江西旅情(古鎮眩詠・廬山周遊)
中国の華東エリア、長江中流域の南岸に位置する。唐代に江南西道の管轄だったことが「江西」の名の由来。省内を長江最大の支流、カン江が南北に貫いて流れていることから、簡称を「カン」と呼ぶ。江西省の総面積は約16.69万平方キロ(日本の面積の約45%)。人口は約4,200万人(日本の人口の約30%)。省の地形は山地丘陵地帯が6割を占め、長江沿いの北を除いて、東、西、南の三方を山地に囲まれている。カン江をはじめ多くの河川は中国最大の淡水湖「ポーヤン湖」に流れ込み、「六山一水二分田、一分道路和荘園」と表現される。丁度今年12月16日頃から発達したシベリヤからの寒波がこの地にまで大きな勢力を示しておりたいへん寒かった(2006年)。
豊かな自然環境に恵まれた江西省は、「魚米之郷」と呼ばれてきた。米、茶、ミカンが有名な農業地帯だが、石炭などの鉱物資源も有している。
また、東晋の詩人陶淵明、北宋の文学家欧陽修、南宋の儒家朱熹、民族英雄文天祥など、そうそうたる歴史上の有名人の故里であり、唐代詩人王勃が古典名篇「滕王閣之序」の中で書いた一節「物華天宝、人傑地霊」が江西省を言い表す言葉として有名である。
大地を覆うラテライトの赤土から、「紅土地」と呼ばれる江西省には、風景名勝や文化遺産が数多い。世界文化遺産「廬山」は李白が「飛流直下三千尺、疑是銀河落九天」と詠い上げた雄大な山岳景観(秀峰)の中に、古代の仏教寺院や西洋風別荘群が残されている。中国道教の源流の地、「竜虎山」、「三清山」も聖地として名高い。近代に入ると、共産党革命の揺籃「井岡山」、人民解放軍の発祥地、英雄城「南昌」など、中国革命史の重要な舞台となった。英語で「CHINA」、中国が陶磁器の代名詞ともなったのは、江西省の瓷都「景徳鎮」から生まれた陶磁器である。
残念ながら、日本では江西省の知名度は低い。チベットや雲南、新疆のようなエキゾチックさに欠け、西安や蘇州のような超有名観光地でもない江西省は、上海の近くにありながら中国の穴場かもしれない。そして、経済発展著しい華東エリアにあって、幹線交通網の不備などから、改革開放に取り残された貧困省に甘んじてしまったのも、関心の薄い一因になっていた。
1995年、首都北京から香港まで、中国大陸を南北に貫く京九鉄道の開通が、江西省の経済発展のきっかけをつくった。省都南昌市と長江の港町、九江市の間には昌九工業回廊が形成され、高速道路網も「天」字形を描いて伸びている。さらに、上海市共産党出身の省長(上海市長と南昌市長は兄弟)が就任すると、その経験を活かした経済開発が南昌を中心に進み、従来の「遅れた農業省」のイメージを一新しつつある。
省都は南昌市。江西省北部、カン江畔に位置する。広域人口約400万人、市区人口は約130万人。2200年の歴史を持ち、漢代に「江南繁昌之地」という美称から、「南昌」の名が生まれたとされている。洪水が多い土地柄で、市内各地に湖沼が点在しているため「洪都」、また、1927年8月1日の共産党指導による武装蜂起「八一南昌起義」を記念した「英雄城」の別称がある。
1986年に国家歴史文化名城に指定された。
南昌市は亜熱帯気候に属している。年間を通して雨が多く、湿度が高いが、特に夏の蒸し暑さは「中国四大火炉」のひとつに数えられるほどひどい。夏の平均気温28℃、最高気温は40℃を超える。一方の冬は、じめじめした「骨身に浸みる寒さ」と強風が続き、まれに雪も降るなど気候は厳しい。
自然に恵まれたブ源(紫陽)地方の開発もすでに始まっており道路事情(高速道路網)の改善とともにその発展は留まることを知らないようだ。