インドの神々(ヒンドゥーの神々)
インドにはヒンドゥー教の神々がうんさと居てござる。全てのものに、ありとあらゆるものに神々が宿っている。しかし、インドと言えばガンガー、ガンジス河はインドの人達にとって特別な意味を持っている。ガンガーは清らかにして聖なる河であり、そん所そこらの河と意味が違う。黄褐色した濁流であるに違いないが、インド人ヒンズーの心には全くの清流であり、沐浴し祈る聖なる河である。ヒンズー教徒の最も敬愛する、シヴァ神の左目から流れ出る涙が、座った足もとから流れ出したのが集まってガンガーの流れとなったと信じられている。また一説によると、ヒマラヤに鎮座いましめすシヴァ神の髪からしたたり落ち、流れ出したとも言われている。いずれにしてもガンガーはインドのヒンドゥーにとって神と癒合したものであり、単なる河でなく、バラモンの昔から聖なる河であったに違いない。ヒンドゥーは、他のものを排斥せず、すべてを飲み込むおおらかさを持っている。また実際全てを抱合してきたのである。
【インドの宗教的背景】
インドの宗教構成割合は大まかに言って
ヒンドゥー教 80%以上
イスラム教 12%弱
キリスト教 2.5%
スイーク教 2%弱
仏教 0.5%以上
ジャイナ教 0.5%以下
位だと言われている。ヒンドゥー教徒以外は普通は沐浴しないといわれているが、我々外国人にとって誰がヒンドゥーで、誰がそうでないか良く理解できない。またヒンドゥーはお墓を持たないのが一般的で、死んだらすべて土(ガンガー)に還って行くのである。赤いサリーに纏われた老女が荼毘にふされたという旅行記を読んだことがあるが、普通一般には男女とも白い布で遺体を覆っている。マケドニアが地上で一番天国に近いところと言われているが、輪廻転生を信じるヒンドゥーにとっては、ガンガーが、とりわけバラナシが天国(来世)に一番近いところであるに違いない。
上記のように一応宗教の範疇としてヒンドゥー教をとらえているが、これで正しいのであろうか?ヴィシュヌ神とシヴァ神を崇拝し、信ずるヒンドゥーは、たしかにバラモンの流れをくむ「宗教」には違いないが、それだけでは不十分な要素が多すぎるような気がする。ある意味ではヒンドゥーの概念は単なる宗教と言うよりも、それを遥かに越えた文化、社会制度、風習、風俗から人民民衆の心の動きまでもを包み込んだ、不思議な文化複合体なのではないだろうか?
【ヒンドゥーの神々】
【グラフマー】
最高真理である非人格的な宇宙の根本原理ブラフマンが擬人化して男神となったのがグラフマーである。世界の創造者であり、神々を凌駕した存在であり、ヴィシュヌやシヴァに命令したり、両者を助けることになる。白鳥ハンナに乗っている。
【ヴィシュヌ神】
温和と慈愛の神であり、各地にある神々の化身であり、とくにクリシュナ神はヴィシュヌ神の化身であるに違いない。神えの親愛、バクティが基本となる。想像上の動物ガルーダに乗り天空地の全てを支配する。
【シヴァ神】
ヴィシュヌ神と対照的に破壊と再生を司る。聖牛ナンディンに乗っている。寺院ではリンガをヨーニの上に屹立させ本尊としたものが多くみられる。リンガはシヴァの象徴でもある。この破壊と力の神がどうして涙するのか?シヴァの涙が集まってガンガーの流れとなったと言われているが、民の生活に、社会の矛盾に、カーストの悲劇に同情して泣いているのか?聖牛ナンディンに乗っている。
【ラーマ】
叙事詩「ラーマヤナ」の主人公。
【クリシュナ】
ヴィシュヌの化身
【ガルダ】
ヴィシュヌ神をうえに載せる架空の動物、空を飛ぶ。
【仏陀】
ヴェーダの教義に反したことおしえ、伝統的な文化を否定し、カーストを無視、魔神たちに個人重視の思想を植え付けた。インドでは案外悪い印象がもたれているが、当時の不平等な社会の改革に乗り出したに違いない。ヴィシュヌの化身に違いないが、これを受け入れることはヴェーダの教えを否定することになり、異端者とされるし、ブッダは誤った道の指導者であるというヒンドゥーのブッダ観がみられる。
【ハマヌーン】
叙事詩「ラーマヤナ」ではヴィシュヌの化身ラーマを助ける。
【ガネーシャ】
象の頭を持つ。インドではもっとも人気の高い神の一つ。
【カールッティケーヤ】
神々の軍隊を統率する神
【ラクシュミー】
ヴィシュヌの奥様で、乳の海からやってくる。
【サラスヴァティ】
ブラフマーによりつくられた芸術の女神
【パールヴァティ】
シヴァ神に愛された女神
【ドウルガー】
ライオンを従えた女神
【カーリー】
破壊と暗黒の世界の女神で、その性力(シャクティ)はシヴァノエネルギーの源泉でもある。
バラモン以来の神々
【インドラ】【アグニ】【スーリヤ】【ヴァルナ】【ウシャス】
その他の神々
【ナーガ】【ヤクシャ】【ヤマ】【ガンガー】【ムルガン】【ミーナークシー】
【叙事詩】
「マハーバーラタ」と「ラーマヤナ」の2大叙事詩は世界の文学界に大きな影響を与えた。わが国の平家物語や桃太郎伝説もこれらの両叙事詩に影響を受けているに違いない。カンボジアのアンコールの遺跡でみられた叙事詩もその内容も原典はすべて同じである。(アンコールの王とヒンズーの神々)
【サティア・サイババ】
超能力者として、その名は日本でもあまねく知られているのがサイババである。かれは生まれると、サティア・ナーラーヤナと名付けられ、サティアは「真理」を、ナーラーヤナは「ヴィシュヌ神」を意味し、真の最高神をあらわすと言われている。その前生はボンベイ近くのシルディ・サイババであったという。元々サイババの「サイ」とはイスラムの「聖者」を意味し、「ババ」はヒンドウー教の「父親」を表すようで、サイババとはヒンドウー教とイスラム教が合体した超宗教的な尊称でもある。シルディは8年後転生するといって死んでいったが、見事サティアとなって甦みがえったのである。彼の行う奇跡については、その真偽のほどは判らないが40年以上の長きにわたり人類の救済のため奇跡を起こしてきたことには間違いない。空中より取り出すヴィブーティ(聖灰)やアムリタ(聖密)の正体は不明なるも、場所を瞬間移動したり、空中からいろんなものを取り出し、まるで孫悟空やわが国のえんの役者の現在版のような存在であるに違いない。