ナムチャ・バルワ(7782m)


東達羅山峠(5009m)にさしかかった(手前のセチラ峠は4815mで此処からはヒマラヤ連山が眺望できる)。道標によるとK318は成都から此処まで3109Km余りあると記載されていた。空気が薄い。実感される。車から降りるとヒンヤリとしたそよ風が冷たく感じられる。気持ちが良い。あたり一面タルチョのお花畑だった。真東面にそれはまさしく屹立していた、他の如何なる峰も配下の如く随え雲の中に立ちはだかっていた。意地悪な雲は、この神々しい峰の付近から立ち去ろうとせず、全体を恥ずかしそうに隠そうとする。ほんとに意地悪だ。10数分間の沈黙の後、寡黙な独峰は少しだったけど姿を見せた。ほんの瞬間だけだが全貌を見せた。完全な独峯だ。真っ黒だった。この位置からではもう一つの峰(ギャラべり 7294m)も裏側に廻り完全な独峯に見える。実際は21Km離れて双峯なのだ。ヤルツオンバはこの手前で90度方向を転じ此処から北上し、両峰の間を5000mに達する断崖を成しながら迂回する。タンメの天剣なのだ。

谷も立派だが7000m級の山も泰然としていた。こんなに高い山を実見するのは始めての経験だった。

セチラ峠(4815m)を越えてヒマラヤ山脈を望む。天気が良すぎて全貌はできず。この後2000m位まで急降下。誰かが言った720回り(正式には72曲がりと称されている)の急峻な登り坂、1000m以上の高度差がある。山の斜面に綺麗な幾何学模様が出来ている。
ヒマラヤ山脈展望。
東達拉山(5008m)。川蔵公路中最高位に位置するもの。酸素が少ない。高度順応が不十分で息がしにくい。%SpO2は55・P100/mを超える(普通0〜100m位では94〜100・60〜80/m位のもの。%SpO2は85〜95になると医者は青息吐息、患者さんに酸素吸入するようだ。)次郎が入院した時は%SpO2は90〜を割り込み88〜89位の値を示した。勿論毎分3Lの酸素を流した。平地でこんな低値を示せばとっくの昔にこの世におさらばしていた。
吃驚した。東達拉峠に立つと真正面(東側をむいて)に見えた。虚空に慄然と聳え立っていた。ヤルツオンボはどのような位置関係になるのだろう。トンタラとナムチャバルワの真ん中にヤルツオンボが流れている。90度曲折していたのだ(ヤルツオンボは西から東の方向に流れてきたが3回と曲折を繰り返しことになる)。分水嶺の峠もこえた。これより東側は怒江の支流となって南に進んで行く。
少しだけピークが見えるかなあ。
この角度より見ると雪山ではない。でも7760m(ヒマラヤ山脈の最南端にある(未踏峰)。
こんな高い山を肉眼で見るのは始めての経験(飛行機上からは別)、なんだか肩や首の筋肉が痛むようだ。2度と訪れない経験だ。1分1秒を大切に頭にしっかりと刻んでおこう。
ガスのカーテンが意地悪する。
やっと雲が切れた。
峠はどこもタルチョで漫艦載。
はるかに見える山の名わ?
道標。峠のこと山と表現するらしい。ガイド(中国語)が上海からK318はここまで37090Kmといっていたが、これは基点が成都であるので標識どおり成都からここまで3709Kmということだ。
ガイドの案内も注意が必要だ。
東達山(東達拉峠)は5008mと表示されていた。次郎のGPSも丁度同じ数値を示していた。腕時計の気圧による高度計は少し誤差があるようだ。地図もこんな田舎でも正確(GPS)だった。
道路は一部未舗装のところもあるが固い土道申し分なし。広さ(幅)は12分であった。タンメの天険もそんなに言われているような危険をかんじなかった。全日ランクルを袍車した。バスの出会いは少ないというより1回も見かけなかった。公共ミニバスもあるようだが、全線走行は無く、途中ヒッチハイクせねばなら無いような区間もありで次郎さんには全く無理なものだった
山は何処でもタルチョがはためいている。
タルチョは高い位置のところや川筋なんかによく見られるがこんなにたくさんのタルチョのはためくの初めての経験。



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