日々短信(湯村・大乗寺に遊ぶ)


数年前(20032004年)に確か毎日新聞社・NHKの共催であったかと思うが大阪市立美術館で円山応挙展が開かれた。黄金の襖(金地)に書かれた郭子儀図障壁画の僧(郭子儀)や唐子童子の様子が何時までも残照のように印象に残っている。この郭子儀の目線の働きは、ミケランジェロやラファエルの宗教画を髣髴させるが、立体的構図とか、同じような働きをしているようだ。写生の得意とする応挙の面目、微細なる風景画の配置、花鳥風月の纏まりが何とも言えない。大きな実物大の座敷を美術館内展示場に再現(大乗寺の四つの部屋を再現されていた)して、多数の襖絵を再現された規模の大きな美術展だった。大胆な座敷(部屋)の移動、全くスケールの大きなものだった。ところがこの頃の、こういう大作は、弟子や一族郎党の10数名から20名以上を引き連れ、直接寺に乗り込み、割合に短期間に仕上げられたものらしい。だから、厳密に言えばどの作品が応挙の直接の筆になるのかは、不明であるようだ。勿論筆の微妙な筆のタッチ等で誰の作品か後世の専門家によって分析されてはいるようだが。このようなわけで応挙が画師たちの棟梁と言われていたらしい。寺社仏閣等の建築の棟梁と全く同様の意味だったらしい。

11月に入りBIONMO屏風展(大阪市立美術館)と狩野永徳展(京都博覧館)と続けて二つの大きな障壁展を鑑賞する機会に恵まれたが、美術の理解する目のない僕にとっても、大作を前にして、驚異の眼をもってするほかなかった。安土桃山時代の豪放絢爛たる武家社会の美の真髄に触れることができた。やはり、ここでも画師の棟梁としての永徳の立場が明瞭に示されているようだ。こんな機会に2度と再び出会うこともなかろう。

今年7月友人たちに誘われて湯村温泉に遊んだ。帰途は香住まで足を伸ばし応挙寺(大乗寺)を参観見学してきた。大阪市立美術館で見たときとは別に印象もまた異なるものであった。やはり、美術館で鑑賞すのとは違ったもので、その作品たちが元々在ったところで、そのまま鑑賞出来るのは最高に良いようだ。作者の意味する、雰囲気、環境に勝るものはないようだ。無学の僕のとっても、なにか心暖まるものが感じられた。

話が変わるが、最近のITの進歩には目覚しいものがあるようだ。普通一般のデジタルカメラの画素数も6000万画素を超え、特殊なものに到るとそれ以上の画素のもあるようだ。この大乗寺の襖絵(障壁画)も全て複写され、古来の本物は全て宝物庫(収納庫)の保存されているようだ。二つと存在しない文化財の保護のためにも、真に結構なことだが、実際僕たちの見学したのは複製品だったのだ。勿論、新しい科学の発展で、文化財そのものとは寸分異なるものではなかったが、何かもう一つなんだか理解に苦しむものであった。美術品が生のままか、あるいはコピーされたものかは、喩え鑑賞力がなくても大問題なのだ。今流行の何でも鑑定団の司会者にでも聞きたいものだ。(2007/11/19)

円山応挙の障壁画、鮮やかに複製

 新聞報道によれば、江戸時代中期の画家、円山応挙が多くの作品を残し「応挙寺」とも呼ばれる大乗寺(兵庫県香美町)が4年がかりで複製した障壁画が完成し1日、一般公開された。印刷会社の最新デジタル技術を駆使し、描かれた当時の鮮やかな色合いを再現した。 複製したのは、いずれも国の重要文化財に指定されている「孔雀の間」「芭蕉の間」など3部屋の金箔張り障壁画計47面など。約1億3000万円かかったという障壁画は、大乗寺の住職から資金面などで支援を受けた応挙が、恩返しとして描いたとされる。複製画は原画の代わりに各部屋に設置され、原画は収蔵庫で保管する。これまで拝観客は廊下から絵を見ていたが、今後は部屋に入って間近で見られるようになる。(2009/4/1)

上記のニュースは訪れた時よりも2ヵ年以上経過している。最近の模写(デジタルカメラ)は数億画素の高単位でなされるという。真物と寸分も違はないコピーそれも写真コピーが展示されているのである。これも真作で無いもの、贋作と定義されるのだろうか。

円山応挙

(文中敬称略)


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