景徳鎮
景徳鎮(唐代昌南鎮)は、確かに、磁器作りの町である。全人口40万人のうち6万人が陶磁器に関わる生業をしているという。陶磁器の工場は大小合わせ、何と、五千という。その五千の工場で、若き者老いた者、それぞれに自分の夢を追っている。
街中に窯がある。街中で轆轤が廻り、粘土がこねられている。街中で皿や壺に絵が描かれている。街中に熱気がある。この町で陶磁器が作られはじめて千七百年、いまだに脈々と陶器作りの情熱がこの街に伝わっている。そのことは、もしかすると不思議なことではないのか? そんなことを考えながら様々な人の話を聞いていているうちに、なるほど、と思ったことがあった。
景徳鎮では、それらの作業は分業化されているのだそうだ。轆轤を廻す人はそれを専門にしている。絵を描く人は専門に描く。絵を描く人は、轆轤を廻す人から買ってくる。あるいは、絵を描き上げ、それを焼いてもらうために人を雇い窯に運ぶ。面白いシステムだと思った。国として市場経済を導入してからのことなのだろうか。筆一本有ればよい。大きな工場は要らない。才能さえ有れば、筆一本で成り上がっていける。そういうシステムである。この街の陶磁器への情熱はいまだに失われてはいないのは、そのことゆえなのではいだろうか。それぞれに自分の才能を信じ、轆轤を廻す。あるいは、絵を描く。あるいは、窯で焼く。誰もが、良い陶磁器を作りたいと願っている。誰もが、いつか認められたいと必死になって陶磁器と向かい合っている。
古い建物を利用した官窯博物館(来春には別の所に移転する)と陶磁館を見学するが想ったほどのものはなかった。やはり古い良品は北京とか上海とか大都市の博物館で鑑賞すべきものである。悲しいかな地元にはもはや素晴らしいものがないのである。テーマ館として陶磁文化博覧区もできていたがとくに目ぼしいものはなかった。 この陶磁文化博覧区では古窯を再現していた。登り窯の他穴窯もあったが日本の備前のような大規模なものではなかった。湖田古窯も見学したが期待していたような規模のものではなかった。
景徳鎮は現在でも陶磁器づくりに取り付かれたような街である。なんと沢山の同業店屋(自由市場)の多いことか、ほんとに無数にあった。この地が焼き物の街であり、焼き物の集散地でもあるようだった。注文を受けた焼き物の国内発送で街中が活気づいていた。街中の古陶を扱う店も集団でありソレこそ市をなしてはいるが、でもよい作品は少ないようだった。町中の街灯は磁器で作られており、交差点にはこれも立派な陶磁器のモニュメントが造られ焼き物の街としてアピールしているようだ。
此処でやかれた磁器をチャイナと表現する。世界中でChinaで通用する。景徳鎮大飯店は昌江沿いにあり火車駅まで約15分その間が繁華街であった。でも田舎町に違いなかった。
景徳鎮の街は全て街中での薪による焼成は禁止されており、古い登り窯は全て打ち壊しにあっている。北京オリンピックまでに全て整備されるとのことだ。ただ陶磁器の街らしくロータリーには陶磁器で出来たモニュメントがあり、信号灯や電柱もすべて陶磁器製であった。陶磁に関する大学や職人の養成する学校もあった。
高安元代窖蔵磁器(?金成)なる書籍を求めてきた。家に帰ってから見てみたが、なるほど立派な元代の磁器類の写真集であった。写真も凡そ中国らしくなく程度の良いものだった(主として龍泉窯)。
景徳鎮は江西省にあり今も昔も陶器の町です。自由市場は全国の陶磁器の集散地でもあり大変賑わっています。デモ街中の窯は全て破棄処分になっています。北京オリンピックまでに全て整理されるようです。現在は薪の窯は街中では許可されていません。タダ郊外に景徳鎮陶磁博覧区というところが出来ており何軒かの業者が集まってデモや商売をしているようです。景徳鎮官窯博物館は今春高速道路を降りた近くに移転します。昨年12月には新しい博物館の建物が出来上がっていました。現在の官窯博物館は雰囲気もあって楽しいですが古い作品は島田さんのおっしゃるようにあまり見かけませんでした。ロータリーには陶磁器のモチーフがあり電柱や街灯も陶磁器で出来ており一見の価値はあると思いますが古陶器を期待していかれるような所ではありませんでした。湖田古窯址も大したことなかった。12/14/2007 China ML