Diary 2013. 5
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5月21日 (火)  今日、28℃まで気温が上がりました。本会議場で市長らも上着なしです。

10時から本会議。会期決定の後、議会運営委員が選任され、私もメンバーになりました。議長の辞職(申し合わせにより任期1年)を許可し、後任人選のために延会。10時半から新しい議運委員による協議を始めました。実際には、公明、維新、ソレイユ、自民の4会派間の協議が先週金曜日から続いているのに、難航している模様です。まとまるまで時間を要するなら…と午後3時再開を提案。しかし、その3時になっても協議成立にはほど遠い様子で、明日午後3時の再開を決めて今日の会議を終えました。


5月20日 (月)  今日も夏日。遍路旅に出る前に蒔いたフウセンカズラが発芽し始めました。

10時に開会した議運委員予定者会は、すぐに休憩。13時、15時の再開時にも、公明、ソレイユ、自民、それに維新の会派間で調整しているはずの議運正副委員長、正副議長などの役職割り振り案は示されませんでした。これら4会派が議会内の主導権を分け合うことや、これまでの役職経験者を勘案すればおおよその顔ぶれの見当はつくのに、何やら超えるべき難題があるようです。結局、一日待ちぼうけ。休憩時間中に、大阪市から来られた方の相談に応じ、市教委や土木部と協議。また、夜は事務所で法律相談のほか、電話相談にも応じました。
さて、5月9日〜14日の遍路日記をアップロードしました。改めて、足摺岬までの道程の長かったっことを思い出しています。色々な方々と出会った土佐路(修行の道場)の旅を終え、次回は伊予の霊場(菩提の道場)を目指します。なお、最後の39番札所・延光寺までは「三原村」という地域を歩いたのですが、今日、調査依頼したことの説明に来てくれた職員が同村の出身だと聞き、懐かしさを共有しました。

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5月19日 (日)  昼過ぎから雨になりました。最高気温も23℃。雨もいいものです。

季節の変化に合わせ、新しい花苗を買い求めて来て植えました。また、午後は来客があって、作業は一時中断。植え終えてから、遍路中の日記作成にかかりました。ほぼ仕上げることができたので、明日、再確認の上でアップロードの予定です。


5月18日 (土)  快晴で25℃。それでも屋内にいると、薄着だと時折寒さも感じます。

今日は一日、事務所でたまっていた仕事の処理。遍路旅の写真や資料を整理しながら、日記も書き始めました。


5月17日 (金)  今日は24℃。また暑くなっていくようです。議運で上着着用の議論も…

21日に開会される「5月定例会」のための議会運営委員会が開かれ、代理出席しました。6月24日までに会期や日程を内定し、初日本会議で議長が辞職した後の議事運営なども協議。なお、夏季軽装についての申し合わせに関する議論の際、「本会議では上着着用を原則とするとのルールを改めてはどうか」と提案したところ、全会派とも異議なく了承されました。その後、次期の議会運営委員予定者会議に移り、正副議長の人選協議に入ったものの結論が出ず、20日10時からの再開を確認して今日の協議は終了。午後は、市民会館で開かれた「交通事故をなくす運動」堺市推進協議会の総会に出席。会則改正や決算・予算をめぐって発言しました。

●橋下氏の「慰安婦発言」に抗議文
ところで、遍路宿のテレビニュースで橋下徹・大阪市長の発言を聞き、「これは許せない」と強く思いました。昨夜、高槻市議の二木洋子さんと和泉市議の小林昌子さんから電話連絡があり、「明日、自治体議員連名の抗議文を提出するから署名がほしい」とのこと。メールとファックスで送られてきた文案を確認の上、承諾しました。

▼署名した橋下徹氏への抗議文
                                       2013年5月17日
大阪市長 橋下徹様
        発言撤回と謝罪を求める抗議文(案)
 橋下大阪市長・日本維新の会共同代表は、5月13日の記者会見のなかで、旧日本軍「慰安婦」の問題について、日本軍による強制性を示す証拠はないとの主張を繰り返したうえ、「慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と発言し、「慰安婦」制度を容認しました。
 日本軍「慰安婦」が強制的ではなかったという主張は、被害者の証言を無視したものであり、認めるわけにはいきません。
 このような発言は、これまで苦しみ続けてこられた被害者をさらに深く傷つけるもので、侮辱を重ね許すことができないものであり、看過できない重大な問題です。
 戦時下において、女性たちはいつも性暴力の犠牲になってきました。どれだけの尊厳が奪われ続けてきたのかはかりしれません。国連人権委員会など国際的にも、戦時下での女性への性暴力は基本的人権の侵害とされており、いかなる時代であれ、どのような状況であれ、許されないのです。
 また、沖縄・普天間飛行場を5月1日に視察した際、在沖縄米軍の幹部に対しておこなった、風俗業の活用を求める発言も、橋下市長の同一思考の表れであるといえます。
 「軍人の性的エネルギーはコントロールできないものである」とし、風俗業を性欲の「はけ口」で利用するというのは、女性だけでなく男性の人間としての尊厳を傷つけるものです。ひいては男性の性欲はコントロールできない、したがって、女性は我慢すべきと、性暴力を肯定する考えにつながり、とうてい認めることはできません。
 男女共同参画社会基本法は、男女の人権が尊重された男女共同参画社会の形成に関し、地方公共団体の責務を明らかにしています。また法案成立時には「女性に対する暴力の根絶が女性の人権の確立にとって欠くことができないものであることにかんがみ、あらゆる形態の女性に対する暴力の根絶に向けて積極的に取り組むこと」が付帯決議されています。
 橋下市長は、270万人都市大阪市の男女共同参画施策、人権施策の最高責任者です。法律に沿った施策を推進しないばかりか、後退させる言動はもってのほかです。
 つきましては、公人たる橋下市長のこのような人権無視の発言に強く抗議するとともに、下記の対応をとられるよう、申し入れます。
                    記
1.5月13日の「慰安婦」発言及び、風俗発言を撤回し、謝罪すること。
2.来日する被害者「慰安婦」の方たちと市長との会見では、まず今回の一連の発言の謝罪をし、真摯に慰安婦の方たちの体験を聞くこと。
                       以上


5月16日 (木)  暑さは少し落ち着いたようで、最高気温23℃。夏物ジャケットを着ました。

遍路中は、20時就寝、5時起床でした。就寝時間が遅くなり、疲れも残っていたため、午前中は骨休め。午後から登庁して、議会事務局との協議や資料収集にあたりました。また、老人クラブに関するご相談を受け、北区役所や長寿社会部と話し合いました。


5月15日 (水)  今朝の高知県宿毛市は17℃。堺市北区は19℃〜25。暑くなりました。

9日から1週間、昨秋のへんろ旅の続きを歩いて来ました。予定では、今朝39番延光寺(高知県最後の札所)にお参りして夜遅く帰るつもりだったのですが、昨日のうちに打ち終えてしまいました。昨夜の宿は、遍路コースではお寺の手前、土佐くろしお鉄道宿毛線の平田駅近くです。この次の旅のため、10qほど先の宿毛駅まで歩を進めておこうと朝6時50分に出発。2時間半ほどを覚悟した道程なのに、足が軽くて8時30分に到着。目指した列車よりも1本早い9時5分発岡山行き特急に乗車。歩いた遍路道の所々を車窓から確認しながら帰宅しました。

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5月14日 (火)  区切り遍路第6日=(久百々の宿)〜真念庵口〜39番延光寺〜平田駅前の宿

今朝は、海から昇る太陽を見ることができました。また、昨夜の宿泊客は私の他に、徳島県内に家があるという若い女性だけでした。昨日、宿から8qの地点まで歩いている途中にすれ違ったことを覚えておられ、私とは逆に8qほど足摺岬方向に進んで宿の迎えを待ったそうです。
食事の折に伺った話では、以前、大阪・島本町の企業に勤めていたとか。退職して、海外27か国を旅した後、生まれ育った四国を知りたくなって遍路旅を始めたと教えてくれました。遍路は基本的に一人旅。無事に歩き終えられるよう祈って、見送りました。
私は、宿の主人が戻って来るのを待って、昨日の到達点へ。そして、真念庵から三原村を経て宿毛市に至るコースを歩みました。途中、地元男性が「自分らが整備した」と勧めて下さった遍路道は、地図には載っていない趣のある道でした。休憩所で冷茶とキャンディーの接待を受け、予定より2時間早く宿に到着。明朝のつもりだった、39番延光寺へのお参りも済ませました。
今回の区切り遍路はこの札所で打ち止めです。お寺から2qほど戻った平田駅前の旅館に宿泊。明日は宿毛駅まで約10qを歩き、列車で帰ります。
【歩行距離27.5q 37,361歩】

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5月13日 (月)  区切り遍路第5日=足摺岬の宿〜久百々の宿〜真稔庵口〜久百々の宿

足摺岬の宿を発つ際、宿の主人が「関空の建設現場で働いた」などと声をかけてこられ、しばらく会話。今日は、昨日の道を打戻りです。窪津地区にあるTさん宅にお礼のため立ち寄った際、軒先の看板が目にとまりました。お子さんが小さい頃、「びわの木」という子ども文庫をしておられたのだそうです。また、昨日私を見送った後、東大阪市の知人に電話し、その方から「長谷川さんはいい仕事をしてる堺市議だ」と聞かされたとか。知人の方がホームページを見て下さったようで、恐縮しました。
茹でたての空豆をいただいて表に出ると、切り倒した杉の木を細工しているTさんのお兄さん(隣家に居住)に出会いました。それに、3人で話している所に外出先から自転車で帰って来た兄嫁さん(Sさん)は、昨夜の民宿で夕食のお世話をして下さった方でした。民宿の主人はご兄妹の叔父さんなんだそうです。
そのSさんから「武道をしておられますか?」と質問され、驚きました。「食事をしている後ろ姿がそう見えた」とおっしゃるのです。剣道選手を志していたご長男が、中学生のときに事故で亡くなられたことも伺いました。こんな出会いは、昨日、杖を忘れなかったら生まれませんでした。まさに「お大師様のお導き」と思うしかありません。お兄さんは、道行く遍路に休んでほしいと思いながら杉の木を加工されています。皆さんの暖かいご縁を得て、また歩き始めました。

●明日に備え、宿から8q先まで歩く
計画では、足摺半島の西海岸を回って戻るつもりでした。民宿いさりびの主人が「同じ道を戻って少し先まで歩いておくと次の道程が楽だ」と教えてくれたので、宿に荷物を預けて歩きました。なるべく車道を避け、田んぼの間の道を行きながら農婦と会話。朝夕の冷え込みで、稲の生育はあまりよくないそうです。行き着いた場所まで、宿の主人が迎えに来てくれました。
この民宿の夕食は、清水サバの刺身が評判です。一昨夜はシケのために魚を入手できず、カツオのたたきでしたが、今夜は用意してくれていました。調理の寸前まで泳いでいたという新鮮さ。この地ならではのごちそうを味わいました。
【歩行距離29q 37,441歩】

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5月12日 (日)  区切り遍路第4日=久百々の宿〜38番金剛福寺〜足摺岬の宿(民宿はっと)

宿から日の出を見るのが楽しみだったのですが、あいにく海面近くの雲が邪魔をしました。ともあれ、今日は金剛福寺にお参りするので、先日旅立たれた奥園国義先生からいただいた面タオルを着けて出発。大岐海岸の浜辺の道、以布利遍路橋など、要所要所に整備された古道を辿りました。
窪津小学校を過ぎた道路の工事現場に、建設会社が設置した休憩所があったので昼食。宿が用意してくれた焼きおにぎりをいただきました。すると、近くでしきりにメモをされていた女性がバイクで帰る折に声をかけて下さり、土佐小夏(ミカン)のお接待。
休憩所を出て10分ほど歩いた所で、うかつにも金剛杖を忘れてきたことに気づきました。取りに戻って歩いていると、先の女性(Tさん)とご自宅前で再会。先ほどは、道路工事によって新しい視界が開けた海岸のスケッチをされていたそうです。その絵を拝見するためお宅に寄ると、ご主人から栄養ドリンクのお接待。
そこから1時間半、椿のトンネルを抜けたら「足摺岬」の標識と38番金剛福寺があります。お参りの際、黒潮町の女性の願意を記した納札とお接待いただいたコーヒー代分のお賽銭を供えて祈りました。そして、宿へ。道中にある「万次郎足湯」が、疲れた足を癒やしてくれます。 
【歩行距離21q 22,314歩】

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