Diary 2013. 9
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9月10日 (火)  今日の気温は32℃まで上がりました。残暑はまだ少し続くようです。

決算委員会の総括質疑、2日目です。共産党、自民党、無所属各1人が発言を終え、最終バッターにもかかわらず私の出番は意外に早くまわってきました。

●避難者支援策の再検討を・・・
通告テーマは、「東日本大震災に係る避難者支援」。今期の議会では市民人権委員会と健康福祉委員会で議論してきた課題ですが、先般の岡山市視察を踏まえて再検証しました。また、この件に関する市教委各課の回答が不十分であったことを質し、スクールカウンセラー、幼稚園授業料、のびのびルーム利用料などについて、陳情者に対して答えるべきだった内容を確認。きちんと説明することを求めました。
さらに、幼稚園授業料だけでなく保育所の保育料に関する減免措置をとることが、岡山市をはじめ多くの自治体で公表されています。この際、政令市など主要自治体の避難者支援状況を調査して、堺市の支援メニューを拡充するよう求めたところ、危機管理監が実行を約束しました。

●消防局の吸い殻投げ捨て事件対応、避難者の甲状腺検診に関する提案などを確認
私の総括質疑が終わって決算委員会は休憩。再開後に、決算認定に関する各会派の討論(意見表明)が行われました。まず、ソレイユ堺の議員が公明党と自民党との3会派共同討論。竹山市長就任以前の「与党会派」統一意見表明が今も続いています。2番目に維新市議団。
3番目は私で、分科会で指摘した消防局の怠慢行政、がん対策推進委員会での説明、民生委員の推薦手順と政治活動について再確認。また、福島県避難者の甲状腺検診を市立堺病院で受診可能とすることや、福島県以外の避難者の検診の検討についても言及しました。

●決算委員会討論では、「私たちが、決して忘れてはならないこと」に言及
なお、2日間の総括質疑では、多くの議員がオリンピックの招致決定について、やや高揚気味に語りました。しかし、私は、7日深夜、テレビ中継で安倍首相のスピーチを聞いて驚きました。「福島については、私が保証する。状況はコントロールされている」、「東京には、いかなる悪影響をこれまで及ぼしたことはなく、今後も及ぼすことはない」・・・。
福島第一原発では汚染水の流出が続き、漁業関係者に大きな不安を与えています。東京都内にもホットスポットがあり、被災地には自宅に戻れない人たちが今なお15万人近く居るのに、被災地と東京を切り離したような言い方も納得しかねます。私は、東京五輪に国民を注目させ、いつの間にか被災地や被災者への関心がそらされるのではないかと恐れています。「五輪招致への歓迎・期待発言をなじる気はないが、私たちが決して忘れてはならないことがある!」と討論の言葉を継ぎ足しました。

●傾聴した自民党(野村友昭議員)の総括質疑
ところで、今日の野村友昭議員の総括質疑は聞き応えがありました。前半は、自民党が竹山与党になったとの印象を感じさせるものでしたが、11時10分ごろから始まった後半では、維新の会の選挙政策を的確に批判。ぜひ、インターネット録画中継(13日アップ)でご覧になることをお勧めします。
この野村発言にも、私が本会議で指摘した公式ホームページの誇大表現にも、維新市議団は一切の説明をネグレクトしています。「無責任な政策では、有権者が健全な判断をできない」(野村議員の発言)。

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9月9日 (月)  天気が回復し、暑さも戻りました。しかし、日差しの厳しさがありません。

決算委員会全体会議での総括質疑。まず公明党(2議員)が昼過ぎまで、続いて維新、ソレイユ堺(2議員)と共産党の1議員が質問しました。維新議員の発言は、竹山市長への対抗意識だけが先走っていて、ほとんど質問の体をなしていません。恐らく、選挙の事前運動に忙しく、まともな準備ができていないのでしょう。その上、「竹山市長は、前科1犯」などの言葉が飛び出し、さすがに市長側から釈明要求の発言申し入れが届きました。決算委員会の理事会で私は、「会派を代表する総括質疑だから、会派としての対応を示すべきだ」と発言。休憩中に維新市議団で検討の結果、当該議員が委員会で陳謝し、問題発言を取り消しました。先日、本会議中の行動で“トイレツイッター”の言い訳をしたばかりなのに、懲りない人です。


9月8日 (日)  秋雨前線の移動により、福岡の雨は上がり、堺でも降り止んでいました。

昨夜の会合はいつも以上に話が弾み、終わったのは21時15分ころです。新大阪駅まで運行される列車がなくなったため、博多駅前のホテルに宿を取り、朝の新幹線で堺へ。

さて今日は、事務所の近くにあるピザ&パスタの店「シェール」の閉店日です。このお店では、朝の駅前議会報告を終えた後、配布ボランティアの皆さんとモーニングサービスでお腹を満たしながら、聴き取った市民の方々の声を集約する会議を開くのが常でした。マスターとママ(写真の中2人)が脱サラで開業してから、25年と5か月になるそうです。マスターのお母さんが高齢となり、「一緒に暮らすことを最優先」して岡山の故郷に帰るとのこと。お二人の人柄と料理の味に親しんだ常連客が多い店で、私たちもお世話になってきました。名残を惜しみ、このところたくさんのお客に溢れていましたが、今夜も超満員です。多くの人々に愛されたお店とオーナーご夫妻に心から感謝します。

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9月7日 (土)  今日夕方の研究会に参加するため、昨日福岡へ。当地は朝から雨です。

午後5時から、博多駅近くのビルにある市川法律事務所で、政治倫理条例研究会が開かれました。毎回のメンバー、斎藤文男九大名誉教授、市川俊司弁護士、平原四郎前筑紫野市長と私のほか、福岡県芦屋町で条例の運用にかかわってきた岡夏子さん(前町議)も参加。苅田町で発覚した議長の条例違反や、名古屋市での議員口利き事件などを踏まえて、議論。また、各倫理審査会の運営状況についても事例報告がありました。
7時すぎまで続いた研究会の後は、場所を変え、最近の政治状況をめぐって情報交換。話題の中心は堺の市長選挙です。参加者の誰もが、橋下維新の企てを押しとどめる選挙として大きな関心を持っています。また斎藤先生からは、麻生副総理の「ナチス憲法」発言に触れながら、ワイマール憲法と当時のドイツ政治状況について興味深い話を伺うこともできました。


9月6日 (金)  昨日までの涼しさはどこかへ。晴れるとまた蒸し暑さが戻りました。

決算委員会の総括質疑までに日程が空いたので、避難者支援施策が充実しているらしい岡山市を訪ねました。急な視察だったので、旧知の岡山市議・羽場頼三郎さん(副議長)に斡旋を依頼。午後、担当する危機管理課で説明を受けることになりました。また、岡山市議会は今日から一般質問に入るとのことだったので、少し早めに到着して、その様子を傍聴。昼食休憩時には、副議長室で、羽場さんのほか、同じ会派の下市このみ議員、井本文博議員、高橋雄大議員、森山幸治議員らと情報交換しました。
その後、市役所近くの福祉会館内にある消防局危機管理課を訪問。防災対策係長の岡崎功さんと嘱託職員の高山純一さん(OB)から、同市の避難者支援策に関して、数多くのご教示をいただきました。

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9月5日 (木)  昨夜の気温は20℃に下がり、昼間も26℃。夜は、窓外から虫の音が…。

来週9日(月)と10日(火)に開かれる決算委員会の全体会議について、理事会で協議。総括質疑は構成員の多い会派から質問に立つので、最終バッターの私は、10日の午後になるでしょうか。持ち時間は僅か12分(片道)しかありません。
とりあえず、「東日本大震災に係る避難者支援について」というテーマで質疑することを通告。教育委員会、子ども青少年局、危機管理室からの答弁を求めることにしました。前議会で「大規模災害被災地等支援基金条例」をめぐって議論し、今議会ではその基金の活用に関する陳情に関して発言しており、その“まとめ”を試みます。

●広原盛明先生が、堺市長選挙をめぐって情報発信
ところで、過日、市長選挙をめぐる情勢取材に来堺された広原盛明さん(元・京都府大学長)が、取材に基づいて情報発信(広原盛明のつれづれ日記)を始められました。連載を予定されている模様で、9月3日(その1)、4日(その2)、5日(その3)と続いています。「その1」(維新の会のタウンミーティング傍聴記)では、次のような状況も描かれています。
「集会の進め方も巧みで、通常の選挙演説会の光景を予想していた私は一瞬面喰った。馬場氏(衆院議員)が司会を兼ねて、橋下・松井・維新候補の4人でいきなり座談会形式の討論を始めたのだ。時間は全体で約100分、うち橋下氏が1時間近くを喋り、合いの手を入れた松井氏が20分余り、肝心の候補者は10分も喋らなかった。その後で会場との質疑応答もあったが、このときも橋下氏の独壇場、要するに『橋下代理選挙』なのだ。座談形式の話の内容は実に興味深いものだった。橋下・松井両氏の掛け合いが中心で候補者は『頑張ります』というだけ(会場からは『候補者をもっと喋らせろ!』との声が上がったほど)だった」

●「“根拠なき楽観”が支配する竹山陣営」(引用)への警告
今日の「その3」では、「橋下維新が政党存亡をかけ、総力(必死)で堺市長選に臨んできているのに対して、現職側の竹山陣営の体制はいったいどうなっているのか」と書き始め、「“根拠なき楽観”が支配している」と、その様子を多分に憂えておられます。
さて、この警告を裏打ちするような事件が今朝の読売新聞で報じられ、夕刊各紙も記事にしました。産経新聞の見出しは「市の公用電話で演説会参加を依頼 堺市副市長」です。事務所に戻ると、記事を読んだ市民の方々から批判の電話が数件入っていました。「長谷川さんはどう思うか」と、返事を求められる方もあります。維新陣営には、格好の攻撃材料ができました。この問題で竹山市長がどのような対応をするかが、選挙情勢を左右するかもしれません。

※明日からの日記更新はすこし遅れます。

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9月4日 (水)  各地とも荒れた天気。朝の小雨が午後には強雨となり、気温も下がりました。

健康福祉委員会は市長への質問者が2人だけだったので、50分あまり議論することができました。昨日の予告どおり、避難者交流会の参加者が送って下さった写真4枚をスクリーンに映写。「当日の催しに参加した竹山市長の感想は?」と切り出しました。「避難ママ、避難家族とテーブルで一緒に話し合い、その方々の状況をよく理解できた。まさに現場主義」と、市長も意義深かかったとの認識のようです。
続いて、写真と共に届いたメールの一部を紹介して、「避難者の思いをどう受け止めるか?」と質したところ、「この方をはじめ、すべての避難者の方々が望んでいる“かゆいところに手の届く”ような基礎自治体としての支援を考えたい。このメールを参考にしながら、どうしたら堺のおもてなしの心を感じていただけるか検討する」と、市長は答えました。

●避難者支援としての「保育料減免」について議論
市長の基本的考え方を確認した上で、避難者支援の陳情に対する保育部と健康部の回答について検証。まず、保育部が避難者への保育料減免をしない旨の回答をした理由を確かめると、実際に該当する避難者にそのニーズがなかった旨の答弁です。そこで、岡山市などで減免施策が講じられていることを示し、ニーズ発生時の対処を検討するように求めました。

●避難者(とりわけ子どもたち)の甲状腺検査について提案
いま、堺市内に避難されている293人のうち、93人が18歳未満。また、お子さんと共に避難される方の目的の多くは、放射能被害からの避難です。そのため、福島県は県外避難者の甲状腺検診の受診制度を設けました。ところが、大阪府内の指定受診機関(4院)は堺市内にありません。そこで、例えば市立堺病院を受診機関とするよう福島県と折衝すべきではないかと提案。市当局は同県に働きかけることを約束しました。
そしてさらに、原発事故による放射能汚染の拡大地図を示し、被害は福島県の外にも及んでいることを指摘。福島県以外からの避難者に対しても甲状腺検診の受診機会が保証されるべきだという観点で、議論を続けました。しかし、このことについての堺市の対応は消極的です。
とは言え、残り任期1か月余りとなった竹山市長に具体的な回答を求めるのは無理だと判断。今年4月に刊行された「調査報告・チェルノブイリ被害の全貌」の一部を紹介しながら、11月議会で議論できるよう、市長が再び戻ってくることを要請しました。

●決算委員会分科会では、「がん対策」「民生委員推薦手順」などで議論
健康福祉委員会が早く終わったので、引き続いて決算委健康福祉分科会が開かれました。ここでは、7月に開催した「がん対策推進委員会」での説明に関して事実確認を要求。また、民生委員予備推薦会の構成や、民生委員の政治的活動などについて議論しました。

■市教委担当の陳情回答めぐる議論は、決算委員会総括質疑へ
ところで、避難者支援に関する陳情については、市教委の回答にも不十分さが見られます。そこで、回答担当各課の認識を来週の決算委員会総括質疑で質すつもりです。健康福祉分科会の閉会後、傍聴に来ておられた陳情者にも同席してもらって、関係部課と協議しました。

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9月3日 (火)  天気は今日も不安定で雨が降ったり止んだりでした。気温は23℃〜27℃。

8月25日の「避難者交流会」に参加された方が、下の写真を送って下さいました。ほかにも何枚か添えられていて、とても楽しい思い出になったようです。明日の健康福祉委員会では、この写真も使って議論するつもりです。質問のシナリオと使用するパワーポイント作成のため、今日は朝から夜まで事務所で仕事。資料を読み込み、パソコンに向かいました。
ところで今朝、先日の市民人権委員会と決算委市民人権分科会での委員外質問の録画が市議会ネット中継にアップされました。実は、分科会での発言を始める際、私が持ち込んだパソコンが不調で大慌て。ちょっとお恥ずかしい動画になっているはずです。明日は、十分気をつけて臨まなければ…。

※市民人権委員会録画
http://www.kensakusystem.jp/sakai-vod/committee/video/H25/H250829_1-10.html

※決算委市民人権分会録画
http://www.kensakusystem.jp/sakai-vod/committee/video/H25/H250829_2-6.html

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9月2日 (月)  東日本では竜巻被害、西日本では大雨で新幹線も運転見合わせ。大荒れです。

朝から登庁して、明後日の健康福祉委員会に向けて発言準備。当日は午前中が市長への質問となり、私は2番手ですから、10時半くらいの開始となるでしょうか。質問予定のテーマは「避難者支援」と「がん対策」。また、引き続いて開催見込みの決算委員会健康福祉分科会では、「社会福祉費」と「公衆衛生費」での議論を考えています。さて、今夜は市政法律相談です。


9月1日 (日)  昨夜から断続的な雨。ときには強く降り、午後の気温も27℃までです。

堺市が全国初の政治倫理条例を制定したのは、1983年2月。元福岡県議の村瀬俊朗さんに初めてお目にかかったのは、その年の秋だったと記憶しています。条例制定のニュースを知った福岡県飯塚市の市民の方3人が7月に来堺され、10月16日の市民講座に私を呼んで下さいました。当時、社会党の飯塚市議だった村瀬さんが講座に参加されていたかどうかは定かではないのですが、それを契機に始まった条例制定運動を手伝うため、私がたびたび飯塚市を訪問するうち、村瀬さんから市議会の情報などをいただくようになりました。
飯塚市議会は、1986年2月に政治倫理条例を可決。2年数ヶ月に及ぶ住民運動が実を結びました。村瀬さんは住民の活動に協力し、議会内でも制定に向けて働き続けられていました。またその後、県議となって1999年までご活躍。公職を離れられた後も、しばしば達筆の書簡を下さり、折々の政治状況に対する鋭いご指摘に学ばせていただきました。
ところが、今日届いたお連れ合い様からの便りによると、「去る2月22日、胃がんが広がり他界致しました」とのこと。お便りには、「その日まで、新聞を見、平和の問題、特に原発の問題で心を痛めており、何とか力になりたいと願っていたようです」と記されています。先日発送した「議員活動報告」へのご返信だったのですが、福岡で社会党(後の社民党)が元気な時代、まさに“原則的活動家”だった村瀬さんのお姿が偲ばれます。謹んで哀悼の意を表します。

●今日は、笹岡保男さんのお墓参り
村瀬さんの訃報に接したのは、4年前まで長谷川事務所の事務長をしていただいていた笹岡保男さんの墓参から帰った直後です。笹岡さんは、私が堺市議会にカムバックする決意を表明した2002年以来、7年間にわたって私の活動を支えて下さいました。その笹岡さんの命を奪ったのは大腸がんです。命日にあたる8月18日前後にお墓参りをするつもりだったのですが、私が風邪を引いてしまったため、今日になりました。一緒に議員活動を手伝って下さってきた方々と共に、美原区の墓地に眠っている笹岡さんに手を合わせ、堺市のがん施策をいっそう推進させることを誓いました。

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