Seville セルビア
日本では、セビリア(またはセビリヤ)とする表記が一般に定着している(「セビリアの理髪師」など)。また、スペイン各地のスペイン語の発音の差異から、セビージャ、セビーヤ、セビリャ、セビーリャとも表記される。英語ではSeville
(「セヴィル」 太字はアクセント)、フランス語ではSeville(セヴィル)と発音する。スペイン語では b と v を区別せず語し、カタカナで表すときはバ行を使うことが普通である。しかし、英語などの発音を混在させてセヴィージャ、セヴィリアなどと表記する者もいる。セビリアのカテドラル(大聖堂)は世界第3番目の規模を誇る大変美しい巨大な教会で、其の鐘楼ヒラルダの塔に登るとセビリアの町が一望できる。この塔は以前馬で駆け上っていたため階段ではなく長い坂が続いています。セビリアはフラメンコの本場で、情熱的な女性の代名詞ともなっているカルメンの舞台にもなった町で、町中を流れる川「グアダルキビル」のそばにカルメンの銅像がある。
スペイン3大祭りのセビリアの春祭りは有名で祭り中はフラメンコ衣装で着飾った女性達であふれ、美しく飾られた6等立ての馬車でさっそうとフェリア会場へと向かう光景はとても絵になる。
バロック画家の巨匠ムリーリョ、宮廷画家ベラスケス他、多数の芸術家を輩出しています。ローマ時代には、既にこの地方の中心都市のひとつで、8世紀〜12世紀イスラムの支配下にあり、13世紀に入り、イスラム教徒の統治力が衰えて、内戦が頻発、1248年フェルナンド3世が、セビーリャを奪還しました。グラナダでレコンキスタ(キリスト教再征服活動)が完了したのと同じ年(1492年)、コロンブスが新大陸を発見。アメリカ大陸への拠点となって、新大陸との交易を独占(1503年)し、ペルー・メキシコの銀を運んで、18世紀初頭まで栄えた街です。1519年マゼランもここから世界1周の旅に出ました。
(文中敬称略)