政情不安のレバノン


1 バールベックの位置

 陸路シリアからレバノンに入る場合、通常はアンジャルを通るダマスカス街道を利用する。峠の両国の出入国管理事務所のあいだの国境緩衝地帯は10数キロにもおよび、車でも15分ぐらいかかる。国境越えにいささか緊張していたが今回(199年12月29日)の越境には特別ビザも必要なく、まったくあっさりとしたものであった。風景はのどかで、美しく、全く静の世界で、緊張感はまったく感ぜられない。数次にわたる中東戦争、レバノン内戦、現在もレバノン南部やここゴラン高原のイスラム過激派の存在、そんな気配は微塵も感ぜられない。緩衝地帯は、こだかい山が繋がりオリーブの潅木が生え、街道の左側(西)はゴラン高原、右側(東)はベッカー高原となっていた。この間、全くの静中静で、静中動は肌で感ぜられない。このように地中海側のレバノン山脈とシリア側のアンチ・レバノン山脈にはさまれ、リタニ川が流れる高原をベカー高原といい、古代より肥沃な穀倉地帯としてよくしられ、バールベックは、このベカー高原の北に位置する町で、遺跡は町の西側に接している。バールベックの町は、こじんまりした静かな町で、イスラム教シーア派に属する人が多く、ヒズボラの拠点ともなっているという。

2 バールベックの歴史

 バールとは、もともとフェニキア人の信仰していた神で、豊穣の神であり、ベックの平原と共に「平原の豊穣神」を意味し古代パレスチナのバール神信仰の中心地であった。ユダヤ教の「ヤホバ」に対峙する神として、カナン地方で崇拝された異教の神として旧約聖書にもよく出てくる。セレウコス朝時代になって、バール神の神殿のあるこの町は、ギリシア語で「ヘリオポリス」と呼ばれるようになった。ヘリオスは太陽神のことを意味し、ローマ時代になって、この町は重要な植民地となり、歴代の皇帝は、神殿の拡張に努めたという。戦いの前には、必ず神殿で神託をあおいぎ、2世紀のはじめには壮大なジュピター神殿が建造された。完成させたのはカラカラ帝で、その後、コンスタンティヌス帝により神殿はキリスト教会に変えられ、また、イスラム帝国の時代には、神殿の一部は要塞として造り替えられた。数々の受難を経て、バールベックの神殿遺跡は、往時をしのばせる壮大な遺構を今日に伝えてる。

3 巨大遺跡の概要

 遺跡は、もっとも大きな面積を占めるジュピター神殿のあるアクロポリス、その脇にあるバッカス神殿、やや離れた位置にあるビーナス神殿、そしてローマ時代のアゴラ跡の4つの部分にわかれる。

 ジュピター神殿は、アクロポリスの中心部にあり、そこへ行くには、東側からアクロポリスの正面入り口の、幅43メートルの51段の階段を上ることになる。階段を上りきると、幅50メートルのテラスの巨石遺構があり、その壁の中央に、前庭に通じる入り口がある。前庭は6角形で、直径は62メートルもあるとのことで、6角の中庭を中心に、取りまくように円柱に支えられた回廊があったとおもわれ、この6角の前庭部とジュピター神殿の間に、祭壇のあった中庭がみられる。ここは、縦135メートル、横113メートルの長方形をしめし、この中庭の西側に、ジュピター神殿の遺構が残ってる。神殿は、奥行き105メートル、幅70メートルの巨大なもので、中庭から階段を7メートル上がって入り、ジュピター神殿の壮大さを今日に伝えているのは、南側にある6本の円柱で、円柱の頂上部での太さは2.2メートルもあり、一本の円柱はたった3個の石で作られており、石と石のつなぎ目は鉄のパイプが入っている。もうこの時代に、鉄がこのようなつなぎ手としての利用の仕方をされていたのである。また最上部の梁にあるライオンの口をした雨水の排水溝も小さく見えるが実際はたいへん巨大なもので、崩れ落ちた実物からその大きさを再確認することができた。いまが崩れ落ちた石柱、梁などがそのまま放置され風化の進むにまかされていた。何とか保存のての打てないものだろうか?神殿は、このような円柱54本に4辺を囲まれた壮大なもので、アテネのパルテノン神殿をはるかにしのぐ、ローマ帝国最大の神殿がここにあったのである。

 ジュピター神殿の南側の低いところには、バッカス神殿があり、幅36メートル、奥行き69メートルで、屋根はぬけているものの、神殿の壁、神殿を取り囲む列柱などが往時のままに残っており、アシタロテとアタルガテスの女神の合体した神が奉られている。梁に彫刻された、クレオパトラやエジプトの象徴である蛇など、神々のレリーフやその伝説と共に面白い。ビーナス神殿の跡は、アクロポリスの東側にあった。遺跡の破損が進んで修復はまだまだこれからという状態だった。アゴラ跡はジュピター神殿の西側、やや低地に広がっておりこれも真ら破損が進んでほぼ絶望状態であった。ライムストーンは崩壊が早いし、内戦に次ぐ内戦でまだまだ遺跡の保存にまで手が回らないと言うのが実状だ。最近、バッカス神殿では、毎年夏に音楽会などのエンターテイメントが開かれるとのことで、比較的よく保存されていたし、日本からも音楽グループがよく参加しているという。


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