12月17日 (月)  予想通りの民主党惨敗。得票がそう伸びたわけでもないのに自民圧勝。

マスコミの事前分析を超える、自公圧勝、民主惨敗、維新躍進、護憲派衰退。東京18区での「菅直人前首相の劣勢」も終始変わりませんでした。とはいえ、駅前での演説を終えた菅さんに若いカップルが記念写真を求める光景を見ていると、その人気は相変わらずのようです。菅さんのちょっと長目のスピーチを立ち止まって聴く人たちも大勢います。しかし結果は、小選挙区で敗退。比例代表での復活当選もギリギリでした。厳しそうな選挙情勢を案じ、議会中の日程を調整して応援のために上京。12日の午後から事務所に入って、夕方の駅前演説で2度、また12日と13日の個人演説会でも「古い友人」としてマイクを握りました。

●納得させられた…湯浅誠さんのスピーチ
12日、私の後の応援弁士は反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんで、とても説得的な話を聞きました。「3〜4年後、私たちは社会構想の選択を迫られる。ある勢力は、@原発維持、A外交は強硬路線、B社会保障は自助(家族でがんばれ)を強調、C経済政策は高度成長、D意思決定はトップダウン…を主張する。これに対して、@原発廃止、A協調路線外交、B共助・公助を活用した社会保障、C成熟型社会の経済、Dダイバーシティ(多様性)による発展…を唱える人たちが各界にいる。その力はまだ小さいが、力をつけ始めたとき、菅さんに結集軸になってもらいたい」

●映画監督・舩橋淳さんも応援に
13日夜の個人演説会では、映画「フタバから遠く離れて」の監督・舩橋淳さんが熱弁をふるいました。「取材中の避難先を菅さんが視察に来た。50以上ある教室を全部回って話しを聞く姿に、どんなことがあろうと市民の立場に立つ…という強い姿勢を感じた」

●「日本沈没」の危機を体験した首相として
菅さん自身の話で印象的に残ったのは、「絶対安全」と言われ、誰も対応策を考えていなかった原発事故への取り組み。「ときには“神のご加護”と思える事態もあったが、一つ間違えば国が滅びる危機を体験した首相として、その語り部にならなければならないと思っている」とのことです。

●私の乗車直前に、選挙カーが事故
この日の午後、菅さんと交代して私が選挙カーに乗ることなっていました。現地に向かおうとした矢先に、事故の第一報。フロントガラスにぶつけた頭部のケガを押して菅さんが訴え続けた「原発ゼロ」は、選挙結果から見て有権者の判断基準とはならなかったようです。福島の人々の犠牲を、どこかに置いて…。

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