Diary 2013. 5
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5月11日 (土)  区切り遍路第3日=土佐入野の宿〜下田の渡し〜久百々(民宿いさりび)

当初、昨日から3日間に雨マークが出ていました。ところが、今朝の出発時に雨はなく、ラッキョ畑の収穫風景などを見ながら歩きました。ちょうど1時間のところに分かれ道があって、左に曲がると四万十川の河口を渡し船で渡るコースです。
「運行しないことがあるから、ここで電話を…」との案内掲示を見つけ連絡しかけていたら、2人の遍路が追い付いて来きました。岩本寺で出会い、カメラのシャッターを押していただいた方々です。四万十大橋に向かう予定だったお二人も電話結果を待って、ここから同行されることになりました。
渡し船が出る下田漁港まで、さらに2時間半の歩行。港で半時間ほど待ち、親子船頭さんの船で対岸へ。乗船時間は10分ほどでしたが、情緒のあるコースです。なお、港に着く手前から落ち始めた小雨が下船後まで続き、昼食に立ち寄ったうどん屋さんで雨具を脱ぎました。開業35年になるというこの店の主は2代目。食器は、先代が特別注文した砥部焼だそうです。
ところで、ここまで同行の男性は名古屋の方、また女性は埼玉の方と伺いました。お二人はとても健脚で、うどん屋を出てからは先に行ってもらいました。ちなみに、今夜は3人とも別々の宿を予約していて、男性は私の宿よりも0.5q先、女性は3qほど手前です。ほどなく、1620mの長いトンネルを抜け、3時間後に宿に着きました。
【歩行距離28.8q 40,314歩】

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5月10日 (金)  区切り遍路第2日=佐賀温泉(こぶしのさと)〜土佐入野(ネストウエストガーデン)

予報では「午後から」だった雨が、宿を出発する前に降り始めました。「国道56号線を行った方がいいですよ」という宿スタッフの助言に逆らって、旧道を選択。本数がそう多くはないはずの土佐くろしお鉄道の列車によく出会う、歩きやすい道でした。
黒潮町白浜の民宿兼食堂で昼食を摂っていると、隣席の女性から話しかけられました。右側の方は、1月4日の交通事故で重傷を負い、今も全身に痛みが残るとのこと。「早く治るようにお参りしてほしい」とのご依頼を、お名前などを伺って引き受けました。
昼食メニューに付いていなかったアイスコーヒーのお接待をいただき、雨の中を10分ほど歩いたら、車で追いかけて来て「今夜の宿まで送ります」とのお申し出。もちろん、丁重に辞退しました。なお、左側の方はなんと堺市にご実家があり、東陶器小学校に学んだそうです。
人々との出会いを楽しみつつ、今日はひたすら雨中歩行。海岸に近い道では標高と万一の際の避難場所を確認しながら…。ただ、昨夜の宿と今夜の宿が同系経営のため、荷物を運んで下さったので助かりました。
【歩行距離24q 35,859歩】

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5月9日 (木)  区切り遍路第1日=新大阪〜岡山〜窪川〜37番岩本寺〜佐賀温泉の宿

区切り遍路、3回目の旅に出ました。1回目は2005年2月11日〜22日の12日間。7年を経て昨年11月9日〜17日の9日間で2回目。今回は、2回目のゴール37番岩本寺から、38番金剛福寺(足摺岬)、そして高知県最後の札所となる39番延光寺(宿毛市)を目指します。

●遍路旅はじめての新幹線利用
これまでの遍路旅で現地との往復はバス便でしたが、今回は高知県西部が起終点となるためJRを利用。岡山までは新幹線、岡山から窪川までは孫たちが喜びそうなアンパンマン列車(特急)です。歩き始める際、歩数計を忘れてきたことに気づきました。駅近くの方にホームセンターを教えていただいて購入。出発点の岩本寺に向かいました。お参りの後、前回は帰りを急いでいてゆっくり見ることができなかった本堂の天井画を鑑賞。参拝者の評判になっているマリリン・モンローの肖像画も見つけました。隣には「モデルの肖像」(ルノアール)の模写絵があり、全部で575枚だそうです。
昨秋は見事な黄葉に包まれていた岩本寺境内は、緑一色。お寺から国道に出ると、道路脇の標識が「24℃」を示し、季節の変化はいっそう鮮明です。これから38番金剛福寺に向かう旅は、遍路旅でもひときわ長い道程で3泊4日の予定。初日は足慣らしのつもりでゆっくり歩きました。主として国道56号線を進むのですが、古い遍路道が整備されている所ではその部分を選んで歩行。岩本寺を14時に出発し、今夜の宿・佐賀温泉(こぶしのさと)には16時50分に着きました。
【歩行距離12q 16,713歩】

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5月8日 (水)  最高気温は20℃。昨日よりも少し暖かくなりましたが、上着は必要です。

午前中、飛び入りのご相談があり、対応させてもらいました。午後に登庁して議会事務局などと協議。その後、在大阪ベトナム社会主義共和国総領事館からお招きを受け、日越国交樹立40周年記念事業に参加。式典の後、レ・クオク・ティーン総領事に先日のベトナム旅行の感想などをお話しすると、とても喜んでいただきました。

※明日からのブログ更新はしばらく遅れます。


5月7日 (火)  連休明けは気温が下がって、18℃。また、冬服に袖を通しました。

午前中は事務所で仕事。午後、登庁して各種連絡事項を処理した後、ご相談を受けた市民の方とともに北区役所へ。


5月6日 (月)  振り替え休日も快晴。24℃と暑くなり、半袖姿の人を多く見かけました。

午前中に百舌鳥梅町3丁の残り地域を歩き、午後は百舌鳥西之町1丁と2丁のほぼ全域に足を延ばしました。これらの地域も私自身が「議員活動報告」をお届けするのは久しぶりのこと。今年の大型連休はお天気に恵まれ、北区内の多くの地域をお訪ねすることができました。実際に歩いてみることで地域の実情が分かり、また出会った方々との新しい交流が生まれます。


5月5日 (日)  子どもの日。ホームページのアクセス件数が「100万」を突破しました。

今日も五月晴れ。「議員活動報告」をお届けするため、午前中は常盤町3丁へ。また午後から百舌鳥梅町3丁の一部地域を歩きました。どちらも、私がお届けするのは久しぶりです。
さて、このホームページを訪ねてくださった方が、とうとう100万の大台に達しました。開設したのは2002年9月2日ですから、10年8か月になります。これほどたくさんの方々にご愛読いただき、ありがとうございます。心からお礼を申し上げます。


5月4日 (土)  みどりの日。4連休の2日目は11℃〜20℃。さわやかでいい日和です。

昨夜、某紙記者の取材を受けました。「竹山市長が住民投票の実施意向を示したことについてどう思うか。議会に提案された際の対応は?」。私は、この件については竹山市長の考えに「賛成」します。
維新の会の皆さんは、2011年の府知事・大阪市長選に勝利したことを根拠として、「大阪都構想実現の民意を得た」としばしば主張します。しかし、橋下、松井両氏に投票した人がすべて都構想賛成とは限りません。また、都構想の内容について十分な説明がなされていたわけでもありません。とりわけ「堺市の分割」などの具体論になると、維新堺市議団の主張は不明確で、かつ言い分がしばしば変わります。
従って、堺市民の意思を推し量るために住民投票を実施するのは、最良の選択です。「分割反対」を鮮明にしている竹山市長の主張、また維新の会の主張を分かりやすく市民に示し、選択を求めればいいのです。
もっとも、私は、昨年9月の議会で「自治基本条例」の制定を求め、それを実現するひとつの手法として「住民投票条例」を先行させてはどうか…と提案。12月の議会では、市当局から検討作業を始めている旨の答弁がありました。市政各般の重要課題を住民投票の対象とする制度を確立し、その一環として「都構想」や「堺市分割」をテーマとする投票を実施するのが自然です。そうしていれば、「選挙目的だ」などと邪推を生む余地はなかったように思います。
今日は、朝から昼過ぎまで、「議員活動報告」の地域配布。百舌鳥梅北町4丁・5丁、中百舌鳥町4丁・5丁を約5時間かけてまわりました。

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5月3日 (金)  憲法記念日。今年は「改憲ムード」が煽られる“危機”の中で迎えました。

昨日、「議員活動報告」の増刷分(第2版)が印刷所から届きました。早速、地域配布のために受け取りに来てくださったボランティアの方がいます。私も、金岡町の一部で残っていた地域にお届けし、その後、中百舌鳥町6丁をまわりました。事務所に戻ると、別の地域を担当していただいていた方が、完了報告とともに少しの残部を届けてくださっていました。地域配布も、たくさんの方々のお世話になっています。

ところで、旧友のKさんが「食道がんから生還した」とのメールを送ってくれました。
●以下はKさんのメール
▼人間ドックで発見された食道がん、T1b・N0・M0(浸潤は粘膜下層内、リンパ節転移なし、遠隔転移なし)でステージはT。狭山市の近大病院にて手術を受け、1か月後に退院しました。9時間に及ぶ手術、ICU滞在が2日間。再建された食道は微妙に術前と異なるので誤嚥が心配。未だに水を飲むたびに咳き込んでいる状態。声がかすれて会話が不自由です。
▼がん対策の基本は早期発見に尽きます。私はラッキーがいくつも重なって短期の入院で済みました。しかし、自覚症状が出てからの方は抗がん剤でがん組織を縮小させ、その後に手術という運びになります。手術までに1〜2か月の入院という方がほとんどです。私が入った病棟ではステージTはなく、皆さん抗がん剤の副作用に苦しんでおられました。
▼人間ドック受診を促進し、私の例で言えばバリウムではなく胃カメラ検査を推奨すること。これが肝要かと思います。早期に発見されれば患者本人の苦痛は格段に軽減されます。さらに、TとU以上では医療費の負担(国保の負担金)も大いに異なります。自治体として、市民の健康維持と国保財政の軽減という二つの観点から検診の促進を勧めて下さい。
●「この日記で紹介したい」と了解を求めたら「補記」が届きました
▼私の拙文が何かのお役に立つようであれば、どうぞご利用下さい。あらためて言いますが、食道がん手術というのは大変です。消化器系の中では最も難しいとのことです。患部を切除するだけではなく、食道の再建をしなければなりません。患者も大変です。患者は、生まれ変わった自分の身体と上手につきあう必要があります。気長にやることにしますが、あんまりのんびりしていると痩せる一方です。

■憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。堺市は、昨年9月の議会で「がん対策推進条例」を制定し、今年1月1日から施行しています。私自身が前立腺がんに罹ったことを契機に、がん施策の拡充と条例制定に取り組んできました。さまざまながん体験をされた方々のご意見を踏まえ、具体施策の実現に努めます。


5月2日 (木)  今朝は9℃。昨日のように風はなかったものの、体は冷え込みました。

JR百舌鳥駅前で議会報告。配布ボランティアに「久しぶりですね」と声をかけられた女性がいらっしゃったそうです。1月11日に母が他界し、1月に予定していた駅前スピーチは取り止めました。そのため、容態変化の前に実施していた新金岡駅@出入口を除いて、ほぼ半年の間隔が空いてしまいました。申し訳ありません。ともあれ、今回の駅前議会報告は今日で終了。たくさんの方々のお世話になりました。
事務所に戻ると、上下水道局の職員が来訪。昨年9月12日の予算委建設分科会と12月3日の本会議で指摘した職員の不祥事について、当該職員を停職2か月の懲戒処分とすることになったとの報告を受けました。調査に長期間を要しましたが、ひとまずけじめが付いたようです。
さて、今日の最大ニュースは、竹山市長が堺市分割の是非についての住民投票を実施する意向を示したこと。毎日新聞が朝刊で報じ、テレビ各社のニュースでも繰り返されていました。

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