料も保存されている。入会案内には、アンドリウスの理事長氏(秋津原名誉会員)の顔入り写真とメッセージがのせられ勧誘されている。しかしオールドコースのメンバー専用の古いクラブハウスのどの部屋の壁にも、秋津原の写真も資料も見かけなかった。立派な貫禄のある例の執事風ジェントルマンに聞いてみたが、Goseは勿論、JapanNaraも、Akitsubaraもご存知なかった。

追記2:日系の旅行社(JTB)にゴルフの手配を依頼すれば、日本円一万数千円(日本国内の約半額)位請求される。これはゴルフ関係以外に、ゴルフ場までの車の手配、通訳の費用、案内料をすべて含まれるということである。ただし現地の日系以外の旅行社に依頼すれば半額から三分の一以下ですますことが出来る。これは観光案内でもどうようで、たとえば現地JTB(マイバス)に依頼すれば、ロンドンからアポン・エイボンへの1日、日本語観光(昼食つき)で90〜120ポンドであるが、まったく同じ内容のツアー(同じレストランで食事も同じ)を現地旅行社(エバンス・エバンズ)にたのめば41ポンド(日本語案内も英語案内も同額)ですますことができる。イギリスのみならずスペインの闘牛見物も、日系旅行社以外なら十分の一以下の費用でいける。日本人は余程金持ちなのだろう。


フランスの学校制度


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