Diary 2017. 12
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12月21日 (木)  1.7℃〜10.0℃で快晴。陽射しがあったせいか心持ち暖かく感じた日。

「議員活動報告」の発送用宛名シールを貼る作業は、作業時間の読み違いで午後までかかりました。しかし、今日も3人のボランティアの方々のお陰で完了。

皆さんの作業の傍らで、私はほぼ一日パソコンに向かい、先だって現地を訪ねて調査した鳥取県の子育て支援と「森のようちえん風りんりん」に関する視察報告をA4用紙8ページにまとめました。


12月20日 (水)  また寒い朝で、0.1℃。でも、一日中晴れてくれ、最高気温は9.6℃です。

年明けにお届けする「議員活動報告」(新春号)は、昨日校了して、印刷中です。

また、事務所では、昨日からボランティアの方々が来てくださって、年末に発送する封筒に宛名シールを貼る作業が続いています。
今日もたくさんの方の手で作業が進み、この調子だと明日の午前中に終えることができそうです。

なお、「議員活動報告」の納品は22日なので、23日から封入作業にかかります。年末のお忙しい中、恐縮ですが、もし時間がおありでしたら、お力を貸してください。

ところで、長い間手が回らず、ほったらかしだったホームページのトップにやっと手を入れることができました。
11月定例会で議論した、市長給与50%カットへの反対、議員報酬の削減を求めての一部額の受け取り辞退、台風による土砂災害をめぐる安全対策、飼い主の愛情を尊重したペットの遺体処置、そして、鳥取県に行って調査してきた「森のようちえん」のことなどについて、すでに掲載しているアクション日記やインターネット中継録画にリンクさせています。

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12月19日 (火)  今朝は気温が上がって5.6℃。時折、小雨の降る不安定な一日でした。

11月定例会の最終本会議。市長提案の全議案が可決され、退任した田村副市長の後任人事も全会一致での同意となりました。3期目の竹山市政は、順風満帆な船出となったようです。

さてしかし、自らの給料を半減する条例改正を初日本会議で即決するように求めたのは妥当だったのでしょうか。この議案に賛成しなかったのは私一人でしたが、反対理由は2つです。

@竹山市長は前任期で20%減を実行し、市長選の相手候補が30%減を表明してから50%減を公約したが、まるでバナナのたたき売りのような決め方に疑問がある。また、20%減の副市長給料よりも20万円近く少なくなって、職責に比例すべき給料額が逆転する。
A報酬審議会が2年前に「本来の額から大きく乖離するのは行き過ぎ」で、「審議会に諮らずに決めるのは適当でない」と答申している。諮問した市長が答申を軽んじるのは如何か。

また、私は、府内最高額となっている議員報酬の削減を主張。否決前提での維新提案(20%減)を批判しつつ、その減額案に基づく“受取拒否”を通告しました。

今日は、これらのことに関して某紙記者の取材を受けました。しかし、市長給料の50%減額をあっさり認めた議員たちは、自分自身の報酬カットには極めて消極的です。


12月18日 (月)  0.5℃〜8.5℃。朝の気温が1℃を切り、寒さはさらに厳しさを増しました。

岩尾幸代さんを偲ぶ集いに参加するに当たって、佐賀市のリコール運動の記録を読み返しました。
そして、現在のリコール署名簿に設けられている代筆記入欄が、この運動に携わった人々からの問題提起で実現したものであったことを思い返しました。

1992年当時、署名は自筆か視覚障がい者の点字しか認められていなかったので、手の障がいなどで文字を書くことができない人は署名の権利を奪われていました。
佐賀市民たちは、「公選法に基づく選挙で代理投票を認めながら、自治法の直接請求が障がい者の権利を侵害している」と主張して、代筆署名を選管に提出。しかし、選管は代筆署名を有効とすることを拒みました。

地元代議士が国会で論陣を張り、佐賀県議会が全会一致で意見書を採択するなどの経緯を経て、1994年に自治法が改正されるに至ったのです。

●直接請求制度の問題点は他にも…
恥ずかしいことに、私自身、1982年の政治倫理条例制定の直接請求運動に関わった際、障がい者差別だと気づきながら制度改正まで求める働きかけはしませんでした。
佐賀市民による政治参加の力はリコールを成立させるだけではなかったことに、改めて敬服させられます。
リコール運動の記録には、「障害者のいっそうの政治参加の実現に意欲を示すとともに、住民がもっと積極的に政治や地方自治に参加できるよう、直接請求の署名収集期間を大都市では延長することや、署名簿作成の簡素化など引き続き取り組んでいます」と記されていました。

先般の堺市でのリコール運動でも、選挙による署名収集期間の分断、数千票で当選した議員を辞めさせるのに4万以上の署名が必要なこと、生年月日記入や押印の強要など、様々な制度上のハードルの高さを感じました。
住宅構造も変化してオートロックマンションが増え、このような集合住宅では「ローラー作戦」と呼ばれる戸別訪問も事実上不可能です。

それにしても、4人の議員(運動途中で3人に)を同時にリコールする運動を成功させた佐賀の市民たちの25年前の運動に脱帽です。大したお役に立てなかった私を買いかぶって下さった「リコール市民の会」の事務局長や次長も、すでに鬼籍に入られています。

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12月17日 (日)  ホテルの窓から雪が舞う光景が見えました。佐賀はとても寒い一日でした。

「岩尾幸代さんお別れの会」は、佐賀の古い町並みが残る地域に建つ旧古賀銀行の建物を生かしたイベントスペース「浪漫座」(佐賀市歴史民俗館)で、午前10時から開催されました。関係者のお話によると、岩尾さんはこの建物の保存運動にも尽力したのだそうです。

25年前の佐賀市民によるリコール運動は、6万数千人の有効署名を集め、住民投票の開催が決定されそうになって4人の汚職議員が辞職。大成功を収めました。リコール運動が始まる前に辞めていた2人と欠員1を合わせ、7議席の市議補選が行われることになり、リコール運動の仲間から誰かを立てようとの話し合いが続いていました。告示日まであと12日という切羽詰まった会合の席に、たまたま私が居合わせたのです。この日のことを岩尾さんは、「『その笑顔がよい!』という言葉で、私を追い詰めたのが長谷川さんでした」と後の文章(都市政治研究所ニュース・レター)に記しています。その記事などを紹介しながら、お別れの言葉を贈りました。

お別れの会には岩尾さんとの関係が深い約170人の方々が参加して、会場は超満員。タイからの留学生や、メキシコから嫁いできた女性が岩尾さんとの温もりのある関係を語るなど、岩尾さんの大きな人柄と、とても幅広い活動ぶりが偲ばれる集いでした。

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12月16日 (土)  大阪を発つときは曇り空。九地は、雨交じりの冷たい風が吹いています。

11月29日に逝去された元佐賀市議・岩尾幸代さんお別れの会が明日の午前中に催されるので、佐賀に向かいました。

25年前、佐賀市議会の議長選挙をめぐる贈収賄事件が発生。2月に政治倫理条例の制定を進め会の集会、10月にリコール運動の市民集会の講師として招いていただいたのが縁で岩尾さんと知り合いました。そして、その後の市議選への出馬を促す役割も担いました。
選挙運動や当選後の岩尾さんと活動を共にした方々が佐賀駅に出迎えて下さって、市内本庄にある岩尾邸を訪問。居間に飾られた祭壇にお参りさせていただきました。

ご夫君の岩尾雄四郎さんは、佐賀大学名誉教授で地質学の研究者です。私が代表を務める都市政治研究所が産廃不法投棄で汚染されていた香川県豊島の現地で自治体議員勉強会を開いた際には講師を務めていただくなど、折に触れてお世話になってきました。
しかし、今日は、今年4月ごろからの岩尾さんの闘病生活について話を伺うことになり、きっと深い悲しみをこらえながら伝えて下さったのだろうと思います。


12月15日 (金)  2.1℃〜10.1℃。最高気温は2桁に戻りました。とは言え、寒い日です。

最終本会議の議事運営を協議する議会運営委員会が開かれました。

各会派から提出された決議や意見書についての賛否表明をする際、共産党市議団が「小林議員への辞職勧告決議は取り下げる」と発言しました。どうやら、「反対」を表明する会派が多いとみて、「否決」を避けたかったようです。

しかし、私はもし仮に否決されるとしても提案すべきだったと考えています。議会内に、「政務活動費の不正を許さない」と強い決意を持つ勢力があることを、当事者の小林議員に対してだけでなく、市民にも示す責任があるからです。
また、炎天下でのリコール署名収集に献身的に携わった人々の多くも、きっとそれを望んでいるのではないでしょうか。

提案すれば、一体誰が政務活動費の不正に甘く、市民の思いに背を向けたのかが明らかになりなります。この段階で取り下げたら、反対した議員が誰なのかも不明なままです。
とは言え、残念ながら私一人では、提案権がありません。 


12月14日 (木)  2.4℃〜8.8℃。寒波は今日も依然と居座っており、寒い日が続きます。

昨日の健康福祉委員会で市長退席後、市民から届いた「家族同様に暮らした愛犬が亡くなり、市役所に依頼したらゴミと一緒に焼却され、今も自分を責め続けている」とのお便りに基づいて議論しました。

堺市でも、以前はクリーンセンター南工場(南区御池台)の「死犬猫炉」で、ゴミとは別に焼かれてれていました。ところが、2013年に臨海工場が開設されて以来、一般ゴミと同じ溶融炉で「処分」しています。

実は、この工場でも当初は別炉を作る予定だったのですが、CO2排出量の削減を理由に計画変更したそうです。ゴミピット(黄色扉)とは別に搬入口(右端)を設けているというのですが、溶融炉まで運ぶクレーンは共用です。現場を見に行くと、クレーンのあちこちに一般ゴミが付着していました。

府内の状況を調べると、42のうち24の自治体が動物専用炉を持っています。また、20政令市のうち15市に専用炉があり、札幌、名古屋、広島などの各市の炉は斎場に設置されて、「火葬」しているのです。

昨日の議論では、臨海工場の計画変更に当たって、動物センターとの協議もなく、「動物愛護」という視点が欠落していたことが明らかになりました。

●環境事業部などと協議の上、動物愛護の精神から見直しを!!
なお、専用炉を持たない大阪市では、死亡動物は専門業者に委託して処理しているとのこと。また、大阪市のホームページでは「ペットなどが死んだ場合の引き取り」という案内があるのに対して、堺市のホームページは「死んだ犬猫などの収集」と表記しており、これでは「ゴミ収集と同じ感覚か!」と言われてもしかたありません。

「動物愛護の精神からの改善を図るべきではないか」と質したところ、健康福祉局長が「現在の形になるには経緯があったと思う。しかし、動物愛護の精神や飼い主の思いへの配慮から、環境事業部など関連部局と協議したい」と答えました。

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12月13日 (水)  2.3℃〜7.8℃。今シーズン最強寒波が日本列島を覆っているそうです。

健康福祉委員会で午後1時から始まった「市長への質問」は、3議員の質問時間が比較的短く終わったため、私の発言は午後2時になる前に順番がまわってきました。

最初に、竹山市長が就任後8年にわたって重点課題として取り組んできた「子育て日本一」について議論しました。
今や全国各地で多数の自治体が「子育て日本一」を掲げているが、鳥取県では同様の施策推進に「子育て王国」という名称を付けていることを紹介。竹山市政の子育て支援にふさわしいネーミングを考えてはどうかと提案したところ、子ども青少年育成部長が「独創的知恵は持ち合わせていないが、考えてみる」と答弁。期待したいと思います。

●森のようちえん「風りんりん」や「どんぐり」の活動を紹介
続いて、鳥取県で見て来た「風りんりん」の保育活動の一日を、写真を示しながらかいつまんで説明。自然の中で子どもたちが仲間をいたわりながら自主的に問題を解決し、成長していく様子に感動を覚えたことなどを披露しました。
次に、「どんぐり」の活動拠点が堺市美原区に隣接する森であり、そこに通っている子どもたちの3分の1以上が堺市民であること、また、保護者らがボランティアで、「たんぽっぽとしょかん」という地域に開かれた子育て支援活動をしていることなどを話しました。

さらに、鳥取県が「森のようちえん」の認証制度を設けて補助金を交付し、保育料無償化の対象としていること、長野県でも認定制度があることなどを紹介。これらを参考に、堺市でも自然フィールドを活用した保育・幼児教育が行えるような施策を検討すべきだと提唱しました。

併せて、現に堺市の子どもちが通園している「どんぐり」に対しては、制度整備などでの助言要請に対応することも求めたところ、子ども青少年局長が「個別の相談には丁寧に対応したい。鳥取県や長野県の取り組みを都市部でどのようにできるかなど、全国展開されている森のようちえんを研究する」と答えました。

保護者からの相談で初めて知った「森のようちえん」ですが、実際にその活動を見せていただいて多くを学びました。議論を聞いていた竹山市長も、きっと関心を抱いてくれたと思います。

なお、市長退席後に議論した「動物愛護」については、明日の日記で報告します。

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12月12日 (火)  2.7℃〜6.8℃。冷たい風で寒さがぐんと増しました。小雪も舞ったとか。

明日の健康福祉委員会での議論の参考にするため、高石市の斎場を視察しました。

なお、私の発言は午後の市長への質問の4番目です。おそらく、午後2時以後になるでしょう。
市長への質問の持ち時間は今回30分しかありませんが、「森のようちえん」について議論します。
また、市長退席後の質問では、「動物愛護」をテーマにペットの死後の取扱いを質すつもりです。


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