長良川有情
過日所用のため岐阜に行って来た。岐阜は人口の割にシャレタ街、金華山、長良川といい、ホントにまとまった素敵な街だった。会場の長良川国際会議場ならびに隣接の岐阜ルネッサンスホテルは規模はそれほどでもないがこれまた素晴らしかった。国際会議場のメインホールはSALA・SALAといい、1689(1295+394)席もある立派なもので、車椅子専用席(3席)のほか、難聴者用の156席も用意されていた。この位置はマイクの方向が微妙に調節されており、中規模の学会なんかに最適であるようだ。金華山の衝立に映す大きな長良川、立地条件は整いすぎる。県立美術館あたりは散策にももってこいだし、中身も充実していた。
会議の1日、さぼって多治見の岐阜県陶磁資料館、土岐市美濃焼伝統産業会館、豊蔵資料館を見て回った。同じ会議の参加者の友人の土地の友人の最高級車に便乗させていただき、有意義に見て回ることが出来た。こんな高級車に乗せて頂くのは生まれて初めての経験。豊蔵さんの大萱牟田洞古窯群跡に見られる古窯が、当時の彼の生活が忍ばれ、いかにも人柄がにじみでるようであった。何事も風代わりな、キチガイ天才魯山人とは好対照である。たとえ作品を見ないでも、この閑静な、山中の風景だけで充分感動を覚えざるをえなかった。
豊蔵さんの作品には人の暖かみが宿っているようだ。萩を思わす、志野の瀬戸柚、牡丹雪が覆ったような肌、それでありながら暖かそう。やはりこれらは彼の人柄からくるのであろう。長い下積みの生活、つらい星ヶ丘時代、未知の神戸での生活、全てが幸運を運ばせてくる。牟田洞古窯群の発見にしても、古志野の発見にしても彼の努力の結果であり、決して偶然のなせる業ではない。富も名もある陶工がこんな山深いところで窯を築き、庵を構えたのはおそらく芸術家に良く見られるようなとくいてきなものでなく、彼の人生に対決する姿勢、彼の哲学が感じられる。
夜のヤナガセは不景気で客引きの立っている人数が、お客さんよりずっと多く目立ちすぎるようだ。でも近くのデパートも撤退したとかで、寂しい限りだ。金津町は健在だと云うことであったが、街中は夜の8時も過ぎればお茶を飲むところも見られず、まずは健康な街であった。(11/22/99)