闘牛と文化 生と死の遊戯


もう40年以上も昔のことになるが闘牛を見学したことがあった。入場料の異常に高額だったことはよく記憶にある。色々の儀式にのっとって順次行われる。一匹の猛牛がグランドに離され、最後に血祭りに上げるという筋書きだ。猛牛を散々いたぶってから止めを刺す。此処では日本流武士の情けと云うものは無い。血液が約1mほどの高さまで噴き出し、脈動する。場内は異常な興奮のルツボにかす。オーレ・オーレの大合唱、観衆(観客)はクライマックスに達する。是がスペインの伝統であり文化なのだ。でも、日本人の感覚にはチト酷すぎるようだ。実際見学中の日本人が、興奮のあまり脳梗塞を起こした日本人を知っている。スペインの文化を理解しない方には酷い話だ。

 闘牛は牡牛の死を見せる見世物だ。スペインの死に対する感覚は日本のものとは違う。スペイン人は牛の前を走るという遊びに命を賭けることも厭わず(スペイン語で「命を賭ける」という表現はjugarse la vida、つまり「命を遊ぶ」と言う)、テレビや新聞紙上で死体を見かけることも珍しいことではない。この価値観の違いがわからない限り、闘牛は理解できない。闘牛はその場限りの見世物だ。二度と同じものは見ることができない。天候も変われば、闘牛士のコンディションだって違う。何よりも、その日に死んでしまう牡牛は二度と同じ舞台に立つことがない。二度と繰り返されることがない儚い陽炎。  闘牛は牡牛と人間の戦いではない。最初から人間が勝つことが決まっている出来合いレースだからだ。そういう意味では(建前上は)どちらが勝つかわからない相撲よりも、演劇に似ているかもしれない。闘牛士の「演技」が取り沙汰されるのはそういうわけだ。

 闘牛には牡牛と闘牛士、この主人公の二人以外にも多くの登場人物がいる。バンデリージャを刺すバンデリジェロ、馬上から槍を刺すピカドール。悪い闘牛には野次を飛ばし、いい闘牛には白いハンカチを振って耳を要求する観客も、闘牛には欠かすことができない。客席がガラガラの闘牛ほど盛り上がらないものはない。その他にアルグアシリージョ、モソ・デ・エスパダ、プレシデンテと、闘牛場の中に限ってみても多くの人が関わり、その日の闘牛を創り上げていく。闘牛場全体に「オーレ」のかけ声が轟くとき、そこには言葉にできない一体感が生まれ、鳥肌が立つほどの感動が引き起こされる。
闘牛はお祭りと密接に結びついている。スペインではお祭りがあると、必ずといっていいほど闘牛が行われる。闘牛が行われないお祭りなんて、宗教的起源さえ持たないバカ騒ぎラ・トマティナ(バレンシア近郊ブニョールのトマト投げ祭り)くらいしか思いつかない。バレンシアの火祭りも、セビージャの春祭りも、パンプロナの牛追い祭りも、マドリードのサン・イシドロ祭りも、例外なく闘牛が行われる。フィエスタ・ナシオナル(国民的祝祭)という単語はそのまま闘牛を意味するほどである。
 闘牛のシーズンは3月から10月。近年は季節や天候に影響を受けない屋根付き闘牛場なるものができ、冬でもノビジャダが行われることはあるが、本来は夏のものなのである。客席がソル(日向)とソンブラ(日陰)に二分され、ソンブラの席のほうが値段が高いのは、闘牛がジリジリと照りつける夏の太陽の下で行われるからだ。夏のスペインの日射しは殺人的に強烈である。直射日光の下を10分でも歩いてみれば、有名なシエスタ(昼寝)の習慣が怠惰から生まれてきたのではないことが実感としてわかる。夏の刺すような日射しの下で、死の仮面を被ったお祭りの熱狂が繰り広げられる。二度と繰り返されることのないはかない舞台で、闘牛士は命懸けの舞踏を舞い、牡牛は死へ向かって駆け抜けていく。それが闘牛だ。

 イギリスの動物愛護協会はどう言っているのだろうか。スペインの文化には違いないが余りにも凄惨だ。酷すぎる。貴方ならどう感じますか?またぞろ太地(和歌山)のイルカ追い込み漁が世界の標的となっているが。ただ文化の違いだけでは理解されないようだ。(2011.09.02)勿論死んだ牛の肉は食用として立派に供される。

スペインでは最も古い伝統のあるセルビアの闘牛が来年度から開催されなくなった(あまりにも残酷だと言うのでTV生中継も禁止された)。市(地区)の条例で決まったようだ。動物愛護の世論の高まりもあってこのように決まったが、伝統の文化の維持継承と云う点から寂しいことだが致し方あるまい(2011.9.26)。スペイン北東部カタルーニャ自治州の中心都市バルセロナで25日、来年1月から条例で禁止される闘牛の同自治州内最後の興行が行われた。1914年にオープンしたスペイン最大級の闘牛場「ラモヌメンタル」には約1万8000人の観衆が押し掛け、伝統の途絶を惜しんだ。カタルーニャ自治州議会は昨年7月、自治州内での闘牛を禁じる条例を賛成多数で可決。賛成派は表向き動物愛護の精神を強調したが、背景には首都マドリードが代表するスペインの伝統と距離を置きたいカタルーニャ地域主義者の思惑があるとされる。

ドイツ紀行
ネパール紀行
スペイン紀行
フラメンコ

(文中敬称略)


homeに戻る 随筆・評論に戻る 話の種 ワインとグルメ ワインとピエロ