Spain Gothick Yousiki Gaudiy
建築様式は西欧においては、キリスト教との関係が深く、バロック建築などは、時の絶対王政とも結びつき、非常に豪勢な作りとなっています。さらに、バロック建築よりも前の時代を辿れば、ゴシック建築、古代ローマ建築、そして、古代ギリシャ建築と辿ることができます。
20世紀になって、今日に通じる、コンクリート造りを代表とするモダニズム建築が誕生し、建築の世界標準のようなものが出来上がりました。80年代には、それに否を唱え、個性化を強調したポストモダン建築も産み出され、これからも、新しい建築様式が、続々と産まれて行くことでしょう。
ゴシック建築(英語:Gothic Architecture)は、12世紀後半から花開いたフランスを発祥とする建築様式。最も初期の建築は、パリ近くのサンドニ(聖ドニ)大修道院教会堂)(Basilique de Saint-Denis)の一部に現存する。イギリス、北部および中部イタリア、ドイツのライン川流域、ポーランドのバルト海沿岸およびヴィスワ川の大河川流域にわたる広範囲に、バルカン半島のスペインやポルトガルもに伝播した。即ち北から南まですべてのヨーロッパを覆い尽くした。
「ゴシック」という呼称は、もともと蔑称である。15世紀から16世紀にかけて、アントニオ・フィラレ―テやジョルジョ・ヴァザーリらが、ルネッサンス前の中世の芸術を粗野で野蛮なものとみなすために「ドイツ風の」あるいは「ゴート風の」と呼んだことに由来する(ゴート族の建築様式というわけではない)。
ルネサンス以降、ゴシック建築は顧みられなくなっていたが(この時期をゴシック・サヴァイヴァルと呼ぶ)、その伝統は生き続け、16世紀になると、主として構造力学的観点から、合理的な構造であるとする再評価が始まった。18世紀から19世紀のゴシック・リバイバルの際には、ゲーテ、フランソワ・シャトーブリアン、フリードッヒ・シュレーゲルらによって、内部空間はヨーロッパの黒い森のイメージに例えられて賞賛され、当時のドイツ、フランス、イギリスでそれぞれが自らの民族的様式とする主張が挙がるなどした。
スペインと云えばガウディ、ガウディと云えばザグナダ教会を思い出す。一般にロマネスク風と云われるこれまでの建築様式に変わって中世に新しく登場したゴシック様式は、緻密に計算された数式の上に設計された物で、以前の薄くらい狭い部屋に対して明るい大きな空間を作り出すことが出来た。教会に対する街の人たちのイメージを根本から変えた。窓には巨大なステンドグラスが入れられ、神の光を浴びる空間として人々を誘った。これもゴシックと云う新しい計算しつくされた手法で可能となったのだある。学者によるとメートル(フィート)の長さに比べて聖書に登場する長さの単位ローマンフィートが実際に使用されているようだ。実際各聖堂を計測してみれば30,60、50、144ローマンフィートなる数字が登場してくる。何れも聖書に登場する神の都ソロモンの宮殿と同じ数値だという。
ゴシック建築様式
尖塔アーチ 応力(尖塔アーチにより力の方向の分散)
応力は側方より下方の方向に力を分散する。
飛び梁(応力に対応)
幾千トンもの重力により発生した応力を補強する。
交叉リブボールト(重い重量の柱への分散 ロマネスク様式の部厚い壁からの解放) 窓ガラスの使用可能
巨大な天井の重さを、4本の支柱に分散することにより、窓の壁に対する圧力を緩和した。大きなステンドガラスの窓を使用した。
ヨーロッパ(中央ヨーロッパ)の巨大教会(カトリック教会聖堂)の多くはゴシック建築だ。パリでノートルダム教会を見て驚いていたが、域内のあらゆるところでより高く、より大きな聖堂の建築が流行した。これも全てゴシックの技術改革のたまものであり、神に対する畏敬の念の現れであった。大きな窓、差し込むステンドグラス寄りの光、全てが神へとあがなう広い空間だ。柱石に亀が用いられてる。これは恐らく東方(中国)から来たものだろう。中国では昔(風水思想)から亀は力持ちの意味合いで柱石(碑石)として用いられてきた。
これまで、丸型のアーチに変わって尖端アーチと云われるものは三角形になっており、上からの重量が左右でなく、傾斜を持った三角の方向に架かるようだ。つまり応力は左右でなく下の方に分散される。それでも左右に加わる応力は飛び梁と云われる支柱により支えられる。天井の大きな重量は交差するリブホールドにより分散され、壁への圧力は4分され、支柱で支えられることになる。つまり、厚い丈夫な壁は必要なくなったのある。つまり大きな窓が出来上がり、ガラスで十分に支えられるようになった。現在の科学の追証によって証明されている。高い(天井)建物、広い空間、壁は薄く、窓は大きく、ガラスのため明るい。
ゴシック建築の技術的な特徴は、11世紀に導入された尖頭アーチ、およびこれを構成する交差リブヴォールトである。ロマネスク建築において用いられた交差ヴォールトは、壁のうち四支点に荷重を架ける構造になっている。この場合、構造を安定させるためには、そのベイを正方形にしなければならなかった。長方形平面にヴォールトを架ける場合、各辺上と対角線上のヴォールトは、それぞれ異なった半径を持ち、かつ対角線上にあるヴォールトは、かなりつぶれたものにならなければならない。これは構造上たいへん危険である。
ゴシック建築では、ベイに架けるアーチを尖頭型にすることによって、水平方向にはたらく荷重を軽減し、長方形のベイに対しては、単に角度の異なったアーチを架ければよいだけになった。また、これによって非常に高いヴォールトを架けることが可能になり、その高さは、ラン大聖堂で24m、パリのノートル・ダム大聖堂で35m、シャルトル大聖堂36.55m、ランス大聖堂37.95m、アミアン大聖堂では42.3mである。
アーチに付加されているリブは、ヴォールトを造営の際に重要な役割を果たしている。建設では、まずベイに対して横断アーチとリブが架けられるが、これは簡素な仮枠による支持で済む。天井面(セル)の造成は、すでに造られたリブに仮枠を取り付けて塗り込むだけなので、非常に経済的である。
ゴシック建築の達成は、中世スコラ哲学の理念、つまり神を中心とした秩序を反映したことにあると言える。中世の人々にとっては事物の全てに象徴的な意味があり、故に、ゴシック教会を彩る様々な装飾は、聖職者たちの世界に対する理解そのものであった。彼らは、美を神の創造と同義であると考え、教会を装飾することを神への奉仕と捉えていた。従って、扉口のマリア像や聖ペテロ像、聖ニコラウス像、ステンドグラスに画かれたキリストの生涯といったものは、決して現代人の意味するところの「装飾」などではなく、石に刻まれた中世精神の表象なのである。
信仰がヨーロッパにおいても日本と同様であり、ゴシック建築も、宗教から産み出されたと言っても、過言ではない。ヨーロッパの場合、キリスト教の伝統があり、ゴシック建築が産み出された12世紀頃は、宗教改革も起こらず、ローマ・カトリックがキリスト教の代表者となっていた。ローマ・カトリックの特徴としては、キリストの母であるマリアを聖母と崇める点であり、ゴシック建築の多くが、聖母マリアをイメージしている。有名なフランス・パリのノートルダム大聖堂は、直訳すると、我らが貴婦人の大聖堂であり、我らが貴婦人とは、聖母マリアを意味して云われている。
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