太郎の問題


今般少数民族の邨を訪ねてベトナムに行ってきた。貧しい生活の中から、如何にそのアイデンティティを守るか。その真価が問われる。まあ54種ほどある民族のうち6種類のみを経験したらしいがその詳細は解らずじまい。でも現実に服装の異なる姿や大変不便なくらし(暮らし)の生活環境を覗き見てきた。民族の見学と伝統文化の保存は両立しうる問題でもある。なかには心ない観光客の行為が伝統文化の破壊と、大げさに事を構える方もいらっしゃるようだが、此処は大らかに対処していきたいものだ。

新年(旧暦)を迎えるためにいろいろと準備を行っているようだ。毎年一回の新年を祝うため、正月料理の準備に忙しらしかった。偶然目に止まった。ロープの網目(少し大きめの網)の袋に入れられた3〜4匹の大型犬が身体を束縛されて身動きを出来ず、悲鳴も発せず押し込まれていた。勿論威嚇するような元気な犬は一匹もいなかった。呼吸できるだけかもしれない。いいや深呼吸も出来ない。悲しげな表情、虚ろな表情、全くの荷物だった。自分の運命を自覚しているのかもしれない。トラックの荷台に積み込まれていた。2重、3重と重ね積みされていた。全頭数数百匹はいるだろう。最後の山羊約3匹が犬の上に引っ張り上げられた。首に付けられた紐によって有無を言わせず引きずり上げられた。いままで大量のゲージに入れられた生き物を運ぶのを幾度か見たことがある。トラック満載の動物ゲージだった。直接網袋に入れられた緊迫された犬どもは、家の太郎や花子だった。

ガイドの説明では正月を迎える都会(ハノイ)の犬肉用業者が集荷にやって来たのだという。1ッ匹30〜40満ドンで買い集めているようだ(日本年1500円程度)。ハノイの犬料理専門のお店が買い集めるという。頭からもスープを取り捨てる物は無いという。そういえば邨の家庭には必要以上の犬が飼われていた。曜日市に向かう邨人たちの背中の篭の中には6〜7匹の可愛い子犬が入れられていた。非常に可愛いが愛玩用として販売されるものばかりではないようだ。次郎さんは悲しく夢を見て眠れなかった。
訪れたどの少数民族の家庭も貧しかった。暗い部屋、機織り機、僅かばかりの家具、棚田、樹木といったたぐいのものは少なかった。でもどの家も電燈があり、TVのパラボアアンテナが見られた。古い家によっては棺桶(1個または一対)が置かれていた。10〜20年前から用意するという。爺ちゃん婆ちゃんの自分用の物だ。掘り抜きの立派なものだった。蘆を切り薪を焚き、暖を取る。年寄りを大切にする風習、若い男は家にいない。野に畑や山に仕事に行っている。留守番は年寄りと子供だけだ。隣近所の子供もいる。まるで保育所だ。デモ最小限の文明を享受するには最低限の貨幣も必要だ。若い人たちは綺麗な洒落たシシユウを施した小物入れを持っている。略全員持っていた。その中に携帯電話を入れていた。民族衣装を着用した少数民族の邨の案内人は皆、綺麗な手をしていた。水仕事と全然関係ない手をしていた。

韓国の犬食文化

 「犬食は韓国の文化であり、中国人が猿を食べ、日本人が鯨を食べ、アメリカ人が牛肉を食べるのと同じである」という文化相対主義の考えは、韓国人の犬食を正当化する方便として用いられている。のみならず、韓国人のナショナリズムを補完する道具として現在でも広く利用されている。次郎は、文化相対主義を傲慢に振りかざす前に、この「犬食問題」の本質的な定義が必要なのではないかと考える。そもそも犬という動物は人間にとっていかなる存在だろうか。犬は人間の歴史の中で人間生活の利便のために飼い慣らされた生き物である。犬のライフサイクルは人為的なものであり、人間社会の一部であり、且つ、それぞれの本分が与えられている。もちろん各文化圏により異なった属性を持っていることもあるが、巨視的な面で人間と共通の「共生主体」として存在してきた。家畜は人間から自然の捕食者からの保護を受ける代わりに、人間に対し労働と死を提供する。 一方、犬や猫の場合は原初的に人間とは「相利共生(Mutualism、異なる生物種が同所的に生活することで互いに利益を得ることができる共生関係のこと)」の関係にある犬食擁護論者がしばしば言及する「韓国の文化的、地理的特性のため、犬もまた家畜と見なされる歴史」は一定の根拠を有するものであるが、これもあくまでも時代的背景に限定される主張であり、「人間と犬」の本質的関係に変更を加えるものではない。犬と人間の関係は、国や文化、時代の概念を越えてその根源を確認すれば、より明確な答えが出てくるだろう。われわれの相利共生の関係が1万5千年前の新石器時代から維持されていたことは、すでに考古学的にも証明されている事実である。犬は狩猟、運送、安保など、氷河期以後人類が社会的構造を形成するなかで必要な部分を充足させる、いわゆる「下位構成員」として位置づけられてきた。かかる意味において犬は歴史学的にも人間社会の副産物と定義することができる。韓国人は歴史的事実のすり替えが旨い。韓国には犬肉の食文化なんてはもともと存在しない。人間の便益目的のために変形された存在である犬を、本来の目的とは異なる破壊的用途に変質させることは、文化の必然的結果ではない、非文明的かつ野蛮な行為に他ならない。
 韓国では犬肉を「???(ケゴギ)」、北朝鮮では「???(タンゴギ)」と言う(「ケ」は犬、「タン」は「甘い」、「ゴギ」は「肉」の意)。犬料理は、滋養強壮、精力増強、美容に良いとされ、陰暦の夏至の日から立秋までの「庚(かのえ)」のつく日の中伏(チュンブク)には、犬料理を食べて暑気を払う習慣がある。黒犬には時別効能があるとされる。

 他の動物や自然に配慮し、社会的調和を守っていくのは人間の義務である。犬が食べたいから食べる、毛皮がカッコいいから着る、珍しい希少動物も飼いたいから密輸してでも飼う、という考えでは地球に未来はないと言わざるを得ない。北朝鮮や中朝国境沿いの都市でも犬食が一般的に行われている。

中国の犬食文化

 中国医学では、犬肉には身体を温める作用があると考えられているため、冬によく消費されるが、広西チワン族自治区玉林市では、夏至の頃に「狗肉茘枝節」と称して、犬料理とレイシ(レイシ)を食べる行事が行われている。夏に犬肉を食べるとのぼせるが、身体を冷やすレイシと合わせて食べると問題ないとされる。なお、香港は犬食に嫌悪感の強い英国の支配を受けたため、犬は「猫狗条例」により保護され、現在も犬肉の流通が解禁されていない。広東省広州では「狗肉」(広東語カウヨッ)の隠語として「三六」(サムロッ)や「三六香肉」(サムロッヒョンヨッ)と呼ぶが、「3+6=9」で同音の「狗」を表した表現である。おおむね、シチューに似た煮込み料理に加工して食べられる。江西省(蘆山)を旅行した時犬肉(火鍋)を食した。初め何の肉か理解せず、後で犬(狗)肉だと解った。

ヨーロッパの犬食文化

 スイスの山間部では、犬肉を食べる風習が存在している。スイス国内での犬肉の流通は禁止されているが、消費する事自体は黙認されている。犬を食べる場合は、犬を買い、それを肉屋で処理して調理してから食べる。レストラン等で、料理として出される場合もある。ドイツにもかつては犬肉屋が存在したが、1986年以降は流通が全面禁止になっている。それまでは食用から医薬用まで、様々な用途で利用されていた。フランスでは、パリで1910年頃に犬肉精肉店が開店したことや、横断幕で開店を示している例などが見受けられる。また数十種類に及ぶ犬肉料理本が販売されていたり、通信記事では牛肉のように美味しく色もピンクで歯触りもやわらかい、という記述などがあることからも、飢饉でしかたなく食べたのではないことを示し、犬料理が特別なものではなく禁忌としての対象でもないことが明らかである。この他20世紀初頭にパリ市郊外で発達したガンゲット(ダンスホールを兼ねる大衆食堂)において、ウサギ肉と称して実際は蚤の市に出入りする屑屋が拾い集めてきた犬や猫の肉を出す、という都市伝説も広まった。こうした犬食文化がヨーロッパ大陸部に広く見られるのに対し、イギリスの多くは、交通や狩猟等の高速移動手段として重用された馬と共に、犬が他文化で食用にされている事に嫌悪感を抱く。この理由としてイギリスでは、牧羊や狩猟、上流階級の趣味の世界での生活の友として馬や犬の交配・品種改良の歴史が長く、人間社会で共存出来るような調教や躾が行き届いており、他の動物とは異なる扱いがされている点が挙げられる。ちなみに、南極探検においてアムンセン隊がそり犬を食べていたとされる。これはイヌイットからソリ犬の扱いの手ほどきを受けた際に、緊急時の食料として弱ったりけがをして動けなくなった個体から食料と他のソリ犬の飼料として供すると同時に身軽にするためと教わったからである。また文化とはかかわりないが、同様にジェームスクックはその航海記の中で、急病の際にしかたなく犬を食べた事を記している



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2012.01.27

(文中敬称略)


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