ガンガー女神(続・インドの神々)


 インドはカーストの社会、この社会制度は難しくて理解しがたい。カーストを離れても、いろんな社会のしきたり、柵がわんさとござる。何もインドでも、100%ヒンドウーであるわけでなく、お釈迦様の生誕の地で、仏教の本拠地であるべきはずだ。しかしインドでは仏教徒はマイノリティ、人口の1%未満だそうだ。仏教の諸行事でも、お祝い事、それ赤ちゃんが生まれた、さあ名付け式だ、得度式、成人式、いや結婚式だと人生いろんな節目がござる。この人生の節目節目には莫大なお金が必要だ。結納の金が出来ず一生独身で過ごす男なんてわんさといるのである。反対に持参金が少ないと姑にいびられ、殺される嫁なんかもいるらしい。インドではカーストの弊害が、あきらかにこの国の近代化、民主主義を阻害してきた。

 仏教では、他人に喜捨をすることが、自分の善行を積むことだとされる。この世に生を受け死ぬまでの間に、如何に多く善行を積み重ねるかで、その人生の評価がくだされる。この世の行為によって、次の世にブッダの世界(天上界)に行かれるやも知れぬし、はたまた、苦界の人間社会や奈落の畜生道に落ち込むやも知れぬ。貧乏人は富者より施しを受けるのが当然の権利であり、富者をして天国に送り込むいわば切符を与える立場であり、これまた施しを受けることが、自身の善行を積むことにもなるのである。さもしい考えなんかここには存在しない。まことにおおらかである。

 ガンガーはインドヒンズーにとって、何者にも代え難い、有り難いものなのである。仏教徒にとっても同じ有り難い存在で、信仰の対象に違いなく、神聖な神の住む河でもある。バラモンの昔から変わらぬ信仰の対象として崇められてきたのである。

 ガンガーの源流は氷河(雪渓)の下から、比較的多量の水量がみられ、中国長江とか黄河の源流とはだいぶ様子が異なる。大きな山脈に囲まれた、沢の中腹部にあり、あたかも賽の河原の如き広がりを持つ、明るい広場に大きな口をあけたところから、聖水がとうとうと湧き出てくる。もうすでに乳白色あるいは黄深泥した色を呈している。このガンガー(ガンジス)の源流には、ガンガー女神がいますと言う。この源流の水は「神水」(コウズイ)であって、まことに有り難い、貴重な存在だ。特に南部仏教徒にとっては、羨望の的である。ガンガー源流まで行くことがかなわず、この聖なる水を手に入れることは、これ以上の至福はあり得ないという。この貴重な神水は仏教のいろんな行事に大切に利用される。いやこの神水がなければ、節々の行事が始まらない。(1999)


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ハルドクールの聖水



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