Diary 2012. 5
メニューに戻る
5月11日 (金)  天気はよかったのですが、気温がぐんと下がり、肌寒ささえ覚えました。

朝刊各紙に、西井勝議員の「議会居座り宣言」が報じられました。昨日の夕刊で第一報を流した新聞社があり、テレビニュースにもなったほど、この出来事に注目が集まっています。なお、右の産経新聞記事には、私のコメントも掲載されました。
ところで、この記事によると、西井議員は「私の性格上、やり残した仕事をほっぽり出すわけにはいかない」と記者に語ったようです。
交通事故で怪我をさせた被害女性をほっぽり出して逃げた。しかも、ひき逃げの理由は酒を飲んで運転していることがバレるのが怖かったから…。「やり残した仕事」が何なのかは知りませんが、誰が聞いてもやりきれないような逃げ口上を吐く西井議員に、市民が市政を託すはずがありません。たくさんの方々から怒りの声が届いています。
▼30年前の「汚職居座り議員」は結局辞職
堺市議会では、1982年に汚職で有罪判決が確定した議員が居座りました。その折、市民の皆さんの怒りが高まり、直接請求の運動が起こり、日本で初めての政治倫理条例制定に至りました。それから30年。全国各地に広がった条例はどんどん進化して、堺市の条例はかなり古くなりました。先日傍聴した「奈良市政治倫理条例検討委員会」がすでに策定している条例案には、「有罪判決後の説明会」の規定も盛り込まれています。
ともあれ、30年前に「居座り」を宣言した有罪確定議員は、倫理条例制定の住民運動が高まる中、5か月後に自らその職を辞しました。

●法廷に立たざる法学者は真の法学者に非ず…
さて今日は、「取り下げ」という意外な結末となった政務調査費訴訟について、代理人を務めてくださった金子武嗣、竹中宏一両弁護士と最終の打ち合わせ。その後、いろいろアドバイスをいただいた弁護士事務所も訪ね、感謝の意を伝えました。同じビルに立命館大学法学部時代の恩師・井戸田侃先生の事務所もあるのでお訪ねしたところ、今年84歳になる井戸田先生が折良く在室されており、久しぶりに懇談できました。
事務所には、今も「佐伯千仭法律事務所」の看板が掲げられています。6年前に他界された佐伯先生には「刑法総論」、井戸田先生には「刑事訴訟法」を教わったはずなのに、ちっとも身についていません。ただ、佐伯先生が常々おっしゃっていた「法廷に立たざる法学者は、真の法学者に非ず」との言葉は覚えています。昨今のロースクールでは弁護士など司法実務家が教鞭をとっていますが、50年前にはそう多くの例がありません。75歳で大学教授を辞められるまで、この部屋で佐伯先生と机を並べて実践してこられた井戸田先生は、「だからこそ、取り調べの可視化や、公訴権の濫用を指摘できた」と話しておられました。

●市役所には午後遅く登庁
30分あまりの「講義」を受けてから事務所に戻り、13日に開く市政報告会の資料準備。その後登庁して、企画部、スポーツ部などと協議し、新任の代表監査委員の挨拶も受けました。

378-1.jpg



5月10日 (木)  爽やかな日が続きます。しかし、今日の会議は気候とは反対でした。

朝6時に泉大津港に着き、いったん帰宅して身支度を調えてから登庁。すでに報道陣が西井勝議員を待ち構えていました。4月11日、判決直前の法廷で「議員辞職を検討している」と答えながら、その後、マスコミの取材には応じていなかったため、各社は同議員が姿を現すのを待っていたのです。

●会派代表者の会議をひらいた理由
10時から、非公開で始まった会派代表者会議(共産党は欠席)では、まず議長がこの会議を開いた理由を説明。説明によると、4月24日(判決確定前日)、正副議長と正副議運委員長が西井議員と面談し、辞職意思などを確認した。西井議員は「辞職勧告決議は重く受け止めているが、支持者と話し合った結果、議員を続けたい」と言い、5月議会に出席意向だった。21日の本会議の際、突然、西井議員が議席に座っているのは違和感がある。そこで、裁判の経過や今後のことを本人から説明してもらう場をもった…とのこと。

●西井議員の説明は、ただただ「議員を続けたい」ということ?
議長の説明後、西井議員が入室。その「説明」は次のような内容でした。「あらためて、今日までの間、皆さんにご迷惑をかけたことをお詫びする。本日も集まっていただき、感謝している。4月11日の判決を厳粛に受け止め、被害者、市民、議会に迷惑をかけたことをお詫びする。私としては議員を続けていきたい。批判があるのは知っているが、議会活動で結果を出し、それに応えたい。市民のため、市政の発展に1年生になったつもりで頑張りたい」

●市民の皆さんに「辞職しない理由」を説明しますか…長谷川の質問
全会一致で辞職勧告を受けながら、なぜ議員を続けることができると考えているのか…。西井議員は何も語りませんでした。実は、今朝パソコンを開くと、ある市民の方から「市政提案箱に投稿し、市議会にも陳情書を送った」とのメールが届いていました。陳情などの内容は、「納税者の一人として、議員辞職しない理由を確認する権利がある。市民に開かれた議会として、公開の場で西井議員に説明(質疑応答を含む)させてほしい」という趣旨です。そこで、私はまず、その文書を読み上げ、西井議員に「市民に説明する気持ちがあるか」と質問。しばらく考えていた西井議員は、「必要があればする」と切り出しながら、「できれば避けたい」と結びました。

●連続する交通事故…そして「辞職勧告決議」の内容は…
懲役10月の判決を「厳粛に受け止め」、辞職勧告は「重く受け止める」と言いつつ、公職は手放したくないというのは、あまりにも身勝手な言いぐさです。私は、西井議員に対して、辞職勧告に「市会議員として、また、社会人として許されるものではなく…」と書かれているとことを認識しているかと質問。そして、京都祇園の事故、亀岡や千葉での通学路事故、関越道でのバス事故、脱法ハーブでのひき逃げなど、交通事故が頻発しているなか、市民は市議会の対応にも厳しい目を向けている…と説きました。

●会議出席者の誰もが、西井議員の辞職再考を促し、市民への説明責任を説く
今日の会議には、正副議長と私のほか、維新の会・西林克敏、公明党・星原卓次、ソレイユ・大毛十一郎、自民党・野里文盛の各議員が出席していました。私の発言には、どなたもが同調してくださったようで、星原議員は「会合を開くと、市民から厳しい声ばかりが聞こえる。同じ議員として自分たちの責任も問われている」と発言。私も、「西井議員の姿を議席に見かけたら、即座に“緊急質問”を申し出る。発言機会が与えられた場合、市民の皆さんの意向を代弁するきつい質問を西井議員にせざるをえない」と、重ねて伝えました。

●議長から、「再度の辞職検討」と「市民への説明意向」を確認
会議の雰囲気を受けて議長は、「もういちど、議員辞職について考えてもらいたい。辞職しない場合、市民に対して説明するかどうかも検討してほしい」と西井議員に要請。このことへの返事を、5月17日に開く議会運営委員会の前日までにするよう促しました。西井議員が、公職者としての自覚をとり戻してくれればいいのですが…。

377-1.jpg



5月9日 (水)  今日も快晴が続いていますが、気温は昨日よりも幾分下がったでしょうか。

一泊した佐世保市世知原町の宿をゆっくり発ち、唐津から海岸線を走って福岡へ。途中、糸島市の「福ふくの里」(福吉ふれあい交流センター)にも立ち寄りました。
妻の実家まで義母と義姉妹を送り届けた後、明日の「会派代表者会議」に間に合うダイヤを選んで、新門司港からのフェリーに乗船。船内ではミニライブが催され、天満俊秀さんのギター演奏(エレクトリックアコースティックギター)を楽しむ機会も得ました。

376-1.jpg



5月8日 (火)  山暖簾の輪「福岡県からお越しの山上様御一行」(山暖簾ホームページから転載)

母の日を前にして、95才の母とともに姉妹3人(長女は茨城県、次女は大阪府、四女は福岡県)でやって来ました。左端はドライバーをかって出た次女の夫です。母は、亡き父に嫁いで旧満州に渡り、その地で授かった長女と次女を連れて引き揚げてきました。当時、三女を身ごもった臨月の体で苦難の逃避行を続け、まさに命からがら佐世保港に帰還したそうです。帰国直後に無事出産した三女(福岡県)、その後に生まれた四女、五女(福岡県)に見守られ、五年前に100才5ヶ月で他界した父を想いながら、元気に暮らしています。宿泊日の夜、NHKドラマ「開拓者たち」の最終回を、昔の引き揚げの苦難の行程の想い出に重ねながら、涙ながら視ることができたのも、当館が整えてくださった縁のように思えてなりません。そんな思い出を共有しながら、すばらしい景観とお湯の温もりに包まれ、素敵な晩餐を味あわせて頂きました。少し足が不自由な母を気遣ってくださった従業員の皆様の行き届いた接遇にも、心から感謝します。

=山暖簾より=
素晴らしい母の日のプレゼントですね!お帰りの際に玄関先でお写真を撮らせて頂きましたが、皆さんの笑顔が忘れられません。「しっかりせぃ」の掛け声もとても印象的でした(笑)。そして、コメントを読ませて頂いて・・・私、最近涙もろいんですかね・・・(^^;ドラマみたいにストーリーが思い浮かび、涙がポロポロでてきました。また、家族っていいなぁと思った瞬間でもありました。山上様御一行にとって「佐世保」は想い入れのある場所なんですね。そういった方々に是非もっと佐世保に来て頂き、「佐世保の今」も見て頂きたいものです。お母様は、今回の旅はとても思い出深い旅になられたんじゃないでしょうか?次は「白寿」のお祝いに、山暖簾へお越し頂いては・・・・?いかがでしょうか?(^^)山上様御一行の笑顔を忘れず、私も、仕事頑張りたいと思います。有難うございました!!(古川)

381-1.jpg



5月8日 (火)  まごう方ない「五月晴れ」。しかも、お昼前から25℃を超える「夏日」です。

義母とゆっくり過ごすため、日頃の世話を任せきりの義妹、それに折良く茨城県から里帰りした義姉を加え、佐世保市の温泉までドライブ。3人の娘たちとの旅行に、95歳の義母は大喜びでした。また今夜は、NHKドラマ「開拓者たち」の最終回。亡き義父に嫁いで旧満州に渡った義母は、敗戦後、その地で授かった義姉と妻を連れ、命からがら引き揚げてきました。引き揚げ船が着いたのは佐世保港。母娘で涙を流しながら苦難を思い出していたようです。

375-1.jpg



5月7日 (月)  連休中はすっきりしなかったお天気ですが、やっと安定してしてきました。

「母の日」が近づき、福岡で暮らしている妻の母に長く会っていないことが気になります。思いたって、昨夜のフェリーで福岡へ。勝手ながら「連休」を延長させていただくことにしました。


5月6日 (日)  大型連休最終日の天気も不順。曇り空が多く、にわか雨と大きな雷鳴も…

まだし残したことがいっぱいあるのですが、今日は土いじりを置き、「連休中に…」とお約束していたいくつかの仕事をこなしました。また、雨で延期した中百舌鳥駅北広場での議会報告は、皆さんの予定を調整した結果、14日(月)に行うことに決定。少し間が空いてしまいますが、ご容赦ください。


5月5日 (土)  こどもの日。よく晴れてくれました。最高気温も24℃で、爽やかな日です。

北電柏原発3号機が検査に入り、国内での稼働原発はゼロとなりました。関電と政府は、大飯原発3・4号機の再稼働に躍起ですが、世論はそれを許しません。先日、菅直人さんから電話があった際、現政権の対応を批判的に語っていました。あらためて、菅さんの新しいホームページをみると、「脱原発ロードマップを考える会」の設立などにかかわり、また、「自然エネルギー研究会」の顧問を務めるなど、最近の活動方向が理解できます。
今日もやはり、土いじりの延長で、早くもツルが伸びはじめた琉球アサガオ(宿根)のためにネットを張りました。このネットは、1階の花壇から駐車場の上部、さらに2階ベランダの全面を覆うもので、毎年ほぼ一日かけて設置しています。

372-1.jpg



5月4日 (金)  相変わらずお天気は優れず、今日も曇り空。気温も20℃まででした。

朝、しばらくぶりに大泉緑地を歩きました。空は曇っていても、目映い新緑に気持ちが休まります。そして今日も土いじり。フウセンカズラの種をまきました。夕方に娘一家が来訪し、息子も含む総勢8人で母の病院へ。いつものように穏やかに眠っていましたが、娘には「べっぴんやなぁ〜」とリップサービス。そして、孫(当人にとってはひ孫)たちからの呼びかけに顔を向けて「かわいいなぁ〜」…。やはり、幼い子どもから受ける刺激は大きいようです。


5月3日 (木)  憲法記念日の今日、ずっと曇り空で、ときには小さな雨に見舞われました。

大型連休後半の初日は、のんびりと気分転換。ずっと気になっていた鉢替えなど、ほぼ一日、土に触れていました。


| 1 | 2 | 3 | 4 |
2012/5
SuMoTuWeThFrSa
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

前月     翌月