悠久のバガン
ヒマラヤ山脈の雪解け水を運び、ミャンマーを南北に二千キロ以上にわたって縦断するイラワジ川は、この国の歴史の変転を目撃し、昔から変わらぬ経済の大動脈である。
古来、この国のほとんどの主要都市はこの川の沿岸に生まれ、各王朝の舞台となった。いま、貨物船や沿岸の町を結ぶフェリーが往来するが、ゆったりとした時間の流れの中で、人々がこの川で洗濯をし、水浴びをしている。そんなのどかな光景に重なる壮麗な数々のパゴダを眺めていると、「至福の時」といってもよい感動がわいてくる。
川を行く観光船は、こんな格別の贅沢(ぜいたく)を味わわせてくれる。ドイツのライン下りの船を持ち込み、運航されて三年になるが、北部の旧王都マンダレーと仏教遺跡の町パガンを往復するこの観光船はミャンマーの新名物になっている。
船上での民族ダンスのショーや文化講演などの趣向も盛り込まれたこの船旅は快適だが、目玉は何といっても、インドネシアのボロブドゥール、カンボジアのアンコールワットとともに世界三大仏教遺跡とされるパガンの仏教遺跡だ。
11〜13世紀のパガン王朝時代に建造された二千以上の寺院やパゴダが、数十キロ平方の褐色の荒涼とした大地に広がる。金ぱくを張り詰めた巨大な仏像が鎮座する寺院があれば、優雅な曲線の黄金の塔を持つ寺院、純白の円形のパゴダもある。それぞれに精密な彫刻が施され、威容を競い合っている。
西洋から東洋への13世紀の旅人マルコ・ポーロはこの威容を見て、「何と素晴らしい精巧な建造物」と驚嘆したと歴史書は伝えている。遺跡群を巡ると、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだような幻想にも捕らわれるが、どれも往時の強大な王権が宗教の圧倒的な影響力と結びついて建造されたという。
この国の国民のあつい宗教心は昔も今も変わらない。毎日、どこの寺院もお祈りに訪れる市民であふれている。どんなに貧しくとも、多くの市民の一日の生活は早朝、町を回る托鉢僧へのコメや食物のお布施で始まる。
かつて英作家のサマセット・モームが「魂の暗闇に突然光さす希望」と表現した敬虔な宗教心が、優しさや素朴な国民性をはぐくんでいるのだろうか。この国への旅はいつも心なごむ気分にしてくれる。
パガンの高いパゴダの上に登り、静寂の遺跡群のかなたに沈む真っ赤な夕日とイラワジ川の悠久の流れを見つめていると、離れがたい興奮に包まれる。やはり「至福の時」である。